08 一日目の終わり

「おーい、まだか?」

「ん、片付いた。〈聖域〉の効果は部屋の中だけで、軒先にはないから気をつけてくれよ」

「先輩! ご飯食べましょご飯!」


 〈聖域〉のスキルレベルアップによって俺が住むアパート二棟に効果範囲が拡張され、さらには少し部屋をいじれるようになっていた。

 そのため、二階の部屋を片付けそこから俺の部屋を広げることにしたのだ。他の部屋を崩すことで自分たちの部屋を増やすってことだ。この面倒臭い工程がなんと〈セブンスコンクエスト〉のアプリ内で出来るというのだから便利なものだ。


 つーかなんでもできるんだな、こいつ……。


 そのため二階の十部屋を三部屋ごとに俺と廻橋と友泉寺で分けている。残った部屋は物置にしている。今は布団を置いたりしているだけだが、そのうち冷蔵庫とかも用意したらいいかもしれないな。


「メシ……。そうだな、メシも必要だ」

「食材もないし、今日はオレらもごちそうになるわ。なに手伝えばいい?」

「んー……テーブル拭いてくれればそれでいいよ。あと俺のところの風呂も沸かしておいてくれれば助かる」

「分かりました、先輩。……シャンプーとボディソープ、今日だけ借りてもいいですか?」

「いいよいいよ。また明日にスーパーにでも行ってみんなに配る分も持っていこう」


 自分の部屋に廻橋とサネアツを招き入れると、二人はテキパキと食事とお風呂の準備をし始める。俺が作れるものなんて大したものではないが、少しは頑張っていいものを作らないとな。

 もっと近くにスーパーがあればよかったんだがなあ。


 食卓に食事を並べると、腹ペコどもが集まってすぐさま食事の時間となった。


「先輩はいつもどんなものを食べてるんですか?」

「いつもは蒸し鶏とブロッコリーとご飯をどんぶりにして食べてる」

「おいおい、ワンプレートで済ませていると三十超えたら太るらしいぜ?」

「……アスリート飯?」


 首をかしげる廻橋。

 がさつなのは否定しないよ。ひとり暮らしだと特別にいいものを食べたい時以外は適当になっていくものなんだから。

 出したのはハンバーグに付け合わせの野菜だ。冷凍のコーンや余っていたニンジン、ブロッコリーを添えている。味噌汁まで作ろうとするとウチのキッチンでは手狭で時間がかかりそうだったので辞めた。


 二人とも問題なく食べているようだし、こんなものでいいだろう。


「明日さ、二人を小学校に送ったら……俺は〈セブンスコンクエスト〉について手がかりがないか外を調べてみる」


 俺の言葉に二人は目をまん丸にして食事を一時中断する。


「どうやって探すんだ?」

「それは……まだ決まってないね。事件の大きさがワールドクラスなだけに物事の輪郭も要点も分からないし」

「先輩は避難所に行かないんですか?」

「やっぱり集団生活が苦手だからね」

「まあそこがカズのブレなさにも繋がってたからいいんじゃないのか?」


 それに付け加えてなにかを言いたそうにしているサネアツだが、まあいいかとそのまま食事に舌鼓を打ち始めた。

 アイツは俺が両親を亡くしてからずっとこちらをなにかと心配していたからなあ。生活スタイルこそ合わなくなったがたびたび連絡はよこしてきていたマメな男である。


 廻橋は時々、箸を止めてベランダの向こう……外を見ることがある。その表情は切羽詰まっていて、安心から離れたものだ。


「廻橋、ご両親は大丈夫だよ。〈7CQ〉セブンスコンクエストの利用者だけじゃなくて自衛隊だって避難区域の中にいるだろうし、簡単には負けない。それになにかが来る前に俺たちが小学校に着けば自分たちで守れる。何も心配は要らない」

「……ありがとうございます。不安がってばかりじゃダメですよね」



 夜九時を過ぎると〈7CQ〉から通知が届いた。

 それは『チャット機能・メール機能解放のお知らせ』というものだ。どうやら夜の九時から朝の六時までは〈7CQ〉で連絡先を交換している人と連絡が取れるようになったらしい。

 緊急の連絡には使えないが、連絡先を共有していれば離れている人ともやりとりが出来るため今後は必要になってくる機能だろう。


 また、チャット機能に関しては『パーティチャット』というものもあるらしく、同じチームに所属しているメンバーならばチャットが送れるらしい。ちなみにこれは明日の朝六時以降に実装するのだとか。


 部屋に戻っている廻橋とサネアツに連絡をしてみる。

 すると廻橋からチャットが返ってきた。どうやら少し会って話がしたいようで、俺は快諾をした。

 日中は元気にしていたけれども、日没からは親とはぐれた不安を直視せざるを得なかったのかもしれない。こういう時に元気づけるのが年長者の役目だけれど、そういう会話とかは苦手なんだよなー……。


 玄関を出てベランダに出ると部屋着姿にの廻橋が照れくさそうにちょこんと会釈をする。俺が貸している部屋着はぶかぶかで、服を着るというよりは服に着られているようにも見えた。

 亜麻色の髪がふわりと揺れて、風呂上がりで上気した頬はわずかに緩んでいる。あまりの美少女ぶりに誰もが彼女を注視しかねないほど。こんな状況でなければ俺も単純に楽しいひとときだと思えただろう。


「先輩、今日はありがとうございました」

「それを言うならこっちもかな。君の声かけのおかげで俺はモンスターの接近を知ることができた、ありがとうね」

「もう……せっかくお礼を言ったんだから大人しく受け取っていればいいんですよー」

「なんて横暴な」


 しかし口をとがらせていた廻橋は、なにが恥ずかしくなったのか顔を赤らめて照れくさそうにえへえへと笑い始める。

 なんかこの子、情緒がジェットコースターだな……。


 そんな感想を抱いていると、廻橋は大きく深呼吸をして……なにか意を決したように語り始める。


「今日初めて会った風にしてましたけど……実はウソです。わたし、むかし先輩に助けて貰ったことがあるんですよ」


 ……というか、俺はむかし彼女と会っていたのか。覚えてないってダメな感じじゃないか?

 廻橋は決意をしたのか淀みなく続けようとする。


「クラスの男子たちにからかわれてたときに止めてくれて……。あれから色々あって今は不登校ですけれど、あの時先輩に助けて貰ったから、わたしは今は別の場所で頑張れてるんです」


 覚えてなくてもいいんです、と廻橋は呟く。


「だから……先輩のやるべきことが出来たその時は、わたしも力になります、絶対に」

「俺は……」


 でも、俺は君を助けたことを覚えていない。そう言うことも出来なかった。

 廻橋の感謝を受け取ることも突き放すことも出来ず、俺は曖昧な表情を浮かべるばかりである。


 それでも良いと廻橋は満足げに言う。


「先輩、聞いてくださってありがとうございました。……おやすみなさい、また明日」

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