第三、第四の殺人(大量殺人も含む)
【日本 元治元年(1864年)-】島津久光⚔️
1
元治元年(1864年)1月14日、島津久光は参預に任命され、同時に従四位下・左近衛権少将に叙任された。島津久光は朝廷から官位を得るという誉れを、大いに喜んだ。だが、それ以上に、不思議に首を傾げていた。
「"生麦事件"から始まり、"薩英戦争"を経て、こう繋がるとは」
島津久光には外国人に対する嫌悪感はあれど、即時攘夷の思想はなかった。行列に対する作法を破った者は無礼討ちしても問題ないという当世の論理に従ったまでのことだ。
だが、日本の受容は違った。"生麦事件"は明らかに攘夷行動として捉えられ、本来は開国論者の島津久光は、意に反して、機夷の旗手として遇されることとなった。
"生麦事件"後、ほどなく入京した薩摩藩一行に対して、京都の民衆は薩摩藩の攘夷を讃えて熱烈な大歓迎をした。島津久光には晴ればれとした気分と同等に、うかない気分もあった。
それだけではない。攘夷派の孝明天皇から称讃の言葉をかけられ、名実ともに攘夷の雄となってしまった。
2
"生麦事件"、そして、"薩英戦争"の余波は島津久光だけでなく、日本全体にも及んだ。
象徴的なのは、イギリスのラッセル外相が幕府と薩摩藩の双方に賠償金等を要求したことだ。イギリスは幕府以外に、日本に複数の統治者がいることを認め、大名が割拠する、あたかも連邦制国家のようなイメージを抱いたのだろう。
"生麦事件"は、幕府が薩摩藩に何ら有効な命令ができないことを、期せずして白日の下に晒し出した。この事実は各通商条約締結国にも大インパクトをもって理解され、各国が幕府ありきの姿勢を改めるに至る契機となったのだ。
3
島津久光は現状を分析する。不思議な因果ではあったが、国内及び諸外国に対して薩摩藩が影響力を持ったことは好都合だった。
攘夷の雄として扱われていたが、島津久光は元来、開国論者であった。朝廷は強固な攘夷思想だが、今の島津久光の説得なら耳を傾けるだろう。加えて、将軍の一橋慶喜は根っからの開国論者だ。参預会議の議論を開国の方向に持っていくことは難しくなかった。
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ふと、長井雅楽のことを思い出した。長州藩士長井雅楽もまた、島津久光同様に開国論者であり、頭脳明晰な男だった。
長井雅楽の発想はユニークであった。"航海遠略策"というのがそれだ。当時、欧米諸国との紛争を避け、なし崩しのうちに開国しようとする幕府と、それを阻止し強硬に攘夷へ転換させようとする孝明天皇との対立から膠着状態に陥っていた。
それを打破しようと画策したのが、"航海遠略策"だ。一時的な通商条約の勅許と引き換えに、日本国は経済的に欧米列強に圧倒し、東アジア的華思想に基づく冊封体制を形成できる。想像力を駆使して現実を曲げ、そんな物語を創り出した。
孝明天皇は、この物語を信じ込み、いつかは鎖国体制に戻れると判断することとなる。
しかし、この物語の詭弁は見破られ、長井雅楽は失脚、昨年に切腹し、この世を去った。長井雅楽の想像力では、現実に勝てなかったのだ。
5
島津久光は、確信していた。
「儂なら、もっと上手くできる」
1867年(慶応3年)、江戸幕府15代将軍徳川慶喜自ら政権を天皇に返上する"大政奉還"を行い、260年以上続いた江戸幕府に終止符を打つ。
同年、薩摩藩や長州藩が中心となり、"王政復古の大号令"を宣言。
翌1868年(慶応4年)1月、京都における"鳥羽・伏見の戦い"を皮切りに、薩長を中心とする新政府軍と旧幕府軍とが国を二分する"戊辰戦争"へと突入。
