09  食料回収

「……少し臭うな」

「電気、落ちてるもんな」

「……多分そっちじゃないです。獣臭さ……?」


 二日目。

 友泉寺ゆうせんじからわずかに離れた場所のスーパーマーケットに俺たちは赴いていた。食材の回収をしてこのまま小学校に向かってしまおうという目算だ。冬場といえど冷蔵庫なしでは生鮮食品の劣化は早い。そのためそれらはアテにはしていない。


 田舎特有の広いスーパーマーケットは荒れていて、放置された車や自転車のいくらかは修理不可能なほどに壊れていそうである。

 なお、小学校前までは車が敷き詰められているらしく、回収した品物を車で運ぶことは難しそうだ。


 俺はスーパーからの臭気に違和感を覚える。廻橋はこれを獣臭さと言ったが、それが近いのかもしれない。

 俺たちは顔を見合わせ即断する。


「とりあえず裏手に回って観察してみないか? モンスターがいるなら仕留めておきたい」

「誰かに被害が行かないようにか?」

「……そうかもね」

「素直じゃないですねー、先輩は」


 ニヤニヤと笑う廻橋とサネアツ。俺が行くぞと声をかければついては来るが、それでもにやけた顔が崩れることはなかった。

 スーパーの裏手に回ると、そこでも悪臭がツンと鼻をつく。すえた臭いというか、あまり嗅ぎたいものではない。


 裏口の扉を開けると、店員用のバックヤードに繋がっていた。そこには何人かの店員の遺体が放置されていた。あらぬ方向に曲がっている手足にかち割られている頭、そして苦悶に歪んだ表情。想像を絶する痛みを加えられながら殺されたのが想像できる。


 後ろでサネアツがうっぷ、と息を呑む音。

 俺も吐き出してしまいたいがここは我慢だ。腰をかがめて部屋の中にはいると、どうやらここには何もいないらしい。売り場に繋がる扉から中を見ると、そこには肉やら魚やらを貪るゴブリンの群れが。


「……あいつら、オレたちのメシを食ってやがる!」

「サネアツ、店の正面から突破してくれ。タイミングはお前に任せる」

「おう。廻橋ちゃん、カズを頼む」

「もちろん、任せてください」

「そこは俺が廻橋の面倒を見るところだろ」


 そうツッコむもののサネアツは慣れない足取りでこっそりとここから抜け出していく。

 俺にそんな面倒見られる要素ないだろ。なあ?


「こんなことに付き合わせて悪いな、廻橋。これが終わったらすぐに学校に向かうから」

「ご飯は大事ですけど、本当にみんなに渡すつもりなんですか?」

「三人で独占ってわけにもいかないだろうしね」


 見つけた人が総取りではあまりにもな……。偽善者だと言われるかもしれないが、俺は多くの人が生き残ることこそが結果的に俺を助ける要因になると思っている。でも自分が出来る範囲を超越しての行為はナシだ。自分の出来る範囲で誰かを助ける、これが俺のモットーだ。人を助けつつ、非日常を満喫することが出来ればそれでいい。


 ただこれは非日常を遠ざける発想だ。

 俺の理性は誰かを助けることを尊いことであるとしている。しかし俺の本能は違う。血湧き肉躍る戦い、そしてこのモンスター溢れる世界を攻略することを善しと……心から求めているのだ。

 俺は武人ではない。剣の頂なんかにも興味はない。ただ俺は、自分が積みあげたものを全てぶつけた上で最後に立っていたいだけだ。


「……褒められたものじゃないな」

「物資を少人数で独占することがですか?」

「いや、違う。ん……、サネアツからチャットだ。……雄叫びが聞こえたら突入しろだとさ」

「友泉寺先輩は剛毅ですねー……」


 オラァ! と遠くからサネアツの雄叫びとゴブリンの悲鳴が上がる。

 俺は意を決して目の前の扉を蹴破り、突入をする。近くのゴブリンがこちらに気付くが遅い。一気に踏み込んで長剣で首を刈り取る。


 ギイだのギャアだのわめき散らしているゴブリンたちに廻橋が後ろから電撃を一条射出する。俺の近くに居たゴブリンに命中し、一瞬だけ身体が硬直した。命を奪うほどの威力ではないらしいがそれも問題ない。動きが止まっている状態があれば、この程度の敵であれば一撃で倒せるから。


 電撃で麻痺をさせ、そこで硬直した隙を狙って始末をする。

 単純な戦法だがハマってしまえばかなり強い。


 斬って、斬って、斬る。

 命を奪うことに対して喜悦を覚えることはない。ただ『死なないでいる』という感覚こそに喜びを覚える。

 敵の攻撃をさばくことに、攻撃を受けても意識を失わないでいることにいま達成感が満たされていく。


「――――!」


 子鬼の鳴き声と共にごう、と暴風が吹き荒れる音がスーパーの店内に響く。


「ぐあっ……!」


 鳴き声と竜巻の方向から聞こえるのはサネアツの苦悶の声。

 俺はハッと我に返ってサネアツを探しに走る。後ろを確認すれば廻橋もしっかりとついてきているようだった。


「サネアツ!」

「大丈夫だ、心配はいらねえ!」


 サネアツは全身が刃物に切り刻まれたような様子で。俺は傷を癒やす魔石を呼ぼうとしたがサネアツは制止する。

 サネアツの前に立つ、杖を持ったゴブリンは挟み込まれたことを知るや否や、杖を構えて集中をし始めた。

 しかし俺とサネアツはすでに杖持ちを仕留めにかからんと距離を詰め――魔法が放たれると同時に俺の長剣がゴブリンの首を刈り取った。


 頭部を失ったゴブリンから放たれる水の刃が、制御を失ってサネアツの左腕を掠り、その後ろの商品棚を綺麗に切断。

 サネアツの腕は途中までバックリと切れておりドクドクと血が溢れていた。


 しかしサネアツはあくまで冷静に……なにかを唱える。


「……〈ヒール〉」


 サネアツの言霊に応えるように淡い緑色の光が彼の全身を覆って傷を癒やしていく。先ほどの水の刃で切れた腕もみるみるうちに傷が塞がっていった。

 傷が治るや否やサネアツはあっけらかんとこちらに向かって勝ち誇った笑顔を浮かべる。


「おー、案外早かったじゃないか、お前ら」

「まさか魔法が使えるモンスターまで出てくるなんてな」

「友泉寺先輩のその回復魔法は便利ですねー。強い敵を引きつけていた分、働きは友泉寺先輩の方が上なんじゃないんですか?」


 廻橋の嫌味のない褒め言葉にサネアツは「どうよどうよ!」とさらに上機嫌になっていく。

 廻橋ィー! こいつを無闇に褒めるなー!


 俺が心の中で廻橋を止めたことを見透かしているのか、サネアツはこちらに向かってどや顔のままサムズアップ。


「……ほら、持って行けるものできるだけ持っていくために仕分けするぞ」


 結局、昼まで俺たちはさしあたって必要なものを収集することになった。

 だが時間を使った甲斐はあり、ゴブリンの住処を潰したおかげで小学校までの道がとてつもなく楽になったのだった。

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