04〈聖域〉の効果

「車が所々に乗り捨てられてんの、自転車でも厳しいだろうな……」


 古い道路は細く、そうした道に自動車が乗り捨てられていると非常に交通の便が悪くなる。フロントガラスがひび割れた車を見ると、この車の持ち主は無事に避難することが出来ただろうかと思いを馳せてしまう。……そういう、他人を気遣う余裕なんて今の俺にはあるわけないのにな。


 荒れた町を徘徊するゴブリンやコボルト、スライムなどなど。自室から下の階を見やればモンスターたちが集まって先ほど叫び声を出した俺を探していた。

 だが〈聖域〉に隠れている俺を、モンスターたちは見つけることができないのかもしれない。もしかすると……と思い、缶コーヒーの空き缶を持って窓からゴブリンに向かって投げつけてみる。

 すると、コン、と敵の頭に当たる。ゴブリンはやはりあちこちを見回しても缶がどこから投げられたのかを感知できていないようにも見えた。


「……まさかね」


 俺は〈セブンスコンクエスト〉7CQでパチンコとその弾を購入する。扱いに関しては全くもって習熟していないが、このやり方ならなんとかなるかもしれない。

 パチンコの弾を番え、〈聖域〉の中から外にいるゴブリンを狙い……撃つ!


 カシュ!

 外れたが、ゴブリンとの視線は合わない。


 カシュ!

 周りのゴブリンもさすがにおかしいと思って攻撃手を捜索しているが見つけることはできていない。


 ゴッ!

 頭にクリーンヒット。


 カシュ! カシュ! ゴッ! カシュ! ゴッ!

 ハズレの方が多いが、頭部に当たったゴブリンは即死をしており、脚部に当たった敵はうずくまっていた。他のゴブリンは恐怖にあおられて撤退を始めている。


 残ったゴブリンを始末しに行くか……。


 作業靴を〈7CQ〉で購入し、きれいさっぱり傷跡もなくなった足に装着。目釘が緩くなった刀も本当は使えないけれど、せめてもうちょっとだけ付き合ってもらおう。

 〈聖域〉である自室から出て下に降り、ゴブリンを介錯する。


「お、まだ荒らされてなかったか」


 階下の部屋の前で死んでいるコボルトの剣はそこそこモノがよさそうなので、次に乗り換えるならこれにしようと思っていたのだ。

 コボルトが穿いていた鞘を貰い、剣を収める。前から使っていた刀よりかはいくらか重いため、きちんと扱うならもう少し筋肉が欲しいところではあるな。


「さて、と」


 駄目になっている刀を握り、ゴブリンの死体の胸に浮かんできた紫色の結晶をつつく。切っ先の鋭い日本刀で突かれると紫色の結晶はすぐに崩れ……すると、ゴブリンの身体もチリになって崩壊していくではないか。


 もう一体。残ったゴブリンの死体を、今度は損傷を激しくしていく。すると胸に浮かんでいた結晶は、触れてもいないのに崩れてしまう。


 これは〈魔晶石〉と言うらしい。〈7CQ〉のベータテスト時にも魔物の死体に浮かんできていたもので、これを砕くことでアプリの方にドロップアイテムと通貨であるエーテライトが貯まっていく仕組みだ。

 当時はこの仕組みの意図がよく分かっていなかった。モンスターを倒してしまえば〈7CQ〉に戦利品を送ればいいのでないか、と。


 しかし、このモンスターが溢れる世界になってようやく少し理解できたかもしれない。

 もしかするとこの先、肉を食べることができる魔物なんかも出てきた場合、そうした時に食料か戦利品かの二択を迫られる。


 これは、サバイバルのための機能なのだろう。

 スマホを見てみると、魔晶石を砕いた場合とそうではない場合の経験値の入り方も違う。魔晶石を砕いた場合の方が圧倒的に経験値を得られるのだ。


「今後、農業を再開できない間は『これ』を食べることになるのかもな……」


 ゴブリンの死体を見て想像すると胃の中から酸っぱいモノがせり上がってきそうだ。

 あーやめやめ、きっと美味い魔物だっているはずだ。でも人型はちょっとヤだよな……。


 そう思いながらゴブリンやコボルトの魔晶石を砕いていると、アパートの前におろしたてのような服を着た少女が通りかかり、目が合う。少女はこちらを見た瞬間に走ってこちらに駆け寄ってくる。

 どこかで見たことがある顔だが、どうにも思い出せない。少女は慌ててこちらに駆け寄ってきて、こちらから少し離れた場所で告げる。


「せ……そこの方! 南の方からモンスターの大群が来ているので逃げてください! 危ないですよ!」


 少女の言葉を受けて、アパートの階段を上って二階から南を眺めてみる。道路の側にある田畑の合間を縫うように建っている農家の家屋にモンスターたちが集っている姿がぼんやりと見えた。

 少女は非常に焦っており、かつこれ以上走る元気もないように見えた。手に持ったスマホには〈7CQ〉の画面がチラリと見えて、彼女がプレイヤーであることが推察できる。


 ふーむ、親切にしてもらったな。親切にしてもらってしまった。


 俺は二階から少女に声をかける。


「キミ、良い人だな。その体力じゃ逃げ切れないだろう? 少し休んでいきなよ。大丈夫、モンスターは入れない場所だからさ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る