友の言葉(2)
教会の鐘が鳴る。
昼時を教えるその鐘の音をフィンは膝を抱えて聞いていた。
二人がいなくなってからの四日間というもの、フィンは丘から町を見下ろしてばかりだった。
しかし二人がいなくなったことに、泣くことはなく、ただ、ああして待っているのだ。
朝から日が沈むまで、だ。
その姿を見ているとジーナは胸が詰まって仕方がない。
「フィン君、そろそろ家に入りましょう?」
「————うん」
フィンはジーナに二人の行き先を尋ねてこない。素直にジーナの言う事を訊くし、暗い顔をすることはなかった。初めて会った頃のように天真爛漫で無邪気だ。ご飯もたくさん食べ、ジーナの手伝いもした。
それが、怖かった。まるで彼は「普通の子ども」を演技しているかのようだった。
「気にしすぎでは?」
神父は柔らかく笑い、ジーナに目を向ける。
彼女は蝋に火を灯し、膝をついて祈っていた。女神様が教会の鮮やかなステンドグラスに在られる。ひな壇状になった蝋の群れは数百にも上り、その全てに火が灯っている。薄暗い教会の中には、町中の住人が教会に訪れ、祈る。
今日は戦争で命を散らした人々に安らかな眠りを捧げる日だ。黙祷をする者のほとんどは、身内が兵士として戦争に参加した者だ。そしてジーナもそのうちの一人だった。
明るい女性の歌声のように、木の笛と鈴の音が教会に降り注ぐ。教会はしめやかで、静けさに包まれていた。わずかな人の話し声と、歩く音。白い花を、青いベールの壇上へと置いては、祈る。
「カルヴィン、いえ今は神父様と呼ぶべきかしら」
「いえ、カルヴィンで結構ですよ。ジーナさん」
神父は祈祷に訪れた少女に、白い花を渡す。白い花は女神様を象徴するもので、そして魂を意味する。手持ちの花がちょうどなくなり、神父はジーナに寄り添うように、長椅子に腰を下ろした。
「何年経っても慣れないわ、ここに来るのは。思い出すのは息子のことばかりよ」
ジーナは自分の手元の花を指先でくるくると回す。
ジーナの息子アーロンの死に水をとったのは、他でもないカルヴィンだった。知り合いでもなんでもない。話したこともない青年だった。
神父がカルヴィンと名乗っていた頃は、衛生兵として戦争に参加していた。死んでいく兵士なんて幾人もいた。消毒液と血と鉄と、火薬。人の焼ける臭い。それに慣れ始めた頃だったろう。手足を失くし、失血で死にかけた兵士の治療をした。治療をしたところで手遅れだったが、彼はかすれた声で、何度も言う。
母さん、と。
それから終戦を迎え、カルヴィンはジーナの元に訪れた。罪悪感とは違う、何かをしなければという思いに駆られて、死亡者リストから手当たり次第に兵士の年齢と相貌に当てはまる人物を見つけ、そしてジーナの住む家を探り当てたのだ。
「私はアーロンの安らかなる眠りをずっと祈ってきたのだけれど、今日は違ったわ。二人が無事に、私の元に帰ってくることを、女神様にお願いしてしまった」
皮肉ね、と彼女は悲しげに笑う。
息子を亡くした戦争。その敵国であるヘミスフィアの元兵士たちの無事を祈ったこと。
これを皮肉と言わずして何というのだろう。
「すみません、私がさっさと子どもを彼らに引き渡していれば」
ジーナは首を横に振り、神父を見つめた。
「わかるかしら、カルヴィン。私の心は今、こんなにも穏やかなの。息子を失ってから、私はずっとずっと心の奥に毒のようなものがあった。きっとヘミスフィアを憎んで、憎んで。血も涙もない卑劣な人間だと思い続けて。そうしたものがずっとどこかにあったのよ。でも初めて会ったヘミスフィアの人は、残虐でも卑劣でもなかった。ひどく、脆かったわ。優しくて臆病な、私たちと同じ人間だった」
実際に会ったら、安心するものね。ジーナは楽しそうに笑う。
その後、隣町の教会にも参列しなければならないカルヴィンは、足早に教会を出て、馬車に乗り込んだ。本来なら遠出するための馬車で、後部には荷物を積むためのトランクまであるくらいだ。日帰りであるから、手持ちだけの分で構わないだろうと思った。トランクを利用するのかと尋ねた御者だが、カルヴィンは御車の気遣いに、断りを入れた。
「大丈夫、今日は隣町ですからね。大した荷物はないんですよ」
「いやいや、それにしても、神父様は大変だね。隣町へ行ってトンボ帰り。明日もあるんでしょうに」
「まあ、しかし。この時期だけですから。神父らしい仕事ができるのは」
荷物が一つ、増えていることにも気が付かず、馬車は隣町へと走っていった。
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