07 旧友

「……静かで、少し荒れてますね」

「急いで逃げたあとに火事場泥棒が入っていったのかもな」

「人間が? それとも魔物が?」

「この緊急時にドロボウを働くヤツなんて人間でも魔物でも変わりはないさ」


 咎を処するための統治機構が麻痺しているため、人間が罰を冒しても平時より酷い扱いをされる可能性はあるだろうな。この状況で人心が乱れないわけがない。

 友泉寺ゆうせんじの門を抜けた先の庭。そこにある木はいくつかの刃物による傷で表皮が削れている。火事場泥棒がモンスターでも人間でもこの場からは退散してもらうしかない。


「グギャ――!」


 辺りを見回しているとき――敷地の奥にある階段を登った先――本堂で獣の声が聞こえた。

 俺は廻橋めぐりばしに目線を合わせると、彼女は魔法を使うためのエアガンを抜いた。俺は長剣を抜いて、声の方向へと向かう。


 寺の本堂へと向かうと、そこに居たのは数匹のゴブリンを素手でしばき倒す青年の姿。

 百八十センチほどの高めの身長にやや日に焼けた小麦色の肌、ブリーチに失敗したかのような目に痛い金髪、防寒着のコートの袖から見える両手にはメリケンサックを握っていた。


 その男――友泉寺実篤ゆうせんじさねあつは拳で滅多打ちにしたであろうゴブリンを片手で放り投げた。夕日が逆行になってこちらが見えづらいのだろう、彼はこちらに気付いて振り向いた時、まぶしそうに目を細めていた。


