第6話 干し肉泥棒

「あれ、ここに置いてた干し肉知らない?」

「それ、オレを疑ってます?」


 朝、調理しようと干し肉の置き場に行ったら、肝心のものがない。

 起き抜けのヨルダに確認したら、怪訝な顔をされた。


「一応聞いただけだ。それにヨルダなら俺から食材を奪えばどんな目に遭うか知ってるだろ?」

「ヒィッ」


 トラウマを思い出し、その場で震えるヨルダ。

 過去に干し肉を取られる事件があった。当時現場にいたヨルダは、野生の動物が犯人と証言したが、真犯人は他ならぬヨルダだったのだ。


 魔力回復に行き詰まったヨルダは、洋一が寝てる間に干し肉を奪取。

 隠れて食べることで魔力回復を測った。

 しかし思ったような成果は得られず、隠し食いしてる現場を目撃されて怒られた経緯があったのだ。

 その際に、どんなに謝っても許してもらえないほど“死喰らいの滝”の往復を余儀なくされたのだ。

 

「しっかし、まだ俺たちに敵対するモンスターがいたとはなぁ」

「そいつ、師匠に刃向かうなんて身の程知らずにも程がありますね」


 どの口がそんなことを言うのか。

 ヨルダに向ける洋一の瞳は濁っている。


「まぁいいか。取られたのは干し肉だけだったし。命が取られてなくてなんぼだな。生きてりゃ何度でもやり直せるさ。この件はさっさと忘れよう」

「そうですねー」


 話はそれで済むはずだった。

 取られたのが肉であったら、また加工し直せばいい。

 しかし、泥棒はさらに大変なものを奪っていた。


「あ、大変だ」

「どうしました?」

「ヨルダの作ったバスユニットがない。あんなでかいだけの代物、何に使うってんだ?」

「は?」


 いまだ風呂としての機能はつけられず、水甕としての役割しか与えられずにいるバスユニット。

 それが忽然と姿を消していたことにヨルダは呆然としたまま声を発した。

 しかしそう思ったのはその時だけで、どんどんと冷気がヨルダの周辺に集まってくる。

 これはまずいな。

 洋一は即座に反応してヨルダを励ました。



「一度作り上げたものだろ、また作ればいいじゃないか。今のお前にとってみたらお茶の子さいさいだろ?」


 洋一にとって、まだ焼き台を壊されなかっただけマシ。

 それくらいの気持ちで励ます。

 命もあった。それ以上望んだらバチが当たるぞ?

 だがヨルダは暗黒面に落ちたまま帰ってこなかった。


「そいつ殺しましょう。メッタメタにしてやらなければ気が済みません。ええ、作ろうと思えば作れますよ? ですがねぇ。このオレがようやく達成した成果物です! まだお風呂として使ってもないのに、盗んだ? はぁ!? ふっざけんな! 死喰らいの滝を何往復したと思ってんだ! 死んだほうがマシなほど痛めつけたれやらなければ気がすみませんね、ええ!」

「落ち着け、ヨルダ」

「止めないでください、師匠。ここで見逃したら、生きていく上で大切な何かを失ったままになります。それに、一度旨い思いをした者は、何度でも同じ行為に手を染めます! これでおしまいはあり得ません!」

「野生の獣の可能性もあるんだろう?」

「野生動物が、ユニットバスの使い方なんて知ってるわけないでしょう!」


 そりゃそうだ。

 どう考えたって人間の仕業。

 風呂の利便性を知っている、それなりの身分の者の仕業だろう。

 が、雑魚寝している洋一たちを見過ごした理由は不明瞭だ。

 生産者を生かして搾取しようという腹づもりだろうか?

 洋一にもそんな覚えはあるので、このまま放置しておくのも悪手だと勘付いている。


「思い当たる節はあるのか?」

「一つだけあります」


 それは、秘境探査隊と呼ばれる国を挙げての調査チームだった。

 学者先導による、騎士団の集まりだとか。

 探査隊とは名乗っているが、暴力で物を片付けてる集団に他ならない。


「ヨルダはその団体の一員だったと?」

「と言っても下っ端なので、荷運びの途中に捨てて行かれたんですけどね」

「囮か……」

「師匠に出会わなければ、死んでましたよ」


 確かにピンチだったもんなぁ。偶然居合わせてよかったよ。


「なんでまたこんな場所に探査隊なんて?」


 正直な話、モンスターが強いばかりでそれほどここに暮らすメリットはないように思う。

 しかし洋一が思う以上に、この世界の住人は魔素に重きを置いていた。


「魔素濃度の濃い土地には、神秘的な植物が宿る。その中には長寿の薬の素材だとか、蘇生薬の素材なんかも含まれる。王国以外にも、この魔族領の跡地を狙っている国は多いのが実情です」

