白の贈り物(1)
南東へと広大な公道を歩く中、東州南部特有の乾燥気候に三人はすっかり疲れ果てていた。じりじりと照り付ける太陽の熱は、体力を容赦なく奪っていく。この道中で隣町へ行くだけで死人が出るに違いない。厚着をして寒さを防げない程の前の町とは大違い。ロゼに至ってはタンクトップというワイルドな格好をしてしまう始末。
運よく通りがかった牧草をたっぷりと乗せた荷馬車の老人が、見るに見かねたのだろう。移動手段を失った哀れな旅人に、老人は親切に屋根付きの荷馬車と水と果物を用意してくれた。これだから田舎者は、とぶつくさ呟きながらも結局、目的地まで乗せてくれたのだ。
こういう時、子供連れであると大変便利である。
「パパママと旅行楽しみな、お嬢ちゃん」
老人のお別れの挨拶に、珍しくフィンの表情は固まった。
可愛らしい笑顔で「ありがとう」と返事をしたフィンに、セタとロゼは盛大に吹き出し、フィンは少しの間不機嫌だった。
山一つが鉱石の採掘場で、あちこちにトンネルが掘られていた。砂埃がひどく、目だった草木はない。山も木を削られて丸裸である。トンネルからは線路が伸びていて、トロッコがとめどなく走っている。あちこちから掘り起こす音と、蒸気が上がり、炭鉱の麓には工房が立ち並んでいる。
町はひどく寂れてはいたが、少しは機能しているようで、屈強な男たちが行き来していた。炭鉱経営している先には、飲食店も並んでいた。ロゼはフィンを連れて食糧の調達の宿探しをすることになった。
一方セタは、自前の古い地図と現在地の地図を照らし合わせ、次の逃亡先を考えているところであった。しかし自前の地図はヘミスフィアの物なので人前で広げてはまずい。ある程度の場所を把握すると、セタは人だかりを見つけた。ありがたいことにここの炭鉱には駅があり、機関車が通っている。黄ばんだガラスはヤニのもの。早速駅長らしき帽子を被る男に声をかけた。無精ひげを生やしたぽっちゃりとした中年の男だ。キセルを吸い、新聞を広げている。セタの方を見て、いらっしゃいと素っ気なく返事をした。
「やあ、どうも。ここの汽車ってどこまで行きますかね?」
「北に行くのかい? だったらやめといた方がいいと思うよ」
「どうしてです?」
「向こう三つの駅まで列車が占拠しててね。水の補給だって噂だがね、ありゃデマだ」
占拠。
この言葉にセタは隠しながらも、しっかりと駅長の耳を傾けた。
「どうやら何か捜索中のご様子らしいよ」
適当なことを述べる駅長は何も知らずに重要極まりないことを、こちらとしては大いに助かる。しかし一方で首を素手で掴まれたような恐怖心も覚えた。
「嫌ですねえ。ここまで戦争の惨禍ですか。とばっちりはごめんです。逆は南へ続いているんですか?」
駅長は新聞をめくり、煙を吐く。
「南つっても、田舎でなんもないところだぜ。観光も何もできたもんじゃない。あそこは以前、北に空襲でやられちまっているからな」
そうですか、とセタはにこやかに答え駅を後にした。ついでに駅に置いてある炭坑一体の地図を手にした。ガラスと同じように黄ばんでいてヤニ臭いが使えないことはない。
次にセタは駅近くのパブへ入った。看板のペンキは剥がれて、もはや何と書いてあるのかわからない。ドアを開ければ、カランとドアベルが鳴る。昼間だというのに店の中は薄暗く、ジャズが流れている。
「いらっしゃい」
と大人の落ち着いた女の声。女店主はカウンターで食器を拭いている。客は少なく、キセルをふかす老人や、昼間から酒と賭博にうつつをぬかす男数人である。
「好きな席に座って頂戴」
セタはカウンター席に座る。
「ご注文は?」
女店主の後ろにはずらりと酒が並んでいる。セタは思わずごくりと喉を鳴らしたが、そこは我慢。金の工面だって大変なのだ。
「コーヒー、ブラックで」
「あら、飲まないの?」
真っ赤な口紅に、露出した肩。エプロンはつけているものの、そこから押し付けるような色気にセタは少し引いた。彼女は首を傾げた。
「はは、酒は夜飲むことにしてるんだ」
「あら、そう? なら夜もいらして。本当は夜しか営業していないんだけど、売上が雀の涙ほどだから、昼も開けてるの」
「へえ」
女店主は沸いたお湯をゆっくりと回しながらコーヒーを作っていく。
「一つ聞きたいんだけど、この町ってなんかある?」
「見ての通り、炭坑しかないわよ。あなた、ここに来たのって観光か何か?」
「うーん、そんなところかな」
「男一人旅ってやつ?」
店主はコーヒーをセタの前に置き、砂糖菓子も横に添えてくれた。
「いいや、違うよ」
「この町は何もないから、何もないわ。鉱山があるぐらいだし、何か見たいなら北に行かないとねえ」
セタは地図を出し、ある町を指差した。
「ここ、何かあったりする?」
「随分遠くへ行くのねえ。南州なんて。私は行ったことないけれど、写真ならあるわよ」
女店主は店のはじにあるコルクボードを指さした。
十数枚の写真が貼ってある。そのほとんどがほこりを被っていて、色が褪せている。
セタはカップを持ったままカウンターから降りてその写真を見る。大小様々で、無造作に画鋲で刺されている。
「その白いやつ。たぶんその町の」
「ふーん」
「興味ない感じね」
くすりと店主は笑い、また食器洗い。
写真を眺め、またカウンターでコーヒーをすするセタの姿を黙視している男がいた。
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