第3話 弟子への課題
何故か押入りしてきた騎士、ヨルダを弟子にすることになった洋一。
経緯は聞かなかったが、家出するほどの大層な理由があったのだろう。
先ほど仕入れた乾物でスープを仕上げて腹をこなすと、ヨルダは流暢に語り始めた。
「ふぅん、方向性の違いで親と喧嘩したんだ」
「あの分からず屋、オレが剣士になりたいって言ったら反対して!」
「全く話を聞かないと言うのも問題だねぇ」
「それと言うのも、我が家が魔法使いを代々排出している家系というのもありまして……頭が硬いんですよ、あいつら!」
「それは親御さんたちの気持ちもわからなくもないな」
つまりあれだろう?
肉屋になるべく育ててきた息子が、突然八百屋になりたいと家を出た。
それくらいの思想の違いである。
もし自分が親だったら、ちょっと悲しくなる。そう思う洋一だった。
「ですが師匠!」
「まだ弟子にとってないのでその呼び方はやめてくれ」
「そんなぁ」
「そもそもオレは料理人で、君は騎士だ。教えるにしたって何をって話だよ。剣の振り方なんて俺にはわからんぜ?」
「でしたら魔法なんかでもいいです。先ほどの魔法は見事なものでした。正直、オレに剣は向いてないってここに来るまでに嫌でも痛感しました。ですが魔法でも、この森のモンスターには通用しなかった。元々オレ、魔力量が少なくて、それで剣の道に進もうとしてたんです。我が家の落ちこぼれなんですよ、それであの家で暮らすのが嫌になって……それで」
よくある話だ。
もしも自分が同じ境遇に置かれたらどうだったろうか?
なんだかんだで魔法使いを続けてたと思う。
それくらい洋一は一つのことに夢中になるタイプだった。
例えその環境で芽が出なくても、である。
「俺は魔法使いでもなんでもないんだよなぁ。一人、当てはあるが絶賛行方不明中だ」
「師匠ほどの魔法使いが尊敬する魔法使いの方が!?」
「そうだね、俺の知る限りで最上級の魔法使いだ。だが、それに追いつくには相当過酷な道になると思うぞ? それでもついて来れるか?」
「やるます!」
洋一にとっては「よし、これで火種ゲット」ぐらいに思う程度である。
「さてヨルダ。君にはいくつか最初に収めてもらう魔法がある。多くは求めない。だが、魔力量の少ないヨルダでもできそうな簡単な魔法だ。着火、水球、土塊だ。できるか?」
「それくらいなら余裕です! 流石に最上位は難しいですが、初級も初級、むしろ生活魔法レベルでは?」
「そうか、ならばその言葉に二言はないな? 途中でできないと言っても実践させるからな?」
「そ、そんなに過酷な修行なんですね?」
「四六時中、なんだったら一日3回以上。もしくはもっと多く請求する。一度の使用量が少ないからと馬鹿にするな。初級魔法に始まり、初級魔法に終わる。これはそういう修行だ」
「ハッ、師匠の裏の考えまで見抜くことができぬとは、このヨルダ一生の不覚!」
「そんな難しく考えないでいいぞー」
実際、食事や生活面で頼るだけという話である。
「では早速作ってもらおうか。シャワーは難しいだろうから風呂だな。いい加減に入りたい。この森は夜は蒸すからな」
ヨッちゃん、もとい藤本要と一緒に暮らすうち、洋一は風呂好きになっていたのである。
綺麗好きな要が拠点には必ずシャワー室や風呂場を設けた為だ。
なので、それを失って喪失感に暮れていたのだ。
もちろん、一番は飲み仲間の藤本要が戻ってくるのが最善だが、この一週間で多くは望まなくなっている洋一だった。
「風呂ですか? それを土塊で作るのですか? それは難しいような……嫌、師匠がやれというならやりますが。失敗しても責めないでくださいよ? 造形魔法はあまり得意ではなくて」
「失敗を恐れているうちは成功なんて程遠いぞー。失敗はすることで課題が見えてくる。それを乗り越えて、成功に近づけるのだ」
「さすが師匠!」
それっぽいところを言う洋一だが、それは経験談からくるものだった。
料理でも魔法でも、基礎は変わらないのだ。
「ぐぬぬぬぬ……ぶはー、今はこれが限界です」
出来上がったのは風呂釜とは程遠い。土の塊である。
そこから風呂桶に至るまで幾つの工程を重ねることになるのだろうか?
魔法を扱う経験のない洋一にとっては未知の領域である。
「休憩してでもいい。間に食事を取るのも許可しよう。だが、途中で放棄することは許さない。最後までやり遂げるんだ。それでようやく第一歩だ」
なんとしてでも風呂に入りたい洋一である。
自分は無駄なことをしているのでは? と思わなくもないヨルダだったが、実際には期限があってないようなものでその点だけでは楽な課題だった。
思えば実家ではノルマに追われる日々だった。
ノルマに間に合わなければ激しく叱咤され、姉や妹から疎まれる生活。
そんな環境が嫌になり、剣の道を歩むと家を出てきたヨルダ。
その先で、実家よりもはるかにゆるいノルマで似たようなことをやらされているのだ。
「師匠」
「んー?」
「師匠はどうやってそんなに強くなったんですか?」
「俺は強くなんてないさ。お前から見たら超人に思えるんだろうが、そんな大したことをしているつもりはないよ。ただ、そうだな一つの道は極めた。そう思ってる。お前にとってその道が剣か魔法かは俺にはわからないし、難しく考える必要もない。ただ、それが好きで、気づけば没頭してる奴が極めるのに適していると思うんだ」
「そうですか」
ヨルダは休憩中にそんな話をして、風呂作りに没頭した。
最初こそ素振りをしようと考えたが、課題がまだ終わってない。
洋一の差し入れである料理はほっぺたが落ちるほどの美味であり、何故か元気が湧いたのだ。
気のせいか魔力も回復している気がするヨルダ。
「ありがとうございます、師匠」
「ん? なんか言ったか?」
「いえ、何も」
「ならいいや。あんまり夜更かしするなよ? 睡眠不足は翌日に響くからな」
「はい」
そんな提案、無理というものだ。
魔法は昔から好きだった。ただ、それにつきまとうノルマが窮屈で、次第に嫌気がさした。
枯渇直前まで使い、回復することでさっきよりも体に流れる魔力の流れが見違えてくる。
ヨルダにとっては初めての経験である。
姉や妹は時間効率的に物事を扱うのに長けていた。
だからご飯やおやつ、ヨルダが欲してやまないものを独占し続けた。
成功者に与えられる魔力回復の権限。
そして、成功体験である。
それが今、ヨルダに与えられた。
「姉様や妹はこれをずっと体験してきたのか。それを今更味わえている。なんだかんだ、師匠には全部お見通しか。まいっちゃうな」
最初こそは無理難題と思った課題も、楽しく思えてくる。
期限は設けてないと言われたが、何がなんでも洋一が思うよりも先に達成してやろうと思えた。
当然、夜更かしした。
「結局魔法大好きなんじゃないか。ほら、そんなところで寝てると風邪ひくぞ」
朝一番に起きた洋一は寝落ちしたヨルダを起こし上げようとして……
むにっ
男にはあるはずのない弾力を感じた。
気のせいではない。ヨルダの胸には二つの山が備わっていた。
「OH」
洋一は目のやり場に困りながら、七色狼の寝巻きにヨルダを包んだ。
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