10 勝利……?

 アイテムボックスの中はかなり少なくなった。当分の食材と生活用品くらいしかこの中には入っていない。 

 廻橋とサネアツの二人を小学校まで送ったあと、俺は〈セブンスコンクエスト〉から通知が来たので確認をした。


 スマホの画面には『サーチ機能の強化』という文章が表示されていた。

 なんでも、ベータテスト時はモンスターの位置を伝えるだけだったサーチ機能を改装してあるものが表示されるようになったという。


 それはボスモンスター。そしてボスモンスターが棲まうダンジョンの位置が分かるようになった。


 俺はどんなものが出てくるのかを知るために、小学校近くにあるダンジョン化したマンションを訪れていた。

 電気の供給が途切れて開きっぱなしになった自動ドアをくぐる。ピリ……と肌にまとわりつく緊張感のまま、階段を上っていく。すると、突如として一面の大広間にいくつかのむきだしの柱が突き刺さっただけの空間に到達する。


 そこの中央には黒い影が立体化したかのような人型が佇んで、こちらをじっと見つめている……ような気がした。影法師のようなそれは俺の胸元ほどの背丈で、これまで戦ってきたゴブリンにも似ていた。

 だが今までのゴブリンとは比較にならないほどのプレッシャーが俺を圧倒していた。


 スマホの〈7CQ〉セブンスコンクエストを見やれば、『認識名:〈苛烈公かれつこう〉』、『顕現率:三十パーセント』、『完全顕現まであと123時間』などなど、おそらくはその影法師について書かれているであろう事柄。なんでも顕現率が高くなればなるほど本来の実力に近づくらしい。

 俺はあいにくと強さをプレッシャーや立ち振る舞いから理解できるほどの達人ではない。だが目の前にいるソレがかなりの実力を持っていることは俺であっても察せられる。


 顔のない影法師がじっとこちらを見る。

 今はこうやってマンションの中でじっとしているだけだ。だがこいつがもしも地上に解き放たれてしまえば一般人なんて羽虫のように殺されるに違いない。


 俺はすう……と呼吸を整えてスマホから剣を取り出し、一歩前に出る。


 誰かに被害が及ばないように。そんな考えもある。

 だがそれ以上に、俺は自分では届かないかもしれない存在と渡り合うチャンスが訪れたことに興奮をしていた。


 スマホをスクロールし、『挑戦しますか?』というダイアログにイエスをタップ。

 すると次の瞬間にはマンションの中に紫色の魔力で出来た円形のリングが俺達を囲む。ためしに転がっていたゴミをリングに投げると電撃がほとばり、投げ込んだゴミが消滅する。このリングに当たってしまえばかなりの痛手を負うことは想像に難くなかった。


 影法師は徐々に色彩を取り戻していき、小柄の、傷跡ばかりのゴブリンへとかたどっていった。

 子鬼が持つ金棒は、一撃を貰うだけでもとんでもないダメージを負いかねない代物。


 じり、と俺も子鬼――〈苛烈公〉も武器を構えて間合いを詰める。

 距離を詰め……先に〈苛烈公〉が金棒を振り下ろす。マンションのコンクリートをゆうに破壊する威力。ガレキが飛び散ってこちらの顔に当たる。しかしそれでも俺は剣を振ることをやめない。横薙ぎに払った剣はゴブリンの身体の浅いところでとどまってしまう。それどころか〈苛烈公〉は片手で刃を握って悠々と押し返すではないか。


 こちらは両手で押し込もうとしているのに……話にもならない!


 にっちもさっちもいかないこちらに対して〈苛烈公〉は空いている片腕でこちらの胸ぐらを掴んでリングへと放り投げる――!


「――――ッ!」


 直後、脳が焼けるような痛み。

 自分の叫び声すら聞こえないほどの痛みの中、やけにクリアな視界が、〈苛烈公〉がこちらに向かって剣を投げつける様子をコマ送りで――あ――


『〈聖域〉発動。パーティメンバーをホームに緊急帰還させます』


『なお、この機能は一日に一回のみです』


『では、よい日常を――』



「ハッ――! ……夢、じゃないな」


 見知った天井に視界が切り替わり、悪夢を見た時の子供のように飛び起きた。

 ぐっしょりと汗を吸ったシャツ。しかしこれが夢ではないということを知ったのは、背中の傷がじくじくと痛みを発しているからだ。

 ドク、ドク、と脈が激しく心臓を打ち鳴らし、けれど塞がっていない傷が下に敷いた布団に滲む。


 とりあえず俺は着替えて胸にバスタオルを巻くことにした。


 スマホを見ると時間はもう午後の六時を回っていて、これ以上のタスクは無理かなーと言ったところだ。

 着替えたりシーツを洗濯に回したりしていくうちに、最低限ではあるが傷は塞がってきたようで。


 しかし――


「完敗だな。怒られたらぐうの音も出ないほどの完敗」


 サネアツあたりに話したら激おこで詰められるだろうなー。隠したりしたらバレたときが大変だからいつ言おうか。

 廻橋も……良い顔はしないだろうな。そりゃ知ってる人間がわざわざ危ない真似をしているのに明るくいられはしないだろうな。


「しかし、あのマンションにしか居られないゴブリンがさらに強くなって解き放たれた時にはとんでもないことになるな……」


 少なく見積もってもあれの三倍は強い状態で出てくるんだからなあ……。

 顕現率はおそらく時間の経過で増加していく以上、強くなる前に叩くというのが常道だ。

 しかし……この段階でも強すぎる。


 俺とサネアツ、そして廻橋の三人で戦ったとしても勝てない。今から全員でレベル上げをしても間に合うかどうかは分からない。それにここはゲームではないのだから、効率の良い狩り場なんて誰も知らないのである。

 ないない尽くしでいっそ泣けてくる。


 俺だって勝てない相手に再び無策で攻め入るなんてことはしない。

 俺は全てを尽くして勝ちたいのであって、敗北に興奮する変態ではないのだ。


 どうするか……と頭を掻いていたところ、〈7CQ〉を開いてみると。


『ダンジョンボス〈苛烈■〉に勝利しマした! ダンジョン攻略報酬ヲウケ取ってくださイ!』


 倒した覚えのない相手に勝利していた件について。

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