第2話 弟子? 料理の? え、違う?

 一週間。

 いまだ仲間の行方は知れず、人とも出会わないそんな環境で生きていけば森での生活は嫌でも慣れてくる。


「お、今日はついてるぞ。このキノコは生でもうまいんだ。あとは七輪茸や枯れ木があれば万々歳だが」


 一週間の間に出会った不思議植物たちに思いを馳せ、今日の献立を考える洋一。

 中でも擦るだけで火を焚くことができるキノコとの出会いは感動ものだった。

 それからは見つけるなり確保して、生活の要としている。

 拠点は川のそばで、そこで十分に食が可能となれば、洋一は特に問題なく生活できてしまう太々しさがあった。


「それにしても、今日は随分と森がざわついてるな」


 鳥の鳴き声が普段より騒がしいのだ。

 モンスターは、相変わらずうろついてるが、洋一にとっては臨時収入でしかない。


 今のところ腸詰めは封印中。

 腸が手に入らなければ、即座に食い潰してしまうからだ。

 それは非常手段、ミンサーによるミンチ肉を美味しいソーセージへと変える。

 肉が手に入らない時の最終手段だ。

 肉が食えるときに増やすべきではない。


「あのクマの腸をもらっとけばよかったなー」


 時すでに遅し。

 すっかり鰹節が如くシワシワになった腸に腸詰するほどの柔軟性は持ち得てなかった。


「今更言っても遅い……ん?」


 その時になって、ようやく戦闘音らしき音が耳に届く。

 この近辺には凶暴な魔物ぐらいしかいないと思ったが、武器を扱う種族でも流れ込んできたか?

 そろそろ拠点を変える時だろうか?


 すっかりこの場所が気に入ってしまった洋一。

 武器を扱う種族はイコールで食料の奪い合いが起きると言う合図でしかないのだ。


「人?」


 目を凝らしてみれば、向こうに見えたのは確かに人だ。

 高そうな鎧に身を纏い、どちらかといえば劣勢。

 相手は七色狼だ。


 正式名称は知らない。ただ、幾度か戦った上で七色に光って距離の認識をずらす厄介な技術を持つモンスターであることを知っている程度だ。

 それが数匹。鎧の騎士に向かって牙を剥いていた。


「見捨てるのも後味が悪いか。肉も食べたいと思っていた。これはちょうどいいタイミングだ」


 洋一はそう思うことにした。

 一週間で肉は狩り尽くしたと言っても過言ではない。

 洋一が出会った中で、結局あのクマが一番強かったまである(この場所に限定していえば)


 ナワバリだったのだろうか?

 クマがいなくなってから、やたらとモンスターが蔓延った気がした。

 きっと気のせいだろう、洋一はそう考えながら助太刀の宣言をする。


「そこの人、手助けはいるか?」


 横殴り、ダメ、絶対。

 探索者のルールを復唱して覚えさせられた洋一である。

 一応手助けするにしても、一声かける常識は持っていた。


「こんな場所に人がいるのか? 助かる! こちらは魔の森を横断中、見かけぬモンスターに出くわしてしまった形だ!」


 とのことなので助けた。

 七色狼は熟成乾燥に弱い。

 肉質は固く、煮ても焼いても食べられないが、干物にするとうまいスープができるのだ。

 毛皮は硬いが、保温性は高く寝袋に適している。

 なので熊と同様に肉は乾物、皮は加工する感じでその場にいた七匹を加工した。


「手助け感謝する。それにしても貴殿はすごいな、凄腕の魔法使いだったか。詠唱は一切聞き取れなかったが」

「え?」

「えっ」


 洋一は目の前で包丁を振るった。

 どこをどうとっても戦士の振る舞いであるのにも関わらず、騎士は洋一の戦いを魔法使いのようだと褒め称える。

 お互いに何かを勘違いしたまま、話は進む。


「へぇ、家出ですか?」

「恥ずかしながら。威勢よく家を出たまではいいのですが、伝説級レジェンダリーのジェミニウルフに遭遇するなんて……」

「なんて?」


 洋一は聞き返す。

 伝説級レジェンダリー

 そう言うのは相棒の藤本要が詳しいのだ。

 料理一辺倒の洋一はその手の情報に疎かった。

 せいぜい聞き齧ったことがあるくらいで、知ってる単語を聞いて反応してしまっただけである。


「あの、俺はこの森について詳しくはないのですが……結構危険な森だったのですか? 一週間くらいここで過ごしてるんですが?」

「信じられません! ここはかつて魔王が拠点にした魔素の強い領域。そんな場所に生息するモンスターはどれも伝説級レジェンダリー。中でもかつて四天王の一角に抜擢された赤兜の異名を持つ赤き毛皮のデーモングリズリーは神話級ミソロジー! 魔王に匹敵する強さを持っています! 遭遇したらまず命を諦めるレベルで……それは伝説級レジェンダリーにも言えることですが、この森はそれだけ危険な生物が生息している場所でして」

「赤い毛皮のクマ」

「はい」

「これか?」

「はい?」


 洋一は思い出したかのように一番最初に出会って、火種がないために乾物にしたクマの毛皮を取り出した。

 ここ最近では大きすぎて寝苦しいのもあり寝巻きから雨風を凌ぐテントに昇進した代物である。


「これは、確かにデーモングリズリーの毛皮! まさか倒されたのですか?」

「鍋にしようと思って狩った」


 結局スープにしかしてないのでその夢は叶わずにいるが、それは他人に言っても仕方のないことだ。


「ぜひオレを貴殿の弟子にしてください!」

「あの、まずは落ち着けるところで自己紹介から始めませんか? ほら、お互いに詳しい話もしてませんし」


 周囲にはまだ七色狼の死体が転がっている始末である。

 その死体を掠め取ろうと、モンスターが集まってきているところだ。

 決して立ち話できる環境ではない。


「そうですね、師匠!」

「あの、まだ弟子にするって言ってないからね?」

「そんな、師匠!」


 ダメだ、この人話聞かない。

 やたらと押しの強い第一村人に、早くも困り果てる洋一だった。

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