翌1869年(明治2年)5月に旧幕府軍が降伏。新政府が全国を掌握し、新時代が幕を開ける。
【米国 1945年】オッペンハイマー💣
1
1945年7月16日午前2時30分、南ニューメキシコ、アラモゴルド北西の砂漠地帯に位置する実験場は、時速30マイルの風と激しい雷雨によって掻き乱されていた。かつて、スペイン人に"死の旅"と呼ばれた地域であった。
オッペンハイマーはこの実験場を"トリニティ(三位一体)"と名付けた。なぜこんな名前を付けたのだろう。オッペンハイマー自身にもわからなかった。
「わが心を打ち給え。三位一体の神よ」で始まるジョン・ダンの詩が脳裏にあったことは薄っすらと覚えている。あるいは、ヒンズー教の影響かもしれない。
ヒンズー教の三大神、すなわち開祖にして創造者ブラーマ、その保存者ビシュ、そして、破壊者シヴァのことだ。
2
トリニティ実験場では議論が紛糾していた。この日、予定していた原爆実験の続行或いは延期の判断を巡り、揉めていた。何しろ史上初の実験なのだ。酷い悪天候の中、雨と放射能が混ざるとどうなるのか。何もわからない。大惨事も想像できた。
だが、予報官チームは、夜明けには嵐が収まると予測。原爆実験は続行が決定される。アナウンスが拡声器で響き渡った。
「爆発予定は午前5時30分。ただ今ゼロ・マイナス20分」
カウントダウンが始まった。
……4、3、2、1。ゼロ。
2
地平線がかつてない閃光で照らし出された。
オッペンハイマーは反射的に身を屈める。再び見上げたとき、光の洪水は白色から黄色へ、次いでオレンジに変わり、空を塗り潰していった。
爆発から1分半後、世界を破壊するような大きな爆発音が轟き、次いで、人口の雷の響きが続いた。
「全世界が炎上している」そう勘違いするほどだった。
火の玉はサイズが大きくなるにつれ、地獄のような赤へと変わり、上空にはこの世のものとは思えない鮮やかな紫の雲が浮かんでいた。
実験が成功した。
3
歓喜の声をあげて抱き合う仲間たちの中、オッペンハイマーは実感していた。世界を決定的なまでに変えてしまった。今までと同じ世界はなくなり、新たな世界が創造された。
オッペンハイマーの頭に、ヒンズー教の聖書の一節がよぎった。
「"われ世界の破壊者たる死とならん"」
4
ドイツが降伏し、日本への原爆投下の必要性が疑問視される中、オッペンハイマーは熱弁をふるった。
「新しい時代を築くために、日本への原爆投下は避けられない」
日本への原爆投下により、世界が原爆の脅威を認識して初めて、新しい時代構築のための議論が有意義となる。そう信じていた。
1945年8月6日、日本の広島上空、高さ100フィート(約30メートル)の鉄塔の真上で、現地時間午前5時29分45秒プルトニウム爆縮装置が炸裂した。同年8月9日、同型の原爆"ファットマン"は長崎を死の町と化した。
真珠湾攻撃から始まる日米の戦争が終結した。
【英国 1888年9月】アバーライン👮
1
10月1日に切り裂きジャックからの手紙が朝刊に掲載されると、大騒ぎとなった。
「俺はお偉方をおちょくって予告をしたんじゃない。明日になれば小粋なジャック様の二重殺人が耳に入るぜ。最初の女はちと騒ぎになって思い通りにはいかなかった。
察に送る耳を切り取る余裕はなかったが、それまで前の手紙を取っておいてくれてありがとよ。
切り裂きジャック」
最初の手紙とは字体も異なる走り書きで、葉書の裏表には指で擦った血の跡がついていた。
