第2話 清水さんと美術の授業①

「よし、今日も恋バナ始めるか」


 次の美術の授業が美術室であるため教室を出ようとしていると、俊也から待ってくれと声をかけられた。俊也は僕と違って芸術科目で音楽を選択している。そのため僕が俊也をなぜ待つ必要があるのか疑問に思っていると、先ほどの発言が飛び出してきたのだった。


「何がよしだよ。次の授業、芸術科目だから早く移動しないと」


他のクラスメイトたちはとっくに移動の準備を始めていて、動く気配がないのは僕と俊也と隣の席で寝ている清水さんだけだ。


「大丈夫。さっきの授業いつもより早く終わったからまだ時間に余裕あるって。それに最悪走ればなんとかなるだろ」


 走る必要があるくらいに時間がギリギリの場合、どうにかなるのは足の速い俊也だけで僕は間に合わない気がするけれど。


とにかくここで反論するより、俊也が満足する恋バナをした方が早く移動できるはずだ。


「分かったよ。それで今日は何について聞きたいの?」

「そうだなぁ。今日の恋バナのテーマは何にしようか……」


 ノープランで呼び止めたのか。まあ俊也らしいと言えばらしいけど。


「美術室少し遠いから、考えてないなら僕もう行くからね」

「ちょっと待って。俺さ、なんか今すごい恋バナしたい気分なんだよ。すぐテーマ考えるからどうか席を立たないでくれ」


 教室の壁にかけてある時計を見る。確かに俊也が言ったように、まだ授業が始まるまでには移動にかかる時間を考えても少し時間がある。


「……すぐに思いつかなかったら行くからね」

「ありがとう我が友よ!」

「それじゃあ最初は普通に雑談して、そこから恋バナに繋げていこうか」

「そうしよう。それなら前から聞きたかったんだけど、芸術科目どうして美術にしたんだ?」

「単純に芸術科目の美術、音楽、書道の三つのうちで一番好きなのが美術だから。そういう俊也はどうして音楽にしたの? 俊也、そんなに音楽好きだった?」


 一年くらい休み時間に話をしているけれど、俊也の口からあまり音楽関連の話題を聞いた記憶がない。


「俺が音楽を選んだ理由は簡単だ。瀬戸さんが音楽を選んだからだよ」


 そう言った俊也の顔はなぜか得意げだった。


「へえ、そういう理由だったんだ」

「好きな子と少しでも一緒にいたいと思うのは当然だろ? 図書委員会だって、瀬戸さんが今年もやるって言うから俺もすることにしたんだ」

「ということは去年の四月から瀬戸さんのこと好きだったの? もしかして一目惚れ?」


 俊也は去年も瀬戸さんと一緒に図書委員をしていた。先ほどの発言が本当なら、瀬戸さんと交流する目的で俊也は図書委員会に入ったのだろうか。僕が気になってそう聞くと、なぜか寝ているはずの清水さんが一目惚れと言ったあたりでピクリと動いた気がした。


「それは違う。少なくとも去年の四月の時点では、瀬戸さんはただのクラスメイトだったよ。図書委員になったのは他のもっと面倒そうな委員会に入りたくなかったからだ」

「なるほどね。僕てっきり惚れた勢いで同じ委員会に入ったのかと思っちゃったよ」

「そこまで俺はちょろくないわ。見た目でこの子可愛いなと思うことはあるけど、それだけで付き合いたいとまでは考えないぞ」


 思っていたより俊也は硬派だったようだ。ふと気になって清水さんを見ると特に動きはない。さっき少し動いたように見えたのは気のせいだったのか。どちらにせよ次の授業では教室から移動することになるから、教室を出る時に起こしてあげないと。


