第二話 チート能力の覚醒


 クランク・アップの作品は、とある設定によって全ての世界が繋がっている。


 ジャンルや世界観など関係なく、クランク・アップ作品のキャラクターは死後、ある空間へと飛ばされ……


 その存在と、出会う。


 そこはあまりにも奇妙・奇天烈な空間であった。


 重力の感覚もなく、上下左右の感覚もない。


 視界に映るのは無数のブラウン管テレビ。


 その膨大な画面には様々な人物の半生が映し出されており……


 そんな空間の只中に。


 それは、ふわふわと浮き続けていた。


「……へぇ。これはまた、面白いお客さんだ」


 白い人物。

 その容姿は中性的で、美男にも見えるし美女にも見える。

 だが実際のところ、かの存在に性別という概念はない。


 管理者。

 そう名付けられたこのキャラクターは、クランク・アップが発表しているマルチ・バースにおいて、神も同然の存在である。


「……キミ、外の世界から来た人間だね?」


「あぁ」


 管理者は全能ではないが、しかし、全知ではある。

 だからこそ、こちらの正体を瞬時に看破したのだろう。


「うん。うん。うん。いいね、面白い展開だ」


 管理者は無表情のまま、無機質な声を漏らし続けた。


「本来のシナリオでは、虐待に耐えかねたアルヴァート・ゼスフィリアが辛抱たまらず自害し、こちらへやってくる……というものだったのだけど」


「あぁ。俺はアルヴァートであって、アルヴァートではない。だが……原作のシナリオを一部、踏襲したいと考えてはいる」


 管理者は神も同然。

 ゆえにこちらの思考など、一から一〇までお見通しであろう。


「復讐と陵辱のためではなく、平穏無事な人生を享受するために力を求める、か。……うん、いいよ。壊れたシナリオを眺めるのも、面白そうだし」


 ボソボソと呟くように言葉を紡いでから、管理者はこちらへと掌を向け――


 次の瞬間、さまざまな情報が流れ込んでくる。


 言葉では言い表せぬような感覚。


 それが鎮まり始めた頃。


「……これはちょっとした、アドバイスなのだけど」


 管理者が何か言い始めると同時に。

 意識が、失われ始めた。


「世界には自己修復力がある。だからシナリオを破壊した場合、それに応じてんだよ」


 何か重要なことを言われているような気がする。

 だが、頭の中に入ってこなかった。


「規定のシナリオをなぞらえれば、確実にキミの望みは叶わない。けれどね、シナリオを壊したことで、望み通りの結末を迎えられるとも限らない」


 意識が遠のく中。

 しかし、最後の言葉だけは。


 なぜだか脳裏に、鮮明な形で、響き渡った。


「――キミのシナリオが面白いものであることを、心の底から祈っているよ」


   ◇◆◇


 まるで全てが夢オチであったかの如く、俺は現世にて目を覚ました。


 ファイア・ボールを叩き込んだ自らの後頭部には、傷一つ存在しない。


 けれども。

 先刻までのそれが夢想であろうが、なかろうが、そんなことはどうだっていい。


 全身に行き渡る絶大なエネルギーの奔流。

 魂に刻まれた


 これらが我が物となっている。

 その現実だけで十分だ。


「……さて」


 俺は食堂へ赴いた。


 父母と妹はまだ夕餉の最中だったらしい。


 怪訝な目でこちらを見る三人。


 そのうちの誰かが口を開くよりも前に。


「父上。ルミエールとの決闘を、許可していただきたく」


 この申し出に、妹は眉間に皺を寄せて、


「はぁ~? どうしたんです、兄様にいさまぁ~? ついに壊れちゃった?」


 彼女を無視して、俺は父に言葉を投げる。


「ルミエールに勝利した暁には、学園への編入を約束していただきたく」


 これに父は小さな首肯を返し、短く一言。


「よかろう」


 かくして。

 月明かりが照らす中。

 屋敷の中庭にて、俺はルミエールと対峙した。


「兄様はホントにマゾ豚ですねぇ~。お父様とお母様に自分の無様な――」


「ファイア・ボール」


 ご託を聞いてやる義理もない。


 俺は火球を妹へと放った。


「――兄様のくせに、生意気ですよ」


 不快感を露わにしながら、彼女は右手を揺らし、あっさりと火球を弾いた。


 ……まずは一撃目、か。


「どぉ~ですぅ~? ルミと兄様の間にある力の差ってやつが、今ので――」


「これは決闘だよ、ルミエール。ベラベラ喋ってないで、さっさとかかって来い。君のさえずり声は聞いていて不愉快だ」


 最後の言葉はどうやら、彼女に強く刺さるものだったらしい。


 カァッと頬を紅潮させ――


 なぜだか瞳に涙を浮かべながら、


「兄様は。兄様、は。――――そんなこと言わなぁああああああああああああいッ!」


 意趣返しのつもりか、火属性の魔法を放ってくる。


 だがそれは、俺が操る下級魔法などではなく。


 上級に数えられし超高等魔法――エンシェント・フレア。


 気付けばこちらの足下に幾何学模様が展開し、そして。


 視界が、紅蓮によって埋め尽くされる。


 生きとし生けるものを無条件に灼き尽くす、圧倒的な高熱量。


 然るべき対策を持たぬ者が浴びたなら、その体はきっと、塵一つ残るまい。


「あっ……! に、兄様……!?」


 小さな声が耳に届いた、が……きっと気のせいだろう。


 あのルミエールが、なぜになど口にするのか。


 ……ともあれ。

 灼熱の只中に在って、俺はこのように、平静を保つだけの余裕があった。


 何せ今の俺は攻防共に完璧な状態となっている。

 上級魔法といえども傷を付けることはかなわない。


 が……今回の決闘は、異能の試運転という側面もある。


 ゆえに俺はあえて全身を覆う防壁のレベルを落とし、ちょっとした火傷を負った。


 その瞬間。


 異能の発動によって、視界を埋め尽くしていた紅蓮の柱が、消失する。

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