06 友泉寺に向けて

「モンスターの大群は去ったけど……廻橋めぐりばしはこれからどうするつもり?」


 自室の窓から敵の大群が別の場所へと移動しきったあと、俺は廻橋に尋ねた。すると廻橋はとても言いづらそうに口を開くのだ。


「外で働いている両親が避難所にいないか確かめに行こうと思ってます。一人で行けますから――」

「せっかくだし一緒に行こう。俺も友達とその家族を探したいし」

「……いいんですか?」

「こういう時はできる限り協力した方が楽だからね」


 これは決して善意だけの申し出ではない。

 俺ひとりで町に繰り出しても対処できる困難は限られているが、誰かと協力することで対処できる困難は増えるのだ。


 大人数を束ねろと言われれば無理だ。けれども数人で手を取り合うくらいならできる……と思う!

 どちらにせよ俺ひとりでこの荒廃しつつある世界を問題なくいけるとは思っていない。誰かの力も必要で、それが信頼できる人ならばより良いというだけだ。


 廻橋は自分に何の利益もないのに人に優しくできる人間だ。悪人じゃないのは分かる。こういう時に必要なのはそういった人格的な良さではないだろうか。


 俺はスマホで地図を開いて廻橋に見せる。


「避難場所と言えば公立の小中学校だからまずはここから近い小学校に行ってみるのがいい。その途中にある友泉寺ゆうせんじに寄れればなおさらハッピーだな」

「お寺……ですか?」

「友達の家でね。何かあった時に頼れるやつって言えばコイツだから、せめて会えたらいいなと思ってさ」

「でしたら友泉寺にも寄りましょう」


 目的を共有できることはありがたい。

 まず友泉寺に向けて進むことになるが、さしあたってやるべきことがある。


「まずは友泉寺まで、余力が三分の二ほどになるまで進んでみたいんだ」

「どうしてそれだけ余裕を持って進むんですか?」

「俺たちには〈聖域〉がある。けれども、必ずしも帰り道は同じぐらいの労力で帰ることができるとは限らない。時間はかかるだろうけれど、なるべく安全策を取りたい」


 実際はたいしたことがなくてあっけなく目的を達成できるならそれでもいい。しかし敵が強くなった上にそこら中にいる以上、ベータテストの頃よりは楽をさせてくれないに違いない。



友泉寺ゆうせんじさんは……お寺の人?」


 友泉寺へ向けて歩いて行く中、間が持たないためか廻橋が話しかけてくる。


「うん。友泉寺実篤ゆうせんじ・さねあつ、この近くにある友泉寺の次男坊で私立大学生。おバカだけど頼れるやつさ」

「高校時代に二人で色々やってたって話ですよね」

「アレは……サネアツの馬鹿がなんにでも首を突っ込むからさあ」


 サネアツ……アイツはとびきりの馬鹿だ。東に義なき喧嘩があればそれを止め、西に悪徳業者につきまとわれているおばあさんがあればそれを助け。その結果として大きな騒ぎになるため、それを仲裁するのが俺の役目だった。

 あの頃は親もまだ健在でサネアツに付き合う余裕もあったが……。進路変更を迫られた高三の冬にはこちらもその気力がなかったものだ。


「先輩はむしろ火に油を注いでいたって聞きましたよ?」

「失敬な! あれは落とし所がなかっただけだから!」


 こちらが些細な抗議を目で行うと、なにがおかしいのか廻橋はクスクスと笑ってみせる。

 なにがツボにハマっているかは分からないが、誰かが心から笑っている姿はわずかに俺の心をいやしてくれる。


 こうして友泉寺につくまでおしゃべりに興じて居たかったのだが――


「んー……、敵がいるな。廻橋、戦える?」

「……はい、やれます。……いつかは、やらないと」


 〈セブンスコンクエスト〉を使えば倒していい存在と戦える。俺が戦いを忌避すべきことだと思わなかったのはそういった免罪符があったから。そうするだけのモチベーションがあったから。

