白の贈り物(2)

 宿を見つけたロゼはどこかご機嫌で、思わずセタは顔を引きつらせた。。

「何。何かあったのか?」

 セタはフィンに耳打ちした。フィンもこっそりセタに話す。

「あのね、今日の宿すごくカクヤスなんだって。しかもね、お風呂があるんだよ」

「ああ、それでかあ」

 やはり炭坑の町。汗を流す場所は多いようだ。大浴場がついている宿屋だったのを、ふと思い出した。

 夕暮時に、部屋に入ったセタはベッドへダイブした。

「ああー、疲れた。今日はほんとに疲れたわー」

「うるさいな。さっさと風呂入って、さっさと寝るぞ」

「つーか飯は?」

 ロゼの見つけた宿はひどく古い。床は歩けばみしみしと音が鳴るし窓のしまりも悪い。炭鉱の煤で窓の外は黒ずんでいる。

「下で食えるらしい。早くしないと、炭坑から労働者が殺到するから夕刻前には入った方がいいだろう」

「お、ふ、ろ! お、ふ、ろ!」

 フィンは久々の風呂にはしゃいで、服を脱ぎながらベッドを跳ねまわっている。くせ毛がぴょんぴょんと揺れてウサギみたいだ。前入ったのは川だから、今回のような湯を贅沢に使える浴場は久々なのだ。かいた汗を早く流したい。ロゼはさっさと支度をしていた。

「セタ、そういやお前昼間どこ行ってたんだ?」

 うつ伏せになりベッドの感触を楽しんでいたセタは、えーっと、と言葉を濁した。やましいことをしたわけではないが、説明するのが面倒だったのだ。

「何か、色々?」

「色々って?」

「うぐっ」

 フィンは隣のベッドから飛び上がり、セタの背中に飛び乗ったのだ。

「色々って?」

再びたずねるフィンは、入浴の楽しみで興奮していて頬が紅潮していた。

「色々あるの、大人には!」

「おふろ入ろ! セタ。おふろ!」

「わかったから! 背中やめろって」

 背中の上でフィンが跨ってドシンドシンと揺らすものだから、腰にくる。

「今日はロゼと入りな」

「ロゼもう行っちゃったんだもん。行こ、おふろ!」

 あいつ、一人だけゆっくり入るつもりだな。

 風呂はゆっくり入れない。これは子連れであれば万国共通なのではないだろうか、とセタは頭を抱えた。

 大浴場には数十人は軽く入浴できる程に広く、すでに仕事を終えた男たちが出入りしている。声を出せば大きく響くそこは湯気でもわもわと満ちている。天井の通気口に吸い込まれていく湯気は、吹き抜けから漏れ出る光を映している。

フィンははしゃいで飛び跳ね、歓喜の声を上げ、敷き詰められたタイルに足を滑らせ勢いよく頭を打ち付けた。

 ゴン、と頭蓋に響くいい音だ。

「おい!」

「………い、いたい」

「当たり前だ、ばか!」

「こぶ、できた」

目に涙を浮かべて痛みを訴えるフィンに、セタは肝を冷やした。

「おい、坊主。あんまはしゃぐなよ。父ちゃんびっくりしちまうからよ」

 湯船から上がった大男が笑いながら脱衣所へ行く。

 そうか、傍からみたら親子に見えるのか。

「早く、セタ。そこに座って」

フィンは不器用に石けんをタオルにつけた。セタは言われたとおりに座る。

 フィンはゴシゴシと懸命に、セタの背中にタオルをこすりつけている。

 セタの背中には傷跡があちこちにあった。もちろん腕や足、首にだってある。

 フィンには前々から見た目は痛いけれど、今はもう痛くないと教えていた。それでもフィンはこすっては「痛い?」と訊いてくる。

「痛くないって。もう何年も前の傷なんだから」

「でも」

「大丈夫だよ」

「ロゼもおんなじこと言った。見た目ほどひどくないって」

「だろ?」

フィンはまた黙ってこすり始めた。しばらく黙ったままかと思いきや、

「ロゼのこと嫌いなの?」

と突然言い出した。思わず、セタはフィンを見た。アメシスト色の瞳はとても悲しそうに、涙で潤んでいる。

「別に嫌いじゃない」

「じゃあ、好き?」

「あのなあ」

セタは気まずそうに頭をかいた。やはりまだ五歳。男女の付き合いというものがよく分かっていないようだ。

「好きなんでしょ?」

「嫌いじゃないが、好きでもない。俺にとって、フィンもロゼも同じ。はい、この話はこれで終わり」

我ながら上手い終わり方をしたと思ったが、ますますフィンは食いついてくる。

「じゃあ、セタとロゼはなんで一緒にお風呂入らないの?」

「は?」

おそるべし、フィン五歳。

「僕とセタは一緒にお風呂入ってるのに、なんでセタとロゼとじゃダメなの? やっぱりセタはロゼのこと嫌いなんだ」

 今にも泣き出しそうなフィンを、連れて風呂につかった。

「ロゼは女、俺は男。だからだよ」

「でも、僕は男だけど、ロゼと一緒にお風呂入ったよ」

「……………」

 だから嫌なんだよ、フィンと風呂に入るのは。脱衣所に行っても「ねえねえ、なんでなんで」としつこかった。

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