「あっ」

「どうしたの俊也?」


 清水さんをどう起こすか考えていると、俊也が何か閃いたのか声を出した。


「思いついた、恋バナのテーマ。今日のテーマは好きな子と一緒に受ける授業にしよう」

「好きな子と一緒の授業?」

「そうだ。退屈な授業の時間でも好きな子と一緒なら楽しさも百倍だろ? 今日はそんな好きな子と受ける授業のシチュエーションについて考えていこう!」

「楽しむ前にもう少しまじめに授業受けなよ」


 こんなに授業に対してやる気がなさそうなのに、いざ試験となると僕より点数がいいばかりか学年でも結構上の方の順位なのだから始末に負えない。


「そんなこと言うなって大輝。何事も人生楽しんでこそだろ? それでシチュエーションだけど大輝は何か思いつくか?」

「うーん。そう言われてもなぁ。授業中って話す機会もないし特に何もできなくない?」

「それはそうなんだけどさ。なんかないかなぁ」

「俊也は瀬戸さんと授業中こうなったら嬉しいと思う展開とかないの?」

「そうだな……」


 俊也が腕を組んでうなっている。こんな一生懸命に考えられるやる気を何か他のことに生かせば、すごいことを達成できそうな気がするのに。俊也の性格的に無理な話だけど。


「いいシチュエーション思いついた! 聞いてくれ大輝」

「うん。教えて」

「授業中、退屈になった俺はふと瀬戸さんの方を見るんだ。そうしたら瀬戸さんもちょうど俺を見ていて目が合う。それでお互いにドキッとしてすぐに目を逸らすんだ。二人ともふと相手のことを気になって見てしまう。なんかいいシチュエーションじゃないか?」

「即興で考えたにしてはクオリティ高いね」


 恋愛漫画とかにありそうなシチュエーションで、いつも暇な時にこういうことを考えているのではないかと疑ってしまう。


「だろ? 大輝的にはどうだ? 憧れるか?」

「いいと思う。相手も自分のことを気にしてるのかもって思うとドキドキするかも」

「分かってくれるか! このシチュエーションやっぱいいよな!」


 相手も自分を同じタイミングで気にしていないとそもそも成立しないという欠点はあるけど授業中にドキドキする展開としてはありえそうではある。


「よし、一つ目を思いついたら後はどんどん出てくるだろ」

「まだ続けるつもりなの?」


 授業中という行動が制限される状態の中で、一つシチュエーションを出しただけでもよく思いついたなと感心していたのだけど。


「当たり前だろ。まだ時間に余裕あるしやろうぜ。今度は大輝が考えるドキドキする展開も聞きたいし」

「僕は思いつかなかったんだけど」

「大丈夫、大輝ならできる。お前はなんだかんだ言ってやれる男だ。俺が保証する」


 その心強い言葉はできればもっと違う形で聞きたかった。想像力が豊かな俊也と違って僕は考えてもなかなかアイデアが出てこない。これも恋をしている人間としていない人間の違いなのだろうか。再度考えているとなんともパッとしない案が浮かんだ。


「少し大雑把でもいいかな?」

「もちろんいいに決まってる。それでどんなシチュエーションなんだ?」

「シチュエーションと言えるかどうかは微妙なんだけどさ。授業によってはクラスメイトと協力する場合があるよね。そういう時に、その好きな子と一緒にできたらいいなって思ったんだけど……」


 自分でもなんというか具体性に欠ける案だと思う。けれどそれ以外に思いつかなかったのだから仕方ない。俊也は少し僕の話を聞いて考えるそぶりをしてから口を開いた。


「つまり俺に当てはめてみると、音楽の授業でリコーダーの練習をする時に瀬戸さんに教えてもらうってことだな。それいいな! 瀬戸さんに手とり足とり教えてもらいたい!」


 あいまいなシチュエーションだったけど、なんとか理解はしてもらえたらしい。ただその自分に当てはめる早さに若干引いたけど。


「それを聞いたら俺も次の音楽の授業めっちゃやる気出てきた! こうしちゃいられない、俺行くわ。待っててくれ瀬戸さん!」

「待って。実際に授業で瀬戸さんに教えてもらえるとは限らない……」


 僕の声が届くことはなく、俊也は勢いよく教室を飛び出していった。


「なにかに熱中すると人の話聞かないんだから……」


 俊也がいなくなったので美術室に向かおうと考えていると、その前にやっておかなければならないことを思い出した。


(そうだ。清水さん起こさないと)


 隣の席に視線を移す。そこに先ほどまでいたはずの清水さんは既におらず、教室に残っている生徒は僕だけだった。いつの間に清水さんは教室を出たのだろうか。僕は不思議に思いながらも時計を見て授業の時間が迫っていることを確認し、慌てて教室を後にした。

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