逃亡者たちと彼らが目指す場所(3)
——やあ、目覚めたかい。僕の名前はシャルル・レイジア。この部隊の衛生兵さ。知らないのも無理はない。僕は昨日の夜にこのキャンプに到着したのだから。おや、君の目の色は不思議な色をしているね。新緑の若葉のようだ。そういえば君と同じ目をしたレディを見たよ。先ほど君の部隊が苦戦しているところで、敵の眉間を撃ち抜いていた。彼女も負傷していてまだ目が覚めない。起き上がれるなら一緒にお見舞いに行こうじゃないか。
俺たちは未だに夢を見る。
亡き友人の言葉の全てが蘇り、頭の中に響いている。
祖国を離れてから数年、正確には五年と二か月の月日が流れた。
今でもはっきりと思い出せるシャルルの最期は遠い昔のようであり、つい最近のことのようにも思える。
夢に見る彼の言葉は脳が再生しただけの事実だ。
連れて逃げるように手渡された子ども、フィンは生まれた時と変わらない雲のようなくせ毛の白髪と、透き通るアメシストの瞳をしていた。夜明けの空の色にも見えるその目は大きく、頬はいつも桜色で元気な男の子だ。多くの子どもを見てきたわけではないから、よくわからないが、傍から見れば普通の子どもとなんら変わりはない。
しかし彼には複数の人智を超えた不思議な力があった。
視力、聴力は人並はずれ。遠くの川は見えるし、音だけで周囲の状況は把握できてしまう。銃弾すら貫通する力を失う、物理的動力を全て打ち消す斥力。
すぐには気が付かなかったが、年月を重ねるにつれてフィンは難なくその力を発揮し始めた。
歩くことや話すことと何ら変わりなく、その力を行使できる。
この間まで歩くこともできなかったのに、いつの間にやらあちこち走り回り、木登りだってこなしてみせるようになった。子どもとは不思議に満ちたものである。
厳しい冬を迎える小さい帝国であったヘミスフィアは、隣接する国へ百年にも渡り、戦争を繰り返していた。
大陸を蹂躙せよ。
これは生きるための義務であると、幼い頃より植え付けられた軍規は、煙も血の匂いもない外の世界に出てみれば何ということはない。ただのイカレた妄想と虚言だったのだ。
かつて大陸はヘミスフィアのものであり、海の向こうからの侵略者である野蛮人たちにこの大陸は食い尽くされ、やがて北の隅に追いやられた。
その歴史が正しいのか、セタには分からない。
異国の言葉、見たことのない料理。聞いたことのない音楽。町に敷き詰められた石畳、人が住む家。
兵士として軍人として生きるために、身に着けた他国の知識にはないものばかり。
かつてヘミスフィアのものだとされる大陸には、もうその面影などなく、文化として調和しているのだ。
侵略者たちに鉄槌を。
汚された世界を燃やせ。
我々こそがこの大陸の真の国民である。
その意を旗に掲げ、西へ東へ南へと布告なしに攻めていく。
そして今現在、大陸の四割はヘミスフィアの領地となった。
名も記されていない西の国は、セタが生まれる数十年前、ヘミスフィアに侵略され、それ以降は植民地となっている。連なる山岳地帯と入り組んだ海岸。騎馬民族が侵略したのだと、ヘミスフィアの歴史書には記されていた。西の国を堕とした戦争が火種となり、ヘミスフィアの領地奪還は南下していく。東州、南洲の連合国とヘミスフィアの長期的戦争の幕開けであった。
そして未だなお、戦争は続いている。
戦時中の祖国を捨て、元兵士は敵国で平然と逃げる生活を送っていた。
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