おっさん料理人と弟子たちのまったり田舎暮らし

双葉鳴

【ヨルダ】落ちこぼれ魔法使いの少女

第1話 どこだ、ここ?

 ダンジョン。

 それが世界に浸透してから50年経った世界で、洋一たちは暮らしていた。


「ポンちゃん、さっき仕留めたジャイアントスネーク、食えるかな?」


 職場を失い、食うのに困った洋一たちはダンジョンに巣食うモンスターの肉に目をつけ、糧にするべくダンジョンで生活を始める。

 しまいには酒盛りまで初めて、ダンジョンを舐めてるとしか思えない生活を送るが。

 それでも彼らが生きていけたのは、特異な技術を持っていたからだった。


「こんだけでかいんだ。可食部は多いだろう。あとは味付けだな」

「ひゃっほー! 今晩は酒盛りだー!」

「そういえば、酒もそろそろ仕入れないとなぁ」

「酒って飲めばなくなるんだなぁ」

「当たり前だろ。バカ言ってないで薪木の準備でもしてくれよ」

「へーい」


 当たり前の日常。

 世界から切り離された空間。

 仕事に追われた日々ははるか過去に追いやって、洋一たちはセカンドライフを始めていた。


 しかしそんなある日。

 洋一たちは全く見知らぬ場所へと訪れていた。


「ぐおー、お日様が黄色く見える。飲みすぎたか? ぼやけて月が二つに見えるや」


 ここでは誰も洋一たちを止める者はいない。

 だから馬鹿なことを言ったって、誰も気にしないのだ。


「ほら、ヨッちゃん起きろって。朝だぞー」


 ただ、側で雑魚寝してるはずの同居人の姿も見えず、洋一は目を擦る。


「ションベンか? 先に起きたんなら起こしてくれよな。ふぁーあ、俺も起きとく……」


 ──ん?


 そこでようやく洋一は気がつく。

 見当たらないのは同居人だけじゃない。

 ペットとして飼ってたオリンの行方も見失ってしまっていたのだ。


 酒盛りしていた筈の焼き台や食事の後まで消え去り。

 洋一1人だけが森の中で眠りこけていたのである。


「いつものヨッちゃんのイタズラか? 彼女はそう言うところあるから」


 ヨッちゃん、藤本要。

 本宝治洋一にとって一緒にいるのが当たり前になりすぎて、切っても切り離せない関係になっていた。

 主に料理をする上での火種としても、酒盛りをする上での飲み仲間としても。


「おーい、冗談は辞めにしてそろそろ朝飯にしようぜー。怒らないから出てこいってー」


 周囲にいくら声をかけども、返事が返ってくる様子もない。

 静まり返った鬱蒼とした森林だけが洋一を覗き込む。


「オリンも、隠れてないで出てこいって!」


 オリン。

 ダンジョン内で餌付けしたスライム。

 実は宇宙人の放った地球侵略型ダンジョンコアだったが、利害の一致で行動して現在に至る。

 空間袋や転移陣などの便利道具を持ち、洋一たちの痒いところに手を届くサポートに徹していた。

 そんなおりんがいなくなることで、洋一はことさら危機感を強める。


「え、これまじか? ヨッちゃんやオリンすらいない。こんなところで一人きりなんて……」


 洋一は途方に暮れた。


「まぁ、ヨッちゃんやオリンなら単独でもなんとかするか。問題があるとすれば俺の方だもんな。包丁は……ヨシ。今の所能力は使えるな。これなら食うのに困らないだろう。あとは食材だが、ここはおあつらえ向きに森の中だ。ついてる」


 洋一は持ち前のポジティブさで今を乗り越えることに決めて歩き出す。

 荷物はオリンの空間袋の中。

 火おこし役のヨッちゃんは見当たらず。

 他の調理袋も屋台……つまりオリンが全て持っている。

 しかし包丁は扱えるので洋一の食事探しの旅は特に問題なく始まった。


「水の音……こっちに川があるのか? 水源は最初に確保しておかないと大変だもんな。ヨッちゃんが見つかれば、問題なくなるんだけど」


 洋一にとって相棒とも言える藤本要は魔法使いだ。

 ダンジョン内で料理をする上で欠かせない火や水を即座に用意するのなんてお茶の子さいさい。

 実質洋一は要に依存していた。要もまた、洋一に依存しているので共依存といったところだが。

 方や料理人。もう一方は大魔導士。

 どちらに需要があるかと言われたら答えは明白である。


 十数分も歩けば、食材は見つかる。

 近くに見つけた川で魚を入手。

 問題は火だ。

 洋一は文明の利器がある時代に生まれたのもあり、独学で火を起こす技術を持ち得ていなかった。

 むろん、聞き齧った話ならいくつもあるが、それを実践したことは皆無である。


「木の枝に蔓を巻いて擦り上げる!」


 これで理論上火はつく筈だ。

 しかし煙は出ても、火がつく様子はない。

 全く理解が及ばない。原因が不明なまま、時間だけが過ぎていく。


「くそぅ、こういう時ヨッちゃんが欲しくなるな。流石に生で食うのはやばいってわかる。寄生虫以前の問題だ。こうなってくるとクララちゃんの調味料や、八尾さんの野菜も恋しくなってくるな」


 例え調達できたとしても、長期保存できるバッグは行方不明中のオリンが所持している。

 洋一の無いものねだりは極限にまで達していた。


「仕方ない、肉は諦めるか。生でも食える果実を狙って……」

『ゴルルルル!』


 そこへ、洋一を餌に認定した熊と遭遇する。

 軽く払われただけで洋一の体格なら吹き飛ばされてしまうだろう凶暴な爪が揃っている。


「そういえば熊は食べたことないな」


 しかし熊を見定めた後、先ほど肉は諦めたばかりだというのに、洋一は包丁を取り出した。


『ゴルルルルァ!』

「鍋にするとうまいって聞いたことがある。さて、お前はどんな味がするんだろうな?」


 洋一の包丁の切先が熊の手を縦に寸断する。


『グルルル!?』


 たじろぎ、後退る熊に洋一の容赦ない追撃。


「熟成乾燥【強】!」

『グルァ!?』


 包丁ではなく、広げた手で熊の胸を叩く。

 するとみるみると熊は水分を失い、その場で卒倒した。

 即死である。


 ー熟成乾燥ー

 弱・中・強と調節することによって、表面、内側だけ熟成促進、内側までしっかり乾燥とカラスミや干物、鰹節などへの調節が可能な技術だ。

 特に強ともなれば鰹節クラスの強制乾燥を仕掛ける効果があり、生物に使えば間違い無く即死クラスの一撃を喰らわせる。


 まさに食材特攻!

 なお、相手が食えないモンスターでも関係なくこの技術は効果を発揮するぞ!


 包丁で皮を綺麗に剥げば、クマの毛皮、もとい簡易寝袋の完成だ。

 皮も念入りに熟成乾燥しているので、多少生臭くとも、雨風は凌げる。


 肝心の肉の方は、干物の様に硬く仕上がっていた。


「残りはミンサーでミンチにしちまおう。問題はお湯を沸かせるかどうかだよなぁ。肉は後回しでもいいが、夜の森は冷えこむらしいし」


 メニューはいくらでも思いつく。

 ただ肝心の火付けの工程や、水を沸かすための道具は皆目見当もつかなかった。


「うぅ……これっぽっちじゃ全然腹の足しにならない」


 洋一は見つけた果実を口の中に放り込みつつも味を噛み締める。

 わかっていたことだが、空腹はより加速した。

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