ラッキー&アンラッキー

電磁幽体

「偽善って"人の為の善"って書くじゃん?」

 近所のおばちゃん:「坂田君は地域のボラティアには必ず参加してくれる」

 クラスメート:「誰もが嫌がることを進んで自ら行う」

 担任:「学生の鏡です」 


 これが中学三年生の俺に対する、客観的な評価である。

 良い子ちゃんことこの上ない。

 これが俺の好かれる要因であり、嫌われる要因でもある。

 けれども、俺は良い子ちゃんに見られたいが為に、わざわざ献身的な日々を送っているわけではない。

 まぁ、俺の右上を見てくれ。

 これこれ。


 この、赤いゲージ。


 ゲームのキャラクター上に表示されるHPバーみたいなやつ。

 ただ漠然と見えるだけであって、触れることは出来ない。

 当然のように俺以外の人間には、この赤いゲージは見えない。

 このゲージは俺が社会に貢献するたびに増加する。

 このゲージは何かって言うとだな……




 担任の終業間際のホームルームの最中も、俺は周囲に悟られぬよう、少し離れた席に座る女の子の後ろ姿をうっとりと眺める。


 ……結川さん、めっちゃ良い匂いしそー。


 文化祭マドンナにも三年連続で選ばれた、学校一の文句無し美少女だ。

 性格は天使のように誰にも平等に優しく、しかしきっちりとしている子。

 雨嵐のような告白の連撃を、全て一言「ごめんなさい」で済ませる。

 もちろん平均的な顔面レベルの俺が告白した所で、待ち受ける運命はコンマ01で「ごめんなさい」確定でーす。


 ……ただし、俺の右上にあるこの赤いゲージを使えば……


 いや、こういうことに使うのは、止めておこう。

 ホームルームが終わり、担任が最後に注意する。


「不審者がこの地域に出没しているようなので、特に女子は集団で帰るようにしましょう」


 皆はぺちゃくちゃと喋りながら、がちゃがちゃ粗雑に机を運ぶ。

 掃除が始まると同時、親友の高木が教室の扉から、 


「オレ、ボーイスカウトで募金やらされっから掃除よろしく! お前も後で手伝い来いよ!」


 掃除当番をサボって俺に擦り付ける。

 追加でパシリの予約付き。

 しかし俺は掃除当番では無いが、掃除をする。

 これも人間社会への貢献だ。

 しかも今週は期せずして、掃除当番の中に結川さんが居る。

 擦り付けられなくても掃除していた。

 献身的に働いた。

 掃き掃除をしながらさり気なく結川さんを横切り、その亜麻色のショートから発せられる魅惑的な臭いを、本当にさり気なく吸い込んだ。


 ……ああ、報われるぜ……




 ゴミ処理に率先して手をあげ、校舎外のゴミ置場に投げ捨てる。

 一年生の時はあまりにも献身的すぎたのでクラスメートによくパシられた。

 加減を覚えた俺は、その後は何事も無く過ごしている。

 右上の赤いゲージを見る。

 さっきより、少しだけ増加していた。

 これが俺の日々の楽しみ、っつーか生き甲斐。

 お金って使う時よりも、貯めてる時の方が意外と楽しいだろ?

 



 誰も居ない教室に帰る。

 窓の外を見た。

 まだ太陽が全然落ちてない青空。

 趣深いねぇ……と一人ごちていると、校門に結川さんを見つけた。


 ……ん、誰か待ってるの?


 しばらく眺めていると、すぐ横にイケメン青年の乗ったバイクが止まった。

 結川さんは笑顔でその後ろに乗る。

 青年の腰に手を回す。

 そして去っていった。


 ……虚しい気持ちになった。


 やっぱ彼氏居るよねー!

 うがー!

 虚空に吼える俺。




 コンビニに立ち寄る俺。

 校則違反だがそんなもん知るか。

 ガリガリ君をガリガリと食わずにはいられないこの気持ち。

 俺は冷えたガリガリ君ソーダ味を手に取りお買い上げ。

 赤いゲージが少しだけ減少した。

 外に出てガリガリ食う。

 ツーンと来るこの痛さは何故か快感。

 Mじゃないぞ?

 棒を見ると「当たり」。

 棒交換でソーダ味。

 赤いゲージの減少。

 ガリガリ食う。

 「当たり」。

 それを八回ほど繰り返した。

 店員さんは心底びっくりしてる。 

 2/100配分の当たりを八連続とか普通ムリ。

 というか当たり八本も置いてねーだろ……。

 気にしだしたら負け、そーゆーもんっつーことで。

 ともかくこの幸運は、≪ラッキーゲージ≫のおかげなんだ。




 お腹を壊してコンビニのトイレに立て篭もった。

 アイス八本一気食い、バカだろお前。

 それはそれとしてすっきりした顔で外に出ると、清楚な女子高生らしき人に……黒ずくめ白マスクとあからさまにアレ気な人が語りかけていた。

 いや、人を見た目で判断してはいけない。

 アレ気な人はフラスコ片手に、清楚な女子高生にボソボソと語りかける。


「……女の子のおしっこを高価買取中です……」


 うわ、ダメだ。

 完全に不審者だ。

 っつーかこいつ担任が言ってたヤツじゃねーの? 