 対して廻橋はいつの間にか〈7CQ〉セブンスコンクエストが入れられていて、戦いたいわけでもない。さらにまだ戦ったこともないらしい。


 そうなってくると戦闘という行為に対して意識や身体が堅くなってしまうのも仕方のないことなのだろう。

 好戦的な俺の方がおかしいだけなのかもしれない。


 廻橋は魔法を射出するための杖――作りだけは立派なエアガンを取り出す。魔法を飛ばすイメージが浮かぶのであればなんでも良いらしく、廻橋の場合はそれが銃であるということらしい。


 廻橋は大きく深呼吸をして震える両手に向かい、「大丈夫、大丈夫」とつぶやきを繰り返す。

 彼女の呼吸が徐々に安定していき……浅い呼吸がなくなった瞬間、俺は敵の方へと駆ける。


「道を空けて貰うよ」

「ギイ――!」


 ゴブリンが三体に加えてデカいゴブリン一体。……識別名、ホブゴブリンか。

 ゴブリン一体を先制攻撃で排除し、残りの雑魚をまとめて一掃しようとすると、ホブゴブリンの大きな棍棒に邪魔をされた。鍔迫り合いに持ち込まれる。


 ゴブリンがナイフを持ってこちらに斬りかかろうとした瞬間、そいつの顔に氷の球がぶち当たる。ここで確実に仕留めるために追撃をしたいところだが、ホブゴブリンがそうはさせてくれない。


「グオオ――!」

「なんつー馬鹿力!」


 レベルアップで鍛えた肉体でも押し負けている。じわじわとではあるが鍔迫り合いで圧されているし、ゴブリン一匹がもう一度こちらに腰だめに据えたナイフを刺しに行こうとしている。

 こちらへの攻撃を止めるべく、廻橋がゴブリンに向けて氷の球を何度も射出するが攻撃力が足りていない。怒れるゴブリン二匹は廻橋の方へと進み始めていた。


 退いて助けるべきか? そう考えていたが、自信に満ちた廻橋の姿を見てその思考を打ち切る。


 ここでやるべきは目の前の敵ホブゴブリンを倒すこと。それが結果的に彼女の援護に繋がる。


 バインドで押し切られる前に退けばホブの猛攻が始まる。

 しかしこれを俺は全力で相手を見ることで間合いを測り、何度も空振りをさせる。


 ホブゴブリンが上段から振り下ろし、横から薙ぎ、もう一度振り下ろし、突き上げ、そして全力の振り下ろし!


 攻撃を出し切ったホブゴブリンの隙を突き、喉元に突きを繰り出す。すると巨体の喉にするりと長剣の切っ先が入り込み……膝から崩れ落ちていく。


「廻橋は……!」


 彼女の応援に駆けつけようと後ろを見ると……。廻橋が地面に手をつけた位置からゴブリンの目の前に大きく鋭い氷柱が生え、敵の胸をひと突きして二匹とも絶命をさせていた。

 廻橋の顔を見やると、真っ青に青ざめているのが分かる。俺はすぐに駆けつけて、彼女の顔を覗き込む。


「少し休んでいくか?」


 ナイスファイトとは口が裂けても言えなかった。

 この辺りで休んでしまえば敵に襲われるかもしれないという危惧はある。だがそれ以上に強いストレスがかかった廻橋を長い時間放置することの方が怖かった。


 廻橋は震える手を抑え……ゆっくりとこちらの手を握りしめる。


「……少しだけ手を握らせてください。すぐに……すぐに治りますんで」

「……大丈夫。それが普通だ」


 結果から言うと三分もしないうちに廻橋は素に戻って慌てて謝り始めた。

「すみませんいきなり手を握ってしまって」と言う彼女に対して、「俺は全く気にしてないよ」と告げると「気にしていないってことですか」とおもむろに廻橋の機嫌が悪くなってしまった。


 それからも何回か戦闘はあったものの、戦うことよりも何故か機嫌をこじらせた廻橋のケアの方が大変だったと言っておく。

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