花の名前(2)

 祭りの準備のために、船着き場は通常よりも混雑し、橋の建設材料の運搬も再開したとかで、船が足らないらしい。

 その上、どの医療施設も閉鎖か休暇。

 祭りというものがこんなにも煩わしいものになるとは。

 ロゼはフィンを背負って、いつもよりも熱い体温が伝わり、焦りを感じた。栄えた町に移れば医者はいるはずだ。しかしそのためには川を渡らなければならない。

「あと三隻くらいだそうだ」

通行所へ様子を見に行ったセタは氷水とオレンジを持って戻り、フィンの額と口元に押し付けた。ロゼの上着を着てフードを被ったその姿はまるで、雨の日に吊るされたまじない人形のようだった。

「皮いらない」

「わかった、剥くよ」

「うさぎの形がいい」

「皮なしで耳を再現しろってか!」

 セタはナイフを器用に回して実と筋だけでウサギを再現した。そういうところはロゼも感心する他ない。しかしナイフをいつものジャケットの内側に入れずに、左腕の裾に忍び込ませる。

「——」

ロゼはこのセタの合図にいち早く気が付いた。そして何食わぬ顔で、いつもの鉄仮面で、呟いた。

「——何人だ」

「多分、六人だ。こちらをまだ特定はしていないみたいだ」

 目立つ白髪のフィンにフードをかぶせておいて正解だった。

 桟橋の喫煙所に二人、背後の列に一人、通行所で詰問している三人。わざとらしい武器を見せびらかしているのだから間違いない。巻いたはずの賞金稼ぎがこんなにも速く追いついているとは思わなかった。視認できるだけで六人だが、その倍の人数に囲まれていても不思議はない。

 船が二隻到着した。

 荷運びと客がゆっくりと押し寄せる中、不審がられないよう通行所を経過しなければならないというプレッシャーで、ロゼは喉をごくりと鳴らして唾を呑んだ。

 自分一人だけならまだしも、背中にはフィンがいる。バレても発砲すれば良いわけではない。後列に並ぶ賞金稼ぎに悟られれば、フィンが真っ先に的になるのだ。

 とんとん、とロゼの肩を白い子どもはつついた。息が荒くなるが、それでも必死に言葉を紡いだ。

「——ロゼ」

 フィンが耳元で囁いた。

「正面で光った。スコープだ」

「——っ」

ロゼは咄嗟にフィンを前に抱えてしゃがみこんだ。銃弾の発砲音が鳴り響き、悲鳴と混乱で船着き場は一瞬にして騒然となった。弾は露店のビールジョッキに当たり砕けた。

「走るぞ!」

 セタに続いてロゼは人ごみをかき分けて船着き場を抜け、賞金稼ぎたちは気が付き、猛追してきた。

「どこに行くつもりだ?」

「ここを離れる! 来い!」

 言われなくとも、とロゼは走る。船着き場を横切り、狭い貧民街に出た。今にも崩れ落ちそうな屋根と屋根の間から見えるそれを見てロゼは察した。セタは踵を返した。

「ロゼ、先に行け!」

 白い子どもを背負った黒髪の女は一度躊躇して目を瞑ったが、セタの意をくみ取り頷いた。

「任せたぞ」

 ロゼは拳銃をセタに二丁託して、貧民街を駆け抜けた。


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