第4話 魔法使い育成計画

「あれ、師匠オレ……」

「起きたか、寝坊助め。お前夜更かしはするなってあれほど言ったろ?」

「すいません、楽しくなっちゃって」

「まぁ、その気持ちは分からんでもない。朝飯の支度するから、火を頼む」

「あ、はい」


 ヨルダは寝袋から起き出し、自分の姿がそうとうに薄着であることを思い出した。


「あっ……見ました?」

「気にしないよ。ヨルダが男でも女でも。むしろ俺の相棒も女性だったし」

「あ、そういう関係でしたか。ガキがナマ言ってすいません」


 勘違いさせてしまったか?

 ただの飲み仲間が女性だったからと、何故か落ち込むヨルダになんて声をかけようか困り果てる洋一。


「だからと言って、女を捨てる必要はない。口調も治さなくてもいいぞ。俺の相棒も一人称はオレだった」

「ですが、騎士として生きるには男である方が雇われやすいと」

「ヨルダの国では強い騎士はみんな男なのか?」

「いえ、そういうわけでは……」


 女騎士も居なくはない。しかしそれは生まれながらに相当に特殊な加護を持っていたかどうかで決まる。

 一般から大きく劣る籠をもらったヨルダでは、その道は険しく困難だった。

 ならば女を捨て、男になって剣の道に入ろうと決意していた。

 そんなヨルダの気持ちなどを慮ることなく、洋一は語る。


「俺の暮らした場所では、女でも男に取って代わるくらいの最強の使い手がいた。女だからと遜ることはない。だがどうしても性別を偽りたいというのであれば、俺は引き留めない。ヨルダの自由にしたらいい。別にそれで扱いを変えるわけじゃないからな」

「じゃ、じゃあ女でも弟子でいさせてくれますか?」

「男女の関係は望めなくてもいいならな」


 洋一は恋人がいることをヨルダに打ち明けた。

 今は忙しい身の上で遠く離れた場所で働いている。

 だから誰とも男女の関係になるつもりはないと操を立てた。


「あ、それはもちろん。むしろこっちからお願いしたいくらいで」

「よし、じゃあ寝起きで悪いが火付けを頼む。夜更かししないようにと頼んだのは料理の時までに魔力を無駄遣いしないでくれよという意味合いもあったんだ」

「あ、すいません。意図が読み取れず、使い果たしてしまって……」

「いや、いいさ。詳しく説明しなかった俺も悪い。そこらで七輪茸を探すさ。ヨルダはそこの川で水を汲んできてくれないか? 重労働だが、頼めるか?」

「水汲みくらいできますよ」

「じゃあ、頼む」

「はい!」


 そう言って意気揚々と水汲みに出かけたヨルダだったが、早々に音を上げた。


「師匠! これは川ではなく滝です! しかも下までどれだけ距離があると思って!!」


 その辺の石を拾って投げたが、10秒経っても音が返ってこない。

 なんなら、滝の音が激しすぎてかき消されてしまった可能性すらあった。


 もはや重労働なんて話ではない。

 魔法が使えたら、そこまで苦労はしない話だ。

 だったら七輪茸と呼ばれる採取の方について行けばよかったと、ヨルダは心の底から思った。


「で、水の確保はできなかったというわけだな?」


 なんの成果も得られずに、拠点にトボトボ帰ったヨルダはいつの間にか帰ってきていた洋一から咎められていた。


「あれは川ではなくて崖です。それも断崖絶壁の。ちょっと行って水を汲んでくるという話ではないです」

「そうは言うがな……ヨルダの魔力が余ってたらこんな仕事を頼むこともなかったんだ。いいや、水は俺がなんとかする。お前はそいつで火を起こしててくれ」


 指を差された七輪茸に、ヨルダの視線が釘付けになる。

 何をどうすればこれに火がつくのか? どう見てもただのきのこだ。

 少しどころかだいぶでかいが、どうやって火をつけるのか皆目見当もつかないヨルダであった。


「あの、手本を見せてもらえないでしょうか? なにぶん初めての体験でして」

「風呂釜を作ってくれってのも相当な無茶振りだったと思うが。もしかして一度作ったことがあったか?」


 ヨルダはブンブンと首を横に振るった。

 実物は実家で見たことある。そういう意味では造形を理解していた。

 しかし目の前のキノコは初めて見た。

 魔の森の生態系は、その物騒なモンスター分布図からも調査が進んでおらず、なんなら図鑑にすら記載されていないものばかり。

 洋一が当たり前のように扱ってるこのキノコですら、ヨルダは扱いがわからないのである。


「全く、やる前からあれもダメ、これもダメとは。そんなチャレンジ精神では何もやれないぞ?」

「モノには限度というものがあるんですよ、師匠」

「俺はできたがなぁ」

「師匠が規格外すぎるだけの話なんですってば!」


 こんな調子である。

 ヨルダの性別が判明したところで、色っぽい話なんて一切浮かび上がらぬ二人であった。


「こいつは表面が鉄のように固いが、一度熱が入ると一瞬で油分が燃え上がり、簡易的な着火剤の変わりになるんだ。手本を見せよう。俺はこいつを包丁で数度叩いて着火。すかさずエレメンタルボディに隠し包丁を入れ、鋼のような表面を解体、着火させる。こんな感じだ」


 実例を見させてもらっても、ヨルダには何が何だかさっぱりだった。

 まず、そもそもエレメンタルボディに隠し包丁とはなんだ?

 初めて聞くワードのオンパレードに頭がどうにかなりそうだった。


「あの、師匠。そんな技術は一般人は持ち合わせておりません。その、エレメンタルボディとはそもそもなんですか?」

「え、知らない? 主にゴーストとかの精神生命体のことを指すんだけど。刺身にして食ったら美味いんだぜ、あいつら。酢醤油できゅっと日本酒で一杯やるのに最適なんだ」

「ごめんなさい、意味がわかりません」

「ヨルダもお酒が飲めるようになればわかるさ」

「そういう話じゃありません!」


 結局七輪茸の謎は増すばかりで、水汲みもできないヨルダは魔力は残しておこうと心に刻み込む。

 しかし食事をすれば即座に魔力は回復する。

 なのでついつい課題に魔力を無駄遣いをしがちになってしまうが、何度か食事前の苦行を体験することで、ハメを外す機会は減っていった。


 ヨッちゃんだったらここまで苦労することはなかったんだけどな。

 ヨルダをそばに置きながら、どうしても離れ離れになった相棒を思い出さずにはいられない洋一だった。

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