第7話 魔の森の魔女

 あれから探査隊を隙をみては天誅しては数日が過ぎた。

 ヨルダにとってはすっかり朝活、朝飯前の運動扱いだった。


 最初こそぶっピーす! と息巻いていたヨルダだったが。

 実際には自身の力が相手の上級騎士に通用すると理解してからは溜飲が下がるのは思ったより早かった。


 なんだったら突然の現象に慌てふためく騎士団を見て、ほくそ笑んでさえいる。

 すっかり性格が悪くなって、親御さんに合わせる顔もない洋一である。


 それでも天誅を辞めないのは、過去に置き去りにされた出来事をいまだに恨んでいるからだろう。


「ふんふ、ふんふ、ふーん♪」


 そんな朝活を終えた後のヨルダは、上機嫌で洋一の課した課題に取り組んでいる。

 家屋づくりだ。

 専門知識0での作業は生半可な道のりではない。


 しかし新しくできたストレス発散の場を設けたことにより、ヨルダは効率を上げていた。


 今は扉作りにこだわっている。

 パッと見ただけでは分からない魔法術式の構築。

 それが幾重にも折り重なって渦巻いていた。


 洋一から見れば何をしてるのかさっぱり分からぬ作業であるが、ヨルダ本人が納得していればいいのだ。

 洋一は触らぬ神に祟りなし、と日本の諺を持ち出して見守ることにする。


「上機嫌じゃないか。何かいいことあったのか?」

「実は死喰らいの滝をですねぇ」

「ああ……うん」


 洋一はその話の先を聞くのが突然怖くなった。

 ヨルダはあれから魔法構築をあーだこーだ言いながら極めていたのを知ってるので、絶対に碌なことじゃないことを理解していたからだ。


「探査隊の野営地に開通しました」

「へぇ、お優しいことじゃないか。飲み水の提供なんて。一体どういう風の吹き回しだ? お前、あいつらのことを嫌ってたじゃないか」


 額縁通りに受け取って、褒めてみせる。

 実際にどんな理屈でそんなことをしでかしたか全く分からない。

 そんなことが実現可能なら、もっと水路の効率の良い活かし方を考えられるはずだからだ。


「やだなー師匠。タダで飲み水の提供なんてしませんて! そこに溜池は作ってませんからね。開通しただけです、きっと今頃パニックですよ」

「おい、それはお前……滝のモンスターを含めて直接村に水路を通したって意味か?」

「はい!」


 あっけらかんとした顔で、ヨルダは「何か問題があるのか?」と返した。


 よくよく考えたら、その場所に騎士団を留めておくのは百害あって一利なし。

 他人の所有物をなんの断りも無しに奪ってく連中など山賊と変わりない。


 実際、今日まで結構な量の干し肉が被害にあっている。

 ヨルダにあんな目に遭わされたというのに、性懲りも無く盗人は現れた。


 ヨルダが忠告した通り、盗みに味を占めたのだろう。

 ならばどこかに行ってくれるのなら万々歳であった。


「特に問題はないな。しかしあれだ。自らストレス発散の場を潰してしまって大丈夫なのか?」

「ああ、それなんですが、ようやく相手と自分の力量差を理解しました。もちろん、師匠には全然敵いませんけど」


 キラキラとした瞳で、ヨルダはハッキリと述べる。

 もう騎士団は敵ではないと。

 まだ近接戦闘では遅れがとるかもしれない。

 しかし遠距離では敵ではない。

 その目はそう物語っている。


「別に俺は騎士でもなければ、魔法使いでもないぞ? それはお前が勝手にすごくなったんだ。俺の手柄じゃない」

「そうやって謙遜ばかりしてるから相手は勘違いしちゃうと思うんですよね」

「勘違い、されてるかなぁ?」

「間違いなく、王国騎士団から舐められてますよ。干し肉を作るだけの人物だと」


 キッパリと述べられた。

 実際に間違ってはいない。


「だからこそ許せなくてですね、あのお肉はオレの口に運ばれるはずだったのに! あいつらはそれをありがたがることすらせず、奪って無駄にした。万死に値しますよ!」


 ヨルダは洋一にあの加工肉がいかに素晴らしいものであるかを語ってみせる。

 つまりはただの逆恨みだった。

 天誅でもなんでもない。

 食い損ねた肉の恨みを晴らした次第であった。


「別に干し肉なんていつでも作ってやるが?」

「師匠がそんなんだからオレが威を示して見せたんですよ。戦えばすごく強いんですから、もっと力を誇示してくださいよ」

「悪いが、俺は食う以外での殺しはしない主義なんだ」

「どんなに悪人でもですか?」

「生きてりゃ悪事の一つや二つ気付かぬうちに侵すもんさ」

「正義は人の数だけあるってことですか?」

「世論とは常に対立していたな。こんな性格だし、街でみんなに合わせて暮らすのは向かないんだ」


 そう語る洋一の瞳は、どこか寂しげな感情が浮かんでいた。




 ◇





「何!? 魔の森の呪い? それに恐れて探索を中止するというのかね?」

「これ以上の探索は無理です」


 突如探索の打ち切りを打診した騎士に対し、アタマー=ツンツルテン教授は声を荒げながら、留め具の緩いカツラを振り乱し、弱気な騎士団長へと口角泡を飛ばした。


「馬鹿も休み休み言いたまえ! まだ探索は始まったばかりだろう? 肉の確保もできている。ここで引き返すバカがどこにいるというのかね?」

「ですが教授、この森は何処かおかしい。もう何人も部下が不可解な現象に合っている。突然地中に埋められて水を大量に飲まされたり、気がついたらテントが盗まれていたり、そんな事件ばかりが起きてます。いつ部下の命が潰えるか。事態はとても深刻なのですよ?」

「所詮野生の動物の仕業だろう? それか肉の確保先である原住民の仕業であるとも考えられる。君たちは王国内でも最高峰の戦力なのだろう? 英雄と名高い王国騎士の中でも最も優れた第四分団の騎士、ネタキリー=イモウトール殿? 君の働きには期待しているんだよ。そんな世迷言には耳を傾けず、仕事をすれば良いだけだ。簡単だろう?」


 この森には最高級の毛生え薬の入手のために来ている。

 アタマー=ツンツルンテン教授が学会でこれ以上頭部をネタに揶揄われない為にも、ここの探索──もとい開拓は必要不可欠だった。


「くそう、簡単な仕事だったはずだろう? どうしてこんな……このまま国に帰れば笑いものだ。せめて手土産でも持って帰らにゃあ」


 王国最高峰の戦力である王国騎士団。

 その中の四騎士と名高いネタキリーは金に困っていた。


 寝たきりの妹がいる為、学校にも行かずに戦に明け暮れる日々。

 とうとう進退極まった時に、当時第四騎士団長だったオーレン=トココイヨに勧誘されて現在に至る。


 しかし妹の病名は分からずじまい。

 ネタキリーは治療を続けるうち、更に借金を重ねて行った。


 だからこんな怪しい依頼にも飛びついて、今まさにピンチを迎えているのだ。


「やはり魔族の領域には魔女が住まうというのは本当だったのか! なんとか交渉して、これ以上危害を出さないようにできぬものだろうか?」


 ネタキリーは教授と呪いの間で板挟みにされた。

 一向に進まぬ探索。

 稼ぎが足りないとケツを蹴り上げる教授。


 そしてこれ以上奥には侵入させまいと阻む魔女の呪い。

 何度も頭を掻きむしるうち、ネタキリーの頭部にはポッカリと1ゴルドハゲが出来上がっていた。

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