第8話 弟子へのご褒美
「見て見て師匠! 家だよ、家!」
ヨルダが何かと騒いだかと思えば、木を中心に木材を打ちつけた代物を家とか言い出した。
洋一は何か適当な褒め言葉を考えたが、良い言葉が見つけられない。
「うーん、これで雨風を防げるかと言ったら微妙だな。デーモングリズリーの皮でテント作った方がマシだと言わざるを得ない」
「待って師匠。言いたいことはわかるよ。要は家としてのディティールの甘さを言いたいんでしょ? けど、ここの扉を見てくださいよ! ほら、開閉がきちっとするし、なんと内側から施錠できるんですよ! 凄くないですか?」
「うん、素直にすごい」
確かに言われてみればそうだ。
基礎知識0でここまでのことを成し遂げたことは褒めてやりたい。
洋一としてはこれを家と認めることはできないが、確かに独学でそれを見出した努力は認めざるを得ない。
「良くやったな。しかしもちろんこれでおしまいとは言わないだろう?」
「はい。そりゃ、これがオレの全力か? と言われたら否定しますけど……何にも知らない場所からここに辿り着いた事を少しは褒めてもらいたくてですね!」
「褒めるって言ったって言葉を送っても嬉しくないだろう?」
「じゃあ、肉を多めに」
「うん、わかりやすい願望をどうも」
育ち盛りだもんな、と率直な感想を述べるヨルダに洋一は温かい視線を送った。
要はおねだりである。
可愛いものじゃないか。
これがもし
穀潰しの出来上がりである。
ついつい比較してしまう二人だけど、初めて洋一の中でヨルダの存在が
というより、相手を異性として見たことはないのでスタートラインは一緒である。
明確に差をわけた部分があるとすれば、それは酒を飲んだ時のガラの悪さの有無でしかない。
まだ飲酒させたことはないので、まだ見ぬヨルダが顔を見せるかもしれないが、その時はその時で覚悟を決める洋一だった。
「いよし! では今度から何かを生み出すたびに肉料理の他に、もう一皿追加しよう。今回は扉の作成だな。肉料理は今まで通り出すが、他に食べたいものはないか?」
「おぉ! と言っても師匠の料理で食べたことのない肉料理って何かありましたっけ?」
「まだまだいっぱいあるぞー」
正確にあれこれ作ったわけではない。
調理工程が楽なものばかりを作っているのもあり、調理器具さえ揃えば作れるというのもままあった。
「それを作る為にも、いろいろ調理器具が必要だな。例えば鍋、そして植物油。それと小麦に卵。それがあれば唐揚げができる」
「唐揚げとは、一体どんなものでしょうか?」
「あれ? 食べたことない?」
「実家では聞いたことがありませんね。しかし油ですか。森の中で見つかりますかね?」
「菜種、または椿なんかがあればワンチャン……」
ある訳がない。
洋一のスキルに、植物から油を生成するスキルなどありはしなかった。
それ以外に欲した素材も、あいにく森の中で見かけたことはなかった。
肉があり、石の板、火がある。
出来上がるのは自ずと肉などを焼いた料理。
ハンバーグ、ステーキなんかがメインだ。
石の鍋、水がある。ミンチ肉を丸めてツミレにすればスープができた。
そこらへんの雑草なんかもいい出汁が出る。
いままではそれでよかった。
しかし育ち盛りの少女がそれでは足りないと物申している。
メニューは頭の中に浮かぶのだが、それに必要な調味料や調理器具がない。
ナイナイ尽しの中、それでもこうして食べていけるが。
それ以上を求めるのなら、旅立ちの日は近いのかも知れない。
「なら、拠点を移すか?」
「ここを捨てるってことですか? オレはどっちでも良いですけど……」
少しうしろ髪ひかれた顔で、ヨルダは作りかけの家屋を見つめた。
まだ途中なのだ。何もかも作りかけ。
だから、ここを離れると言われた時、ヨルダは思い出を捨てるのかと突きつけられた気分になっていた。
「なんだかんだここには色々な思い出があるからな」
「オレにとっては死にそうな記憶しかありませんが……それでもここは師匠と暮らした場所なので」
帰る家はもうない。ヨルダは洋一にそう告げている。
短い期間だったが、彼女にとってここは第二の故郷になっていたのかも知れない。
「まぁ、家出した手前、実家には帰り辛いか」
「騎士団員のオレは、あの日、あの時に死にました。いまここにいるのはただのヨルダです」
覚悟を決めた瞳だ。
ここから先は自分の力だけで生きていくと、その表情が物語っている。
「うん、そこは別に気にしてない。お前はお前だしな」
「真っ直ぐに言われるとちょっと傷つきますね」
拗ねたような物言いで、ヨルダはいじけた。
呆れたように洋一が悪態をつく。
「なんだよお貴族様のように扱って欲しかったのか? そんな要望、叶えてられないぜ? そもそも俺に礼儀を教えられるほどの素養がないからな」
「流石にそこまで無茶言いませんよ。逆に、それでこそ師匠だと思いました。道案内は任せてください。問題は、騎士団が素直に通してくれるかですがね」
「勝手に通ることは出来ないのか?」
「イチャモンつけてくるのは目に見えてますので」
ヨルダは心底嫌そうな顔で吐き捨てた。
騎士団とはどこぞの反社会的組織なのだろうか?
洋一の頭の中で、どこぞのレストランのが思い浮かぶ。
お互いに古巣に嫌な思い出がある。
そんなとこまで似なくたっていいのになぁと思いつつ、荷物をまとめた。
「手土産は肉でいいかな?」
「今更有り難がりますかね?」
「盗むほど食うものに困ってるんだろ? ならありがたいだろ。俺がいなくなったら、それこそ誰が調達するんだ?」
「あー……向こうは勝手に生えてくると思ってる節もありますね」
「そんなわけないだろう」
信じられないという目で見る洋一に、ヨルダは肩をすくめてみせた。
「きっとオレたちこの森の原住民か何かと思われてます。師匠の他にもまだいるだろうと。そこから盗めばいいぐらいに思ってるかもしれません」
「ポジティブなんだなぁ」
「ポジ……なんですか?」
「前向きってことさ。自分にとって都合の悪いことは視界に入らない。そんな人たちのことを俺の国ではそうやって捉えた」
「考えが足らないって意味でしょうか?」
「それであってる。危機感がないともいうがな」
「師匠がいなくなることで、生態系が大きく変わるでしょうね」
「そうかぁ?」
洋一は自分がその場所から足を運ぶだけでそんなことが起こるだろうかと考える。
確かに生息モンスター相手に特に苦労をした覚えはない。
なので自覚は薄かった。
「普通に、
「大袈裟だなぁ」
「大袈裟じゃないんですよ、これが」
「え、マジ?」
「大マジです。単独で
「うーん……でも、久しぶりに唐揚げ食べたいし、ヨルダにもご馳走してやりたい。出てっちゃダメか? すぐ帰ってくるからさ」
「そういうことなら仕方ないですね。じゅるり」
仕方ないで済むことなのか?
なんだかんだで食い意地の張った少女ヨルダの誘いに乗り、洋一は魔の森から拠点を移す。
騎士団に向けてたくさんのお土産を持って、穏便に通してもらおうと交渉に出るのだった。
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