02 スキル検証
自慢じゃないが俺はいつまでも寝られる自信がある。社会人で夜に活動をしている人間であればアラームがなければ朝の決められた時間に起きられることはないはずだ。
だから目が覚めて充電が瀕死になっているスマホが午前十一時を指していることに気付いたときは脂汗がドッと噴き出るくらいには社会的な危機を覚えることとなった。
「ち、会社!」
混ざった。「ち、遅刻!」と「か、会社!」が綺麗に混ざってよく分からない発言になってしまった。飛び起きてもう一度携帯を確認して……ある疑問が浮かび上がる。
――俺のスマホに、『充電が減っているからアラームを控える機能』なんてないし、どうして『充電が切れかかっている』のか。
スマホのロックを解除すれば、〈セブンスコンクエスト〉の画面が開かれ、『ベータテスター用ユニークスキル、〈聖域〉を取得しますか?』と表示される。正式サービスが開始されたことで、これまでノービスだったユーザーに世界に一人だけのスキルが配られるらしい。
〈聖域〉、これを取得したプレイヤーは任意の箇所を〈聖域〉に指定できる。ユニークスキル。テスター専用。
とのこと。この〈聖域〉ってやつはざっくり言うと絶対的な安全地帯を作るものらしい。安全地帯って言っても、なにか困ることがあるわけでもないし……。
そう思いながら充電ケーブルを離し、スマホを持ったまま自室のカーテンを開ける。
『――――――』
空を飛ぶ巨体。それは漫画やアニメ、ゲームに出てくる竜そのもの。街からもの凄い速度で飛んだと思えば、暴風とともにどこかへと去って行く。
窓の外を見れば
はっとして俺は〈7CQ〉を開く。すると『正式サービスはすでに開始されました。皆様、よい日常を』とトップページに表示されていて――。
よくよく見れば部屋に明かりすらついていない。まさかと思い冷蔵庫を開いてみると――
「……ぬ、ぬるい!」
これはもう停電ですネー。あとブレーカーが落ちてるわけでもないですネー。
安全地帯にしてくれるなら電気水道も整備してくれるといいんだけどな。ユニークスキル、〈聖域〉を取得するようにタップをする。
その直後――エアコンの暖かい風が吹き始め、電灯がぽつぽつと明かりを照らしていく。
外を見れば魔物としか言い様がない大きなカラスがこちらに向かってきていて――空中の何かに当たったところで消滅した。
「……〈聖域〉、すげー」
レベルアップすると簡易的な聖域が作れたり、地下室を作れるようになったりするらしい。アパートの二階に住んでいるため地下室は作ることはないだろうが、随分と夢のある内容である。
「〈聖域〉、ヤバいな……?」
適当に朝食を作り、テレビやパソコンでニュースを漁る。
どうやら昨日の未明からモンスターが地上に現れ、世界中がパニックに陥っているようだ。SNSでは〈7CQ〉が手に入って魔物を倒せるようになったことから、新規ユーザーたちがモンスターに反撃を試みている動画も流れてくる。『モンス、狩ってみた』なる動画は今朝からのトレンドだ。
停電地域がいくつかあるが、この
しかし、こうも世界中がパニックに陥っているなら……。
「会社、行かなくてもいいよな」
◆
〈7CQ〉が正式サービスを開始……つまり世界にモンスターがあふれるようになってから、あるサービスが本格的に始まったらしい。
その名もスキルポイント。
ざっくりと言うと興味のあること分野の能力を上げるものが
匿名掲示板ではジョブレベルと基本レベルを上げればSPが手に入ると書かれている。そこからそのスレッドでは「こういうビルドにしてみた笑」なんて書き込みが続々と増えていた。
中にはベータテスターも居るようで、間違えてユニークスキルを晒してやっかみに遭う人や、ノービスから転職してしまいユニークスキル配布を逃してしまった人などが散見された。
……ノービスから変えなくてよかったのかもしれないな。
でもこれから先は職業がある人とは差がついていくだろうし、キリの良いところで切り替えないとな。
俺が取得できるスキルのうち、〈肉体強化〉や〈剣術マスタリー〉など、戦闘に関連するものはある程度取ってある。しかし世界がモンスターだらけになってしまったのであれば警戒することの重要度が高まっているはず。凄腕の格闘家であっても不意を突けば格下でも勝つことができるように、その隙をできる限りなくすことは必須だ。
それに傷ついた時の回復も重要だ。だがまんべんなくスキルを取得してしまうとポイントが足りなくなる可能性もあるが……どうする?
……と言っても今のところは一人で全部やらないといけないから、それを踏まえて構成を組まないといけないんだよな。
体力の回復は〈魔石〉というたちどころに怪我を治すものもあるし代用ができる。どちらかというと不意打ちを食らってしまうことの方が危機としては大きい。
〈盗賊マスタリー〉というスキルにいくらか振っておく。するとおまけで〈気配感知〉と〈隠密行動〉、〈アイテムボックス・限定版〉を習得したようだ。
探知と戦闘がおおよそ3:2の割合で取っており、また即座に状況に対応するためにいくらか未使用分のスキルポイントを残してある。
まずは既知の情報ではあるが〈肉体強化〉から。これのおかげでドラム式洗濯機を一人で持ち上げられるくらいには肉体の性能が上がっている。技術こそ伴っていないがやろうと思えばパルクールなんかも出来るのではないか。
〈アイテムボックス〉に関しては洗濯機や冷蔵庫なんかは入らないが買い物袋数枚分くらいは入りそうである。試しに調味料を〈アイテムボックス〉に入れてみるとスマホの〈セブンスコンクエスト〉の画面に丁寧にリストまで作られた。なお、音声による呼び出しも出来るようで、「あ、塩が欲しいな」なんて願望まじりに言っても取り出すことができた。
〈盗賊マスタリー〉……〈気配感知〉と〈隠密行動〉については、これから調べるしかない。
寝間着から動きやすい服装に着替えて。
呼び出しで刀を手元に置く。深呼吸をして、安アパートの玄関を開ける。
すると――下の階に「なにか」が居る感覚。そして街中至る所にモンスターの気配、気配、気配。
さすがにぞっとして慌てて自分の部屋に戻ると、心臓がバクバクと早鐘を打っていて。
……これが〈気配察知〉の効果か。
自室に居る時には「だれか」の感覚はないため、この〈聖域〉は存在感ごと幕で覆って隠してしまうものなのかもしれない。
それにしても〈7CQ〉のベータテストの頃は出向いて魔物を狩りにいけて道中はなにも考えなくてよかった。しかしこれからはどこかに出かけること自体が大きな障害になる。
そう考えると今後の行動についても余裕を持って計画をしなければならないだろう。
だが……
「不謹慎だが不思議とワクワクするもんだな……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます