白の神殿(9)
二手に分かれることにした。
考え抜いたわけではなく、とっさの判断だが仕方のないこと。迷っている暇も、他人の意見も聞いている暇はない。ランディにフィンを預けた。頼らざるを得なかったのが悔しくて仕方ない。
ここまで来る時の洞窟はすでに満潮で入り口は海水に。セタとランディがここまで来る際に盗んだ漁船を使うという。戦後に捨てられた、無人となった船を盗むのはたやすかったようだ。
ランディは敵だ。だが信頼に足る男だとセタは言う。早急に片を付けなければと焦ったあまり、フィンを任せたがロゼの胸にはわずかに不安が残るが、奴は同士を躊躇わず撃ったのもまた事実なのだ。
片腕を失くしてもなお、裏切り加担した理由は、また聞き出してやるしかない。
近くだろうが遠くだろうが、銃口の延長線上には目標の心臓や脳天がある。そこからずっと下方、手足ばかりを狙いに定めた。
ロゼは痛み止めを飲んだ。
それは腹部の痛みを驚く程取り除いた。それだけではない。視界に映る場所へ的確に撃ち抜く、尋常ではない集中力が、ロゼを支配した。
飛び交う銃弾の中、ロゼとセタは離れずに攻防を繰り返した。手を伸ばせば届く距離にまで二人はいる。背を合わせれば、セタの息遣いに血が混じっているのが聞こえる。
ロゼはまだ痛み止めを飲んだばかりで効果は続くが、セタはとっくに切れている。痛みで倒れてしまえば庇うことはできない。
案の定、飛んでくる銃弾を避けきれずに倒れかけている。
頭からも血を流している。
「倒れるなよ! お前を担ぐなんてこと、できないからな!」
走り疲れ、血の混じった声で叱咤する。
「分かってる!」
セタは能天気な声で笑いをこぼしながら、ロゼの前に飛ぶ銃弾を刃で弾いた。
そしてロゼの腕を掴んで、段差でへこみ、崩れた壁の向こうへと投げた。そして爆音と共にセタがロゼの真上に転がり込んできた。
「思ったより威力あるな」
爆風とチリが目に染みる。煙幕を張ればロゼのライフルに装填する時間は稼げる。
「無茶するな」
「無茶するさ。間違えて色々投げちまった」
余った催涙弾を放り投げる。
潮風がよく吹くこの神殿では、催涙弾の煙などあっという間に流してしまうからだ。
大して暑くもないのに、セタの額に汗でぺたりと前髪がくっついている。瞬きだってゆっくりになっている。白煙がこちらにまで襲い、壁の奥へと二人は後ずさりをした。敵を視認できる位置を保つのは至難の業だ。
「次で畳み掛けるぞ」
こちらの銃弾だって切れかけている。この危機的状況の中、片腕の兵士、ランディは無理な要求してきた。
———残った仲間は殺さないで欲しい。
ランディはフィンを逃がす代わりとして、二人に頼んだのだ。
事実、この頼みを遂行することは難しい。セタは引き受けたが、自衛が困難になり生き残る確率が低くなる。
間違えれば二人は死ぬだろう。
白煙の中へと二人は飛び出した。合図は互いの呼吸のみ。
戦場で生きる喜びを見出すのはただの一時的高揚感だけ。苦しみをなくす唯一の麻薬。
今のこの苦しみを超えた先に何かがあるのだろうか。
細い糸のように繋がれた未来を期待する他、体を動かす力はない。
ロゼの脳裏によぎったのはいつものあの二人。そして、業火に消えていった曇り空の髪の亡き友人だった。
闘う。それだけだ。
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