嵐の森と負傷兵(6)

 食事が終わればセタは昨夜の嵐で湿ってしまった薪を天日干しした。昨日とは違いからりと晴れていて、この分だとあっという間に薪も乾いてくれそうだ。本来薪を並べていた棚を斜めにして、その上に薪を並べれば乾きも速いというもの。セタはついでに薪割をしておいた。一人暮らしの老婆に薪を割るのも、町で売っている物を買って上るのもしんどいだろう。普段は森の中から小枝を拾い集めるか、町で買ったものを親切な若者が少し運んできてくれる程度だという。夏の今、薪を準備しておかねば、南とはいえ風の強く吹くこの町で暮らすには、冬と秋は酷に思える。長い間使われていなかった斧を研ぐことから始まり、形の良い丸太を選んで振り下ろす。

 セタにとって、こうして無心に一つの行為に没頭するのは久々だった。

 ぐっと伸びをして丘から町を見下ろした。呑気にシジュウカラが鳴いている。バタバタと白いシーツがなびいてる。時折吹く風が首筋をすう、と涼しくしてくれる。泥と汗で汚れだらけだった服はジーナの指示で脱がされ、代わりに薄手のワイシャツとズボンを貸してくれた。亡き息子の形見だろう。

 ザティーレは穏やかな町並みだ。戦火が及ぶ前は栄えた町だったのだろう。ぶどう畑とりんごの園に囲まれていて、連なる山々にはわずかに雪が残っている。丘から見る空は広い。

 町から響く教会の鐘の音。真昼を告げる鐘だ。

「……」

 まるでヘミスフィアとは正反対。そもそも木なんて生えていたかどうか。年中排気ガスと煙が流れて、川はない。排水やらヘドロやらゴミで満ちていた、それらしきものはあった。

 そんなものとは無縁のこの町。ジーナと会話し分かったことがある。この町の神はこの町自身だということ。つまりこの町のために生きこの町のために貢献する。食糧も家も木も人も町があるからこそ存在する。そういう信仰を持った町なのだ。

 同じ宗教観を持ちながら、どうしてこうも違った景色を作るのだろう。

「お昼にしましょう。ロゼさんとフィン君と一緒に作ったサンドウィッチよ」

なるほど、道理でいい香りがするわけだ。昼食が楽しみではあるが、キッチンに立つのはあのロゼだ。期待はしない方がいいだろう。

 洗面所から今を覗けば、テーブルの上には大皿が一つ。その上にはサンドウィッチがたくさん乗せてある。そしてオレンジジュースの甘酸っぱい香りがする。セタが手を伸ばして軽く焼いてあるサクサクのパンのサーモン・サンドウィッチにありつこうとした。

「手、洗ったか?」

ひょいとキッチンから顔を出したのはロゼ。だが、セタは返事ができずに、ただぽかんと口を開けたまま。

いつもは下ろしている短い黒髪は赤いバンダナで前髪だけ見えるようになっていた。ロゼもセタ同様に予備の服ですら洗われているため、ジーナの服を着ているのだが………。花柄のワンピースに白いエプロン。新鮮な恰好だ。いつものドブネズミ色とは対照的。

「なんだ、文句あんのか? ちゃんと手を洗わなきゃ木の粉が付いてまずくなる」

「あ、ああ。その、あれだな」

言葉に詰まったセタに、ロゼがまた怪訝そうに睨む。

「若返って見えるぞ、その格好」

「わけわからん。待ってろ、今洗い物しているんだから」

 またキッチンに姿を消したロゼとすれ違ってバジルとコショウのかかったポテトサラダをボウルに入れたジーナが出てきた。

「よかったわ、あの服。私の若い頃のなんだけど、ロゼさんにぴったりね」

その後ろにナイフとフォークを人数分手に持ったフィンがついてきた。

「あらあら、ナイフはいらないかしらね」

「あ、ほんとだ」

フィンはテーブルのメニューを確認し、手にあるナイフを二度見してとことこと戻った。

「それよりセタさん。女の子を褒める時は素直にかわいいって言ってあげなさいね」

 ジーナはウインクをした。

 昼食も朝食と同じようにテーブルを占領したのはほとんど三人。早食いはよくないとジーナは言うが、この場合の敵はフィンであり、ロゼであり、そして相手からすればセタでもある。おいしい食事にありつけることなど滅多にない。ゆっくり味わいたいのだが、そうしている間に自分の皿へとサンドウィッチをよせる奴がいるから油断なんてできないのだ。大人気ないと言われようが、子ども相手に手加減するつもりは毛頭ない。

 食事が落ち着いてきたところで、ジーナが色々話をしてくれた。何よりもこの町のことを。

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