第5話 次の課題

 だいたい一週間経った頃か。

 ヨルダに課していた課題が終わりを迎えた。


「どうです、師匠やってやりましたよ!」


 目の前には想像以上に壮大なバスユニットが鎮座していた。

 ヨルダがドヤってしまうのも仕方がないほどの出来である。


「おお、お見事。で、これはどうやって水を張るんだ? もちろん温める機構も備わっているんだろう?」


 ワクワクとしながらバスユニットを触る洋一。


「あの、そういうのは魔道具でやることでして……」


 そんなものあるわけないだろう。ヨルダにとっての常識は、しかし洋一には届かなかった。


「あのなぁ、ヨルダ。風呂はバスユニットだけで完成するわけじゃあないんだ。ここに湯を張り、体を温める。体を洗う場所も必要だ。確かにこれは大いなる第一歩だろう、だがそれだけだ」

「ですが師匠、あの“死喰らいの滝”を往復するのは避けられました!」


 ー死喰らいの滝ー

 ヨルダが何度も死を体験するほどの魔の森きっての危険地帯。

 ただでさえ魔の森唯一の水場というだけあり、生息モンスターが水を求めて縄張り争いをする地獄だった。

 その中でも滝底に住まうリバイアサンとの決闘は吟遊詩人に語らせるほどの激闘であったとヨルダは自負する。

 最後には洋一の包丁の手にかかって晩飯のおかずになったが、ヨルダにとっては未だ記憶に新しい出来事であった。



「あれは大変だったなぁ」

「何度も死にかけましたよ」

「だが生きてる! それだけ成長したってことだ!」


 ワッハッハと大笑いして過去をなかったことにする洋一。

 付き合わされたヨルダは当時を思い出すたびに、遠い目をした。


「なので師匠、次の課題をください!」

「うぅむ。そうだなぁ、次はそろそろテント以外の住処も欲しい。家屋を作るというのはどうだ?」

「また難しい課題がきましたね」

「だが、一度作り上げたという実績が、お前の中に成功体験としてある。苦労した日々を思い返してみろ。最初の想定より何を必要とした? そして工夫した先にあるものを描き出せるようになってるはずだ。今のお前は可能性に満ちている、そうだろう?」


 先ほどダメ出しをした口でこの言いようである。

 貶しているのか誉めているのか。

 どちらにせよ、洋一が人に物を教える素質は絶望的と言って過言ではない。

 弟子入りした相手を早速後悔したヨルダだったが、以前までの状態に比べたら成長の兆しが見えているのは確かだった。

 魔法の腕が低く、見様見真似で剣を振っても返り打ち。

 もし洋一に師事していなかったら?

 とっくにこの世を去っていたことは火を見るより明らかだった。


「今回も期日はいただけないので?」

「そうだな、これは経験談だが──期日を設けると、途中で妥協してしまうだろう? どうせやるんなら最高峰の仕事をしたい。期日はそれをする上で邪魔になる。自分の成長の足枷にしかならないんだよ」

「あ、確かに。思い当たる節はあります」

「実際、十日で作って見せろと言われてこれを作れたか?」


 実際には7日で作れたとしても、無理難題で期日が少ないとあれば早々に雑な設計図を思い浮かべたであろうことはヨルダにも理解できた。


「きっと人一人入れればいいだろう設計で進めてましたね」

「だろう? ここまでの完成度は実現できなかったはずだ。理想は高く持て。失敗してもいい、自分で納得のいくものを作れるようになれば、お前はもう一段階成長する」

「…………はい!」


 相当無茶なことを言われている。

 しかし、ヨルダにとってはこれほど都合の良い修行環境もまた、他にはなかった。


 朝・昼・晩の食事は最上級。

 実家では味わえぬ食の数々。なんなら時折出されるデザートは野営で出されるものを逸脱していた。

 例え中央都市でもこれほど贅沢な暮らしはできないだろう。

 ましてや男になって騎士の道に進んでいたら一生口にすることはなかっただろう。


 課題は厳しく、果てしない道のりであるが。

 その過程で生まれた品々もいくつかあった。



 ジュー……パチパチッ



 ー石板ー

 バスユニットを作る過程で出来上がった垂直の板。

 土を整形して、乾燥させて水に浸して磨き上げた板である。

 洋一はそれの完成を何よりも喜んだ。

 なんならバスユニット以上に喜んでくれたかもしれない。

 ヨルダにとっては複雑な気持ちもある。



 ジャッジャッ!



 ーフライ返しー

 石板同様に洋一が喜んだ片手サイズの石へラである。

 それが七輪茸の上で焼かれた肉を美味しい何かに変貌させていた。



 ジュアーーーーッ


 ヘラで軽く抑えるだけで、肉汁が鉄板の上にこぼれ落ちる。

 のぼる煙は幸せの香りがした。


「どうしたヨルダ、手が止まってるぞ」

「このうまそうな匂いが集中力を散らしてくるんですよ。むしろこんな近くで料理されるのは果てしなく意地悪な気がします」

「仕方ないだろう。こんな吹き晒しの森の中じゃ、どこにいようと匂いは届く。意地悪と言われてもな」

「先にご飯にしちゃいましょうよ!」

「お前はすっかり食いしん坊になったよなぁ。最初は「モンスターの肉なんて!」って全然箸もつけなかったのに」

「人間、空腹に耐えかねたらモンスターでもなんでもお腹に入っちゃう物なんですよ! むしろ師匠のご飯が美味しすぎるのがいけないんです! なんですか、やっぱり魔法なんですか?」

「ただの料理だよ。ったく、スープを温めるから火を出してくれ」

「はーい」


 ヨルダは作業の手を止めて、慣れ親しんだ着火の魔法を構築した。

 ただ火を迸らさせるだけではない。

 木材の状態に応じて火の威力を調整した着火である。


 魔の森に生えてる植物は、どいつもこいつも繁殖力がずば抜けている。

 そこらへんに落ちてる枯れ木であっても、弱い火じゃ着火しない厄介な性質を持っていた。

 なので自ずと着火の技量も上がってくる。


「慣れたもんだな。最初は結構手間取ってたのに」

「自然に燃やすのと、植物を媒介にして燃やすのは物事の手順が違ってくるんですよ」

「そんなものか?」

「そんなものなんです」


 そも、ここは人類が離れて久しい魔族の城跡である。

 生息モンスターですらボスクラス。

 ヨルダがどのようにしてこの場所に赴いたかも定かではないが、自ら話さない限りは聞き出すつもりもない洋一だった。


「さて、飯にしよう。今日はキリングディアのハンバーグに、ジェミニウルフ出汁のスープだ。具はそこら辺の雑草だが、いい味出てるぞー」

「わーい」


 こうして今日も日が暮れる。

 食後のヨルダは想像を膨らませては、課題に着手し始めた。

 それを見守りながら洋一は、干し肉の準備を始めるのだった。

 食べきれない食料は、翌日に持ち越すのだ。


 もしここにお酒と藤本要がいるのであれば、きっと翌朝まで飲み明かしていただろう。

 そう考えると、健康的すぎる生活だなと思わずにはいられない洋一だった。

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