 通報する為に携帯を取り出そうとすると、警察官たちの怒声。

 不審者はフラスコ片手に逃げ出した。

 追いかける警察官たち。

 どうやら既に通報されてたようだ。

 ごしゅーしょーさま。

 俺は高木が所属するボーイスカウトの社会奉仕活動現場、駅前から少し離れた大通りに向かう。

 青空は綺麗だなぁ。




「「「恵まれない子供たちの為に募金お願いします!」」」


 すぐ横の超高層マンション工事現場の騒音にも負けない、重なり合う使命感を伴った大声。

 俺の声だけ仲間外れで恥ずかしい。


「うぇ!? あ、ありがとうございます……!」


 柔和な笑顔を浮かべたおばちゃんが、気前良く募金箱に樋口一葉(五千円……マジか)を突っ込んでくれた。

 頭をおもくそ下げまくる。

 その善意に感謝の意を込めて。


「坂田ぁー、お前いつもありがとな」


 小声で俺を褒める高木。

 なんか変なもんでも食ったか?


「いやまぁ、俺は社会貢献大好きだし? 良い子ちゃんだし?」


 したり顔で語る俺を、高木は笑い飛ばす。


「確かにオレはお前が社会貢献する理由を知ってるけどさ。

 理由はともかく、結果は結局、社会の為になってるじゃん?」


 高木は俺の赤い≪ラッキーゲージ≫を知っている。

 二人で遊んでる時に俺が調子に乗って証拠(目の前でラッキーなこと、あの時はすまんかった……)を見せたからだ。


「そんじゃ誇っていいの? 俺の為に偽善でやってることを」

「偽善っておま、青臭いなあ……」


 お前にだけは言われたかねーよ。


「偽善って、って書くじゃん?

 お前の為の善は、誰かの為の善ってもんさ。善因善果。情けは人の為にならずってな」




 太陽が降りていき、青空が終わって黄昏時。

 綺麗な夕焼けはクソ煩いこの都会を、分け隔てなく照らし出す。


「さて、もう六時半になったし、俺あがるわ」

「手伝いサンキューお疲れさっさと帰れ。オレ八時までこれだよ。

 ボーイスカウトも楽じゃねーよなぁ」

「親に無理やり入れさせられたんだろ? よく続いてんな」

「今はまあ、嫌いじゃねーかな……みんな生きてんだなーって感じが好きかも?」

「なんだよそれ、じゃーな」


 俺は前を向きながら左手をポケットに、キザに右手だけ後ろに振る。

 するといきなり、後ろから怒声が響いた。


「待てーッ!」

「大人しく捕まれ!」

「罪が増えるぞ!」


 ああ?

 と振り向くと、フラスコ片手に黒ずくめ白マスクのアレ気な人がいた。

 何故か走るのがめちゃくちゃ速い不審者と、それを追っかける警官たち。

 まだ逃げてんのかよ、二時間以上経ってんぞ、しぶといなぁ。

 と心の中でボソクサ言ってると……。

 その不審者は、工事現場前の歩道に居た少女を乱暴に捕まえて、人質にした。

 不審者はポケットからカッターナイフを取り出し刃を出し、少女の首筋に押し付けた。


「う、動くな! こっちに来るな! 

 こ、この女の子がどうなっても知らないですよ!」


 不審者は加害者のクセして被害者ぶった表情で、悲痛に叫ぶ。

 少女にはかなり見覚えがあった。


 ……結川さんじゃねーか!


 警官は苦渋の表情を浮かべて立ち止まる。

 不審者は結川さんの首筋にカッターナイフを押し付けたまま、工事現場のフェンスに背中をつけた。

 結川さんの表情は、恐怖を通り越して放心状態だ。

 結川さんの足元に、黄色い液体が流れていた。


 ……そりゃそうだ。


 首筋にカッターナイフを押し付けられ、リアルな死の恐怖を感じてしまったら、誰だって失禁してしまう。

 不審者はそれに気づいた。


「おしっこだぁ……」


 この状況であるにも関わらず汚い、笑みを浮かべてフラスコのフタを開けて、それを採集しようとする。


 ——クズが。


 殺してやりたいほど、俺の怒りは一瞬にして沸騰した。

 そんな時——


 ——ガキン!


 強烈な金属音が遥か上方から。

 俺は空を見上げる。

 超高層マンションの工事現場。


 ……思わず、笑ってしまいそうになった。


 有り得ない。

 偶然が重なりすぎて、それはまるで意味ある偶然の一致シンクロニシティに思えた。


 ——遥か上方から無数の鉄骨が落ちてきた。


 結川さんと不審者の居る場所に。

 不審者は結川さんを突き飛ばして、慌ててその場を逃げ去る。

 転んだ結川さんは呆然としている。

 

 俺が今から走っても、絶対に間に合わない距離。

 このままじゃ、無数の鉄骨の下敷きだ。


 ——だから俺は≪ラッキーゲージ≫を全て消費して、結川さんを助けようとした。


 ——しかし何も起こらなかった、≪ラッキーゲージ≫が足りなかった。


 ……2/100配分の当たりガリガリ君八連続分の≪ラッキーゲージ≫を消費したせいだ。

 うっわ、やっちまったよクソがッ!