 何秒か彼は黙って……ぎょっと肩をすくめた。


「うお、化けて出たのかと思ったわ」

「随分なご挨拶じゃないか、サネアツ」

「つってもよー、今朝からモンスター祭りだろ? 今さら幽霊が出てきても驚かないね、オレは」

「いまさっきビビっただろ」

「違いねえな、そいつァ」


 クツクツと笑いを噛みしめながらサネアツは視線を俺の隣に居る廻橋に向けた。


「この子は高校の後輩で、協力者の廻橋。親を探してる廻橋とお前に連絡を取りたい俺ってことで、小学校まで送り届けるつもりだ」

「はじめまして、廻橋読歌よみかです」

「ほぉーん……、そういうことか。俺は友泉寺実篤。気軽にサネアツって呼んでくれてもいいぜぃ!」


 サネアツは廻橋を一瞥したあとになにかを納得したとばかりに頷く。

 なんだよ、なにを考えてるんだよ。俺にも教えろよ。


 サネアツは本堂の床に座って一息をつく。


「で、この事態は一体どういうコトよ。なんも分からんまま奔走してっけどさ、これって天変地異のうちのどんな小ジャンルよ?」

「もしかしたら厨二病な神様が即位したんじゃないんですか?」

「だとしたら神様をどうにかしない限りこれは収まらないってことだからなかなかに絶望的だけど……」


 どう話したらいいものなのかを頭の中で組み立てるが、上手く決まらない。

 しかし廻橋とサネアツには興味を引く物言いだったようだ。彼らはこちらに視線をやった。


「〈セブンスコンクエスト〉は知ってる? ざっくりと言えば『現実でモンスターと戦えるアプリ』だ」


 俺はサネアツに問いかける。今から言う内容はこれをある程度知っていなければ困る内容だ。

 知らなければそういう風に話を再構成するけどね。


 サネアツは目をまん丸に見開いて先ほど倒したゴブリンを見やる。


「その7CQセブンスコンクエストってやつで、こいつらと?」

「ああ。そしてそのアプリは今朝、正式サービスを開始していた」

「正式サービス、ですか? もしかして先輩はその前から……」


 廻橋の疑問に俺はしっかりと頷く。


「俺はいわゆるベータテスターだ。ここ一年ほど俺はこのアプリを使ってあらゆる恩恵を受けてきた」


 カネ、力、スリリングな体験。そのどれもが〈7CQ〉で得られるのだから、俺は命を賭けることすら惜しくはなかった。


カズ和人、お前、いままでこんなことをこなしていたのか?」


 サネアツは抑えてはいるようだが、その声音には怒りの色が混じっている。

 怒らせるつもりではなかったんだけれどな……。

 サネアツは吐き捨てるように怒鳴る。


「馬鹿野郎が! 危ない真似しやがって……! 親父さんたちが……クソッ!」


 ビクンと廻橋が背筋をこわばらせて固まる。

 そりゃあいきなり身内のギスギスに付き合わされたらそうなるよな。


「モンスターと戦える〈7CQ〉というアプリ。そしてそれの正式サービス開始とともに現れたと思われるモンスターたち。どう考えたって怪しすぎる」

「……わかった。いま考えてもどうしようもないってのはわかった。廻橋ちゃんはともかくカズ、お前はこの子を送り届けたあとどうするつもりなんだ?」


 どうする……か。

 意識的に考えないようにしてきたけれど、ここは答えないといけない場面のようだ。


「俺は廻橋を届け終わったら……ひとりでサバイバルでもしてるさ。大勢の人に交ざって生活するのも得意じゃないし」

「先輩ならそれはできると思うんですが、いいんですか?」

「カズがそういうならそれでいいんじゃないか? 今生の別れってわけでもあるまいし」


 わずかにため息をついた廻橋とサネアツ。それを見なかったことにして、俺は頭を掻いた。


「悪いな。……で、ひとつお前にやって欲しいことがあるんだ」



「〈7CQ〉を入れることで超人みたいな能力が得られる、ねえ」

「でも友泉寺先輩に必要なんですかね。ゴブリン三匹ほど殴って倒してましたけど」

「でもオレはもっと強くなれるなら入れるケドね!」


 スマホをすいすいと操作していくうちに、〈7CQ〉にある『友人招待』の機能を起動させておく。

 これを相手のスマホに送ることで、お互いに〈7CQ〉でのボーナスが貰えるらしい。


 ……なんつーか、ソシャゲ的だなあ。


 これを作った厨二神はソシャゲ中毒か……。いやまだ神って決まったわけじゃないけど。


 QRコードを表示させて、サネアツのスマホで読み取らせる。すると爆速でヤツの携帯に〈7CQ〉がインストールされた模様。


 お、『お友達紹介ボーナス! 初めてのユーザーにはユニークスキルレベル上昇と、好きなスキルふたつのレベルをふたつアップ!』か。


「へへへ……、友泉寺先輩、先輩ユーザーのわたしが〈7CQ〉の使い方を教えてあげますよ!」

「えー、遠慮しとくー。もうステ振りもジョブも決めたし。あ、廻橋ちゃんジョブは魔法使いなんだね」

「友泉寺先輩って結構ひとのアドバイスを聞かないタイプなんですね」

「いやあ、こういう決断は自分でしておかないとね」


 ユニークスキルのレベルが上がるなら、〈聖域〉はアパート二棟のレイアウトが自由に決められるのか。あのアパートは俺の所有資産じゃないんだが、それは関係ないのかな……。

 それに好きなスキルのレベルを二レベルアップか。戦闘について上げたい気持ちもあるが、ここはどうするべきか。病院の機能が止まっているなら病気に抵抗を作ったり毒耐性とかがあるといいんだろうけれど、今は見つからないな……。


「おーい、カズ。今日はお前の家に泊まるぞ」

「は? なんでさ」

「オレ、来客用の布団や毛布を小学校に運んでいくつもりだったんだけど、この時間からは暗くなりすぎて戻れないんだわ」

「わかった。アパートの部屋は空いてるから、そこに泊まってくれればいいよ」


 んー、布団を運ぶなら〈アイテムボックス〉を取って、あとは保留にしておくか。

 サネアツが持ってきた布団などを〈アイテムボックス〉に放り込んでいく。ふたつレベルが上がったとはいえ来客用の寝具はかなりあった。そのため全て収めた結果として〈アイテムボックス〉にはもう石ころひとつ入りやしないところまでぎゅうぎゅうに詰めたのであった。


「サネアツ、お前はジョブは何を選んだんだ?」

「ふふ、驚くなよ? ――僧侶だ!」


 ……それ、実家を継げばなれるやつじゃねーの?

 いや、〈7CQ〉的には別物なんだろうけれど……。

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