逃亡者たちと彼らが目指す場所(2)
港町へつながる海岸沿いの車道。かつては軍事物資を運搬していたトラックのほとんどは、カラーリングを変えて市場から町へと物資を運搬する仕事に転職していた。
しかし一台、荷物がいつの間にか海産物から妙な三人組にすり替わって走行していた
「間一髪」
刀が深く鍵穴に刺さったおかげで助かった。
「今回はやばかったな」
と言いつつも上機嫌で誇らしげにロゼは笑い、フィンも笑みをこぼした。
追いかけてきた野蛮人な連中の車は遥か遠くに見えなくなっていく。
通り過ぎる大型トラックに目を付けたセタは二人を抱え、タイミングを見計らいバイクを捨てて、飛び乗ったのだ。完璧な逃走劇に、三人は走行するトラックの上にようやく腰を下ろしていた。
ただ汚点があったとすれば荷台の鍵穴を壊して中の荷物が道路にばら撒かれたこと。新鮮な魚介類が冷凍されていたようで、発泡スチロールがごとんごとんと道路に投げ出されてしまった。申し訳ないと思ったが回収なんぞできるはずもない。運転手はきっと口笛でも吹きながら気づかずにずっと走行しているのだろう。
「わあ、海だ」
フィンの淡いアメシスト色の瞳にくっきりと青色が映る。キラキラと無垢な子どもそのもの。さっきまで戦闘に加わっていたものとは違う。
五歳になったフィンは癖毛のある白髪で、女の子のような顔立ちをしていた。五歳にしては体が小さく、肌は驚くほど白い。
この白い子どもフィンはごく普通の子どもと言うにはあまりにもかけ離れている。確かに普通に食べたり、話したり、笑ったりはする。しかし、世間は彼を異質とみなすだろう。
遥か十キロ先のものが正確に見える視力。
遠くの音を拾いいち早く察知する聴力。
そして物理攻撃をものともしない斥力。
彼は生まれながらにしてそれらの力を備えていた。
数年前、友人シャルルの死をきっかけにこの逃亡生活は始まった。彼は血にまみれながら、研究施設から赤ん坊を抱えて逃げ出し、そして絶命した。今も目に焼きついて離れない彼の最期の姿。
結局赤ん坊を連れてそのまま国を出たのだから、彼の死の真相は分からないまま。
大陸の四割を占める戦果の国、北方軍事国ヘミスフィア。
大陸の覇者として蹂躙しつくすことが国として存在する意義である。今でもそらんじることができる八十に及ぶ軍規はその国を支える全てが示されていた。
セタンダ・マクリール。
ロゼ・モリガン。
かつて二人は軍の中尉と准尉であった。
逃亡してからすぐ、二人は指名手配犯となり、高額な賞金首の身となったのである。
数年の間に、懸賞金目当てで賞金稼ぎから狙われる日々が続いていたが、所詮は統率の取れていない荒くれ者の集まりだ。烏合の衆とはよく言ったものである。追跡も剣術も銃も、何もかもが中途半端で雑だ。しかし今日の賞金稼ぎはなかなかに骨があった。
追跡を諦めていく連中がいる中で、彼らは執拗に国外まで追いかけてくるので、セタは感心していた。また懲りずに追ってくるだろう。
乾いた風が吹き、フィンは耳をすませていた。聴力のいい彼にはカモメの鳴き声も、波の音も聞こえるのかもしれない。
「フィン」
「なあに、ロゼ」
短い黒髪に若葉色の瞳、気の強そうな凛とした顔立ち。首元に巻かれた黒いマフラーと灰色一色の服。そんなロゼの姿がフィンのアメシスト色の瞳いっぱいに映る。
「この景色を忘れるんじゃないよ」
ぱっと広がる空と海の青色の景色。
これが世界の本当の姿なんだ。人が手を加えればあっという間に塗り替えられてしまう脆い世界だけど。死んだ友と見ようと約束した、ようやく辿り着いた景色の一つだ。
フィンは子犬のように首をかしげてまた海を見た。
雲が、太陽に照らされる海原の上をゆっくりと進んでいく。
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