嵐の森と負傷兵(1)

 目標を殲滅。

 目標を殲滅。

 目標を殲滅。

 兵士ランディ・ポートマンは機械のようだと囁かれていた。

 投降した民間人を上官の命令も待たずに射殺した。その功績を取り立てられ、特殊部隊に配属になった時も、さして喜びもしなかった。

 だからこういう最期も受け入れるべきだと、最初は思っていた。

「————助けてくれ」

 土砂にまみれた体。巨大な岩に押しつぶされた左腕。仰向けになりながら、打ち付ける雨の向こうにある天へ生まれて初めて願った。



 ガタガタと窓が揺れ、森から来る風が強くなる。外に干してあるフィンの服がバタバタと飛ばされそうだ。どんよりとした暗雲が雷鳴と共にやってきた。

 ジーナとフィンは急いで洗濯物を取り込み、戸締りをした。ジーナはせかせかとバケツを三つほど用意して、テーブルの横と玄関、そして寝室にそれぞれ置いた。随分と古い家で雨漏りが激しいのだとか。屋根を上って修理しようにもジーナのような老婆では当然、無理だろう。

「今日はもう外に出ない方がよさそうね」

「うん。セタとロゼはここ分かるかな」

ジーナは優しくフィンの頭を撫でた。横にぴょこんとはねた髪はくしでといても直らなかった。きっと天然なんだろう。

 ジーナと頼まれて、フィンは豆のへたと皮をとっていた。変わった豆で、生で食べると苦いらしいが、煮るとそれなりにいいにおいがするのだとか。ジーナはスープをごちそうしてくれると言った。フィンはどんどん暗くなる窓の外を見て時々手を止めては丘の向こうを気にしていた。

 ジーナはその姿を台所から見ていた。フィンはふと窓の外を見て立ち上がった。だがその表情は喜びというよりも焦燥と動揺だ。立った拍子にむいた豆がころりと床に転げ落ちた。

「フィン君?」

 強風、そしてぽつぽつと降り出した屋根から垂れる雨音。バケツにたまる水滴。フィンは五感を研ぎ澄まして、目を閉じた。

小屋の外。木々のざわめき。

誰かの声がするのだ。若い男だ。セタに声が似ているけど少し低い。ずっとずっと遠くの森の中。叫んで助けを求めている。辛そうに痛そうに何度も叫んでいる。

「ジーナさん、あの森ってどこまで続いてるの?」

 顔つきが一変したフィンの質問に、ジーナはもごもごと答える。

「た、多分となり町までかしら。崖が多くて迷う人がいるからあんまり車とか人は通らないわ。薪に使う木を斬るだけね、今は」

「わかった。ありがとう」

ぴょこんと椅子をまたいで、フィンは玄関へと直行した。

「フィン君、どこへ行くの? 外は嵐よ、出たら危険だわ」

「外で困っている人がいるんだ。助けてくれ、痛いってずっと言っているんだもの。人が来ないんじゃ助けられないでしょ。僕なら声をたどれば分かるしね」

よし、と半乾きの灰色のポンチョを着て、フードを被った。ジーナはひどく動揺した。

「それなら私が電話して救助をお願いするから。ね、危険なことはしないでちょうだい。もしあなたが怪我でもしたら『ロゼさん』に私が怒られてしまうわ」

 それでもフィンは首を横に振った。

「ダメだよ。救助の人はあてにならない。間に合わないよ。それに僕、こう見えても足は速いし。すぐに見つけて戻ってくるよ」

「だったら私も行くわ」

懇願するジーナにまたもフィンは首を横に振る。

「危ないよ。それにジーナさんはロゼたちがここに来た時に、僕が森の中へ入ったって言ってくれなきゃ」

 フィンはとうとうドアを開けた。雨はいつの間にか土砂降りに変わり、風も一層強くなっている。ドアが吹き飛ばされないようにフィンはそっと開けて、体を反転してすぐに外へ出て行った。ジーナの手は届かなかった。

「フィン君!」

 ドアを開けて、荒れ狂う天気の中にジーナは出た。

「戻って来て!」

 白い子どもはいなかった。泥水の川を作った丘にも、ごうごうとうなる木々の間にも。まるで天使が風に乗って空に帰ってしまったように。一瞬の出来事だった。

 彼の名を呼んでももう遅い。嵐の音にかき消されて、彼の耳には届かない。


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