 俺はすぐさま躊躇わずにポケットから財布を取り出す。

 お年玉貯蓄と各種カード込みで四万円は入っている。

 俺は財布を振りかぶりながら叫ぶ。 


「——高木ィ! こっち向けッ!」 


 呆然としていた高木は、ビーフジャーキーを嗅ぎつけた犬のように振り向いた。

 首に紐でかけられた募金箱と共に。

 俺はほんの少し≪ラッキーゲージ≫を消費して、ヤケクソ気味に財布を投げつけた。

 財布は激しく回転しながら募金箱の穴にビューティフルにジャストイン、ゲージ補正入ってるからな。

 四万円を募金。

 ピロリロリン♪

 社会貢献度アップ。

 テレテレテッテッテーン♪

 ≪ラッキーゲージ≫は大幅に増加した。

 やっべすっげぇバカみたい。

 俺はすぐに振り向き、跪き恐怖する結川さんを指差し、≪ラッキーゲージ≫を全て消費した。

 ふと俺の目線と結川さんの目線が交差した。


 ——無数の鉄骨が落下する。


 激しい轟音が鳴り響く。

 周囲に居た俺以外の人間全員が、反射的に目を瞑った。

 



 俺は確信していた。

 無数の鉄骨が地面に突き刺さり土煙が舞い人々が叫ぶ中、俺は一人その場所へと駆けつける。

 鉄骨の隙間に入り込む。


 ……心の底から安堵した。


 奇跡は、ちゃんと起きていた。

 鉄骨はまるで結川さんを避けるように、周囲の地面に突き刺さっていた。

 結川さんは呆然としながらも、はっきりと俺を認識していた。


「……坂田……君?

 坂田君が……私を、助けてくれたの?」

「……さぁな。

 それよりも早くここ出ようぜ」


 未だ恐怖する表情だが、幾分かマシになったような気がした。

 俺はぺたんと跪く結川さんを、ゆっくりと結川さんのペースで立たせようとする。


 ……女の子の手、握ったの初めてだ。


 気恥ずかしさはなかった。

 ただ、そこにいてくれることが、嬉しかった。

 そうして二人で外を出ようとすると——


 ——ギィッ!


 嫌な音がした。



 ……≪ラッキーゲージ≫がゼロになったら、アンラッキーになっちまうんだぜ? 



 あ、忘れてた。

 まぁ、これは俺限定。

 結川さんには被害が及ばない、俺だけのアンラッキー。

 安心安心。


 ……ごめん、ウソ。



 ギリ死なない程度の不幸でよろしくーぅ!!!




 ——俺は鉄骨の下敷きになった。










 全身複雑骨折に内臓破裂。

 全治半年、ごしゅーしょーさま。

 俺は真っ白な病室のベッドに、様々な機器を取り付けられて横たわっていた。

 マジでなんとか会話だけは出来る状態。


「坂田君。本当に、ありがとうございます。

そして私のせいでこんなに怪我させてしまって、本当にごめんなさい」

「いいよいいよ結川さん。悪いのは建築会社で、しつこいほどの謝罪と目が飛び出すぐらい賠償金貰ったからさ。

それより、結川さんの方は大丈夫?」

「坂田君に比べたら、そんなの全然無いよ。不審者は捕まって、私は無傷ですので。

……でも、まだ怖い。毎日、あの不審者と鉄骨が落ちてくる夢を見る……」

「トラウマには、自分で打ち勝つしか無いと思うな。頑張れ。俺は応援する。

 ……ところでさ、教室から見てたんだけど、これ全然興味無いけど、本っ当にこれっぽっちも興味ないんだけど!

 ……バイクの人、誰?」

「たぶんそれ、私のお兄ちゃん。

不審者が出没した時も「俺が送り迎えする」って。

あの時はたまたま、お兄ちゃんトイレに行ってたから……だから……」


 ……セーーーフ!!!


 いやいや、俺には関係なくね?

 まあとりあえず、彼氏でなかったことを祝福しようではないか。

 可能性の問題だからね、これ。

 そう、確定してないことに意味がある!

 そうやって脳内で謎の会議を繰り広げていると、

 結川さんがいきなり、

 前置き無く、


「私、坂田君のこと——」



 ——俺の時間が停止する。



 その言葉を理解すると同時に、再び世界は動き始めた。

 俺は目だけを動かして、右上の赤い≪ラッキーゲージ≫を見た。


 それは——減少していなかった。



 ……本当にラッキーなことって、ちゃんとあるんだな。



 俺は自分でも気持ち悪いほどに、元気に笑顔で返事した。


「こちらこそお願いしますっ!」




—END—

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