「で、王国以外は手をこまねいている。その理由は?」

「王国が一番魔族領に面していて、他国には高めの税金をかけて出入りを制限してるんですよね。それでも抜けてくる国はいますが」


 力技である。

 だが、一番手っ取り早い手段だ。

 外貨も手に入り、ウハウハ。

 だがそれを維持するためにも調査を進めて土地を奪取したいのだろう。

 強行軍なのも頷ける。


「それで備蓄を切らして口減らしか。お偉いさんは後先考えないのかねぇ?」

「きっと、オレをヨルダだと認識してないのかもしれません」

「え、変わんないだろ」

「一応女の格好してるんですけどね。出会った頃に比べて」

「全くわかんなかった」

「師匠にはもうそういうの期待してないからいいです!」

「怒るなよー」


 ぷりぷりしているヨルダを宥め、洋一は目的の一段へと接敵する。

 殺しはしない。

 ただ、弟子の成長を見守るだけである。


「あれが、噂の探査隊か。いい暮らしをしているな」


 木の上から件の集団を見下ろす。

 森の外れ、浅い場所で村のような柵を使って暮らしていた。

 その中でもユニットバスはお貴族様への献上品として高く評価されていた。

 洋一たちはこの森に住まう原住民で、それなりの技術があるとの報告をしていた。


 学者と貴族は国に良い土産ができたと喜び勇んでいた。

 油断大敵である。


「ヨルダ、全力で魔法を行使することを許可する。魔力切れの際は俺にまかせろ。だが、命を粗末にするなよ? それは俺が許さん」


 こくり。ヨルダは洋一の問いかけに返事をせずに魔力を体内でみなぎらせる。

 ここ数週間で理解した魔力構築。

 それは肉体の上に迸らせるのではなく、体内で巡らせた方が循環率が高いということ。


 着火の際もそれをするのとしないのとでは効力が段違いだった。

 一見して無駄なことをやらされてる課題だったが、いろんな工程で魔力を行き渡せる時点で今までの魔法行使はなんて無駄の多い工程を挟んでいたのだろうとヨルダは思い至ったのだ。


 人差し指と中指で方向を示す。

 射出系の魔法はその場で展開して、射出する都合上的に察知される可能性が高い。

 ならばどうするか?

 答えはその場で生み出せばいい。


 ー土塊ー

 それはただ土をその場に出現させるだけの魔法だった。


 だが多くそれに精通するうちに、ヨルダは全く新しい構築を生み出す。

 それは土を出現させる地面と、対象を入れ替える。

 そんな高等技法。


 鉄板づくりでは土だけじゃなく、砂を入れた方が強度が違う。 

 そのため、石を砕くだけではなく、土に混ぜてくうちにこの構築を思い浮かべた。


「お見事」

「まだまだ、これはほんの初級魔法に過ぎませんよ」


 洋一からの称賛を素直に受け取らず、ヨルダは魔法行使を続ける。

 上級魔法こそ行使できぬが、生活魔法と初級魔法なら慣れ親しんだものだ。


「お次は、こうです!」


 ー水球ー

 それは水をその場に生み出す、生活魔法。

 だが生み出す場所は自在で、直接体内に生み出すこともできるのだった。


「ガハッ」


 突如穴に埋め込まれた兵隊は、水を喉に詰まらせて意識を失った。

 それで一体、一体と騎士団を無力化していくヨルダ。

 しかし魔力が切れて、すぐにダウンしてしまった。

 せいぜい懲らしめられたのは5、6人といったところか。

 魔力量が少ないヨルダに取っては大戦果だが、まだまだ懲らしめ足りない顔をしていた。


「ゼェ、ハァ……今日はこのくらいにしてあげます」

「続きは明日にしようか。被害が出たなら、すぐには行動できまい」

「はい」


 謎の襲撃者を迎えた探査隊は、洋一の目論見通り翌日慌ただしい一日を過ごした。

 何せ無力化された兵士のどれもが上級騎士。

 下級騎士だけでは魔の森を歩くことも叶わず、荷運びなんてもってのほかだった。

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