前の手紙を真似た悪戯だったのだろうか。いずれにせよ、この手紙を機に、自称"切り裂きジャック"の署名投書が飛躍的に増え、本物なのか偽物なのかは混乱して収拾がつかなくなった。
ヴィクトリア朝の多少筆の立つ暇人がこれは面白い暇つぶしとばかりに、自ら"切り裂きジャック"を名乗り、あれこれ凝った犯行声明や殺人予告をヤードや新聞社に送り出したのだ。
例えば、次のようなものだ。
「地獄より
拝啓、ある女から切り取った腎臓の半片を送るぜ。あんたのために取っておいた代物さ。残りの半片はおれがフライにして食ってしまったが、かなりいける味だった」
「なあ、あんたは悪魔を見たかい
顕微鏡とメスを使って
腎臓を覗きこむんだぜ
めちゃくちゃにした腎臓をスライドに乗せてな」
新聞社及び捜査本部に、これらの手紙が絶え間なく届けられていた。
2
手紙の山を前に、アバーライン警部は苛立たしげに舌打ちをする。ダン、と机に拳をぶつけると、手紙が雪崩れ落ちた。
慌てて宥めに駆け寄る部下を、アバーライン警部は乱暴に引き剥がした。アバーライン警部は部下に吐き捨てる。
「お前か?お前が"切り裂きジャック"か」
部下は目を白黒させて、首を横に振る。狂人でも見るかのような目で、アバーライン警部を見つめていた。
「違うだと?証拠はあるのか?」
アバーライン警部は、困惑する部下を睨むと、続けて視線を床に向けた。床には"切り裂きジャック"からの手紙が散乱していた。
「見てみろ、この手紙を。
今や道ゆく誰もが、"切り裂きジャック"の正体を考察し、それどころか、"切り裂きジャック"に成れる時代だ。
誰も彼もが、神出鬼没の"切り裂きジャック"と成り、現実と空想を好き放題ファックさせ、世界をグッチョグチョに掻き回しては、新たな神話を創造する快楽でオーガズムに達してやがる。
世間も新聞もだ」
アバーライン警部がひと呼吸つく。床の手紙を踏みつけ、感情のままにグシャグシャにした。
「だが、断じて違う。
メアリ・アン・ニコルズ。ダーク・アニー。
"切り裂きジャック"が殺したのは、現実の娼婦だ。
やつは俺たちと同じ現実を生きる、ただの卑劣な犯罪者だ。
我々はバカどもの妄想の玩具と化した現実を守り、保持してやらなければならない。喩え、汚れた汁塗れだろうがな。
いいか。やつを逃がすな。伝説にするな。逮捕しろ。
"切り裂きジャック"を手錠で繋ぎ、現実に引き摺り出してやるんだ」
3
アバーライン警部の啖呵も虚しく、"切り裂きジャック"の手掛かりを掴むことすらできなかった。
"切り裂きジャック"は、9月30日午前零時40分頃から同日午前1時40分頃にかけて立て続けに行われた第三、第四の殺人を最後に、長く消息を経っていた。
時間が無かったのだろうか。第三の殺人の被害者エリザベス・ストライドには、死因となった咽喉の切り裂き傷を除いて目立った傷はなく、いつもの解剖作業はされていなかった。
対照的に、第四の殺人の被害者キャサリン・エドウズの死体は悲惨なまでに損壊されていた。
まず、喉頸が左から右へ20センチ近く切り裂かれていた。即死だろう。右頬には大きな傷があり、鼻先と右耳の一部が切り取られている。腹部は鳩尾から下腹部まで裂かれ、内臓が殆ど露出していた。引き摺り出された腸は右肩に掛けられ、肝臓は尖った刃先で突き刺され、左葉が垂直に切り取られ、左腎臓はそっくり失われていた。子宮は水平に切り裂かれ、頸管が失われていたが膀胱や膣は無傷だった。
捜査本部には一切の手掛かりはなく、真偽不明の手紙だけが高さを増していた。
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