12 小学校防衛戦

 二度目の緊急帰還ののち、外から大きな爆発音が耳に飛び込んできた。

 突然の出来事に俺は驚きのあまり飛び起きたほどだ。


 これをどうこうする気は起こしちゃいけない。そう考えて再び布団に横になろうとしたとき、スマホに通知が来る。どうやらサネアツからのようだ。


『いまとんでもないヤツが学校を襲ってきてる。どこもかしこも爆発させ回ってやがる。俺らは逃げるから、お前はこっちに来るな』


 チャットに添付された動画は荒く、大人の男より大きな怪物が棍棒を叩きつけてはそこの箇所から爆発を起こしているものだ。こいつの顔にピンと来たら逃げろということだろう。

 俺はスマホをズボンのポケットに入れ、〈苛烈公〉を騙した戦利品である長剣を担いで外に出る。


 廻橋からもチャットが送られてきた。

『あの怪物には敵わないんですから、絶対に来ないでくださいよ!』


 サネアツからも廻橋からもお断りの連絡が来たことで、俺は決心する。


 俺は戦いや勝利が好きな、ちょっと危ない人間かもしれない。

 でも、そんな俺でも戦って誰かを助けられるのであれば、それより嬉しいことはないのだ。




 とん、とんと車の上を跳躍していく。

 システムを騙した勝利によって、俺は能力値的にはもう十分に超人としての域に入っているようだ。どれだけ速く走っても息切れもしない。


 道中で襲いかかる敵は拳で殴りつけて大人しくさせる。このときも走り続けており、一瞬であっても止まることはなかった。


 巨大な爆発音、発砲音、雄叫びが響く中、俺は一瞬でも速く現場に辿りつくべく疾駆する。


 小学校の正門はぐちゃぐちゃで、もはや原型をとどめていない。暗くてよく見えないが、目をこらせば見たくないものまで目に映ってしまう。

 息を呑み、俺は全力で敵の方向へと走り出す。


「オオオオ――!」

「逃げろ! こんなの敵いやしねえ!」

「避難民が逃げる時間は稼ぐぞ! 死なない程度に粘れ!」


 銃火器を持った自衛官たちが巨躯の怪物――黒い肌のオークに小銃を撃ち込んでいるが全くと言っていいほど効いていない。

 それどころかオークは金棒を振り回しては自衛官や他の〈セブンスコンクエスト〉のユーザーを風圧だけでなぎ倒している。


 じろり、とオークがプレイヤーのひとりを睨み、金棒を大きく振り上げる。

 月夜に照らされてよくわかる、亜麻色の髪。怯えきった、廻橋の姿だった。


 ……自分は逃げろって言っておいて!


「死ぬ……? センパ――」

「オオオッッ――!」


 死を決定づけるオークの一撃が、振り下ろされ――


「死なせるかよッ――!」


 ギイン! と金属同士が打ち鳴らされる音。次いで、爆発。

 もう一撃飛んでくるかと思えば、オークはもうはじめから力を入れ始めた。


「先輩……? 先輩、顔がっ!」

「大丈夫、少し痛いだけだから。下がってろ、チャンスだと思ったら遠くから攻撃を打ち込んで。……さあ!」


 ありがとうございます、そう廻橋は叫んでこちらから距離を取る。

 

 周囲を見てみればそこら中に見るも無惨な死体が散らばっている。小銃を持った自衛官や、拳銃を握った警察官、スマホを握ったままのプレイヤー。

 その全てに爆発痕が見られる。


 そして先ほどの接触での爆発。つまりあのオークは攻撃のインパクトの直後に爆発を起こすことができるということだ。

 さらにオークはあの爆発で傷を負っていない。どういう理屈かは分からないが、あの皮膚は相当に硬いようである。


「でも今の俺ならッ!」


 オークが力を溜めている隙に、ヤツの関節部に何度も長剣で斬り付ける。

 しかしキィン、と高く不可思議な音を立て反発するだけで、一切のダメージが見られない。


 オークはこちらの手番とばかりにゆっくりとこちらに近づいて……大きく金棒を振り上げ――おろす!


「撃てェ――!」


 それに合わせて攻撃を見舞うも金棒をぶつけられ、お互いにたたらを踏む。

 しかし自衛官の声に合わせて撃たれた銃弾やら魔法やらは――


「オオオオオオ――――!!!」


 オークの咆吼で校庭の体育館の窓ガラスが割れる音。

 月明かりに輝く、黒色のオーク。その身体からはいくつもの傷が出来ていた。


「……痛ェ」


 しん、と冬の夜の小学校が静まりかえる。

 オークはこちらを見据え、武器を構えた。


 じり、とこちらが間合いを詰めると――しかし黒色のオークは踵を返して校庭の壁を跳躍して乗り越えて帰っていった。

 しばらくの無音の後、俺は緊張からかドッと汗を噴いて座り込んでしまう。


 ……追い払った、んだよな?


「お、おおおおおおお!!!!」

「勝った!! あのバケモンに勝ったぞ!!!」

「なんだアイツは!!!」

「あいつぁ外崎とのさきのせがれだよ!!」


 わいわいと騒ぎ始める校庭の大人たち。そんな中、真っ先に駆け寄ってきたのは廻橋とサネアツの二人だった。


「おうおう! お前お前お前!」

「友泉寺先輩! まずは治療治療!」

「おおっ、悪い! 〈ヒール〉! ……悪ぃ、魔力ないなったわ!」

「そこで切らすなよー!」


 ばつが悪そうに頭を掻くサネアツの胸をちょっと突いて笑う。見るからにサネアツも顔色が悪く、おそらくは夜はずっと走り回っていたのかも知れない。

 サネアツの後ろから自衛官がひとりやってくると、その男の人はこちらを見て告げる。


「〈7CQ〉、狩人ハントマン諸君らの協力もあって小学校の防衛は成功を収めることができた。本当にありがとう」


 俺たち……少なくとも俺はその言葉にほっとした。手を取り合って戦った、そしてそのことを認めたのであれば余計な軋轢は生まないだろうと。

 だが、自衛官はこう続けた。


狩人ハントマン諸君。君たちは上層部からこの事態を引き起こしたと嫌疑がかかっている。一緒に来て貰おう」

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