第5話 包まれた悪意
「まずは、手術後に撮影した写真をお見せしてもよろしいでしょうか。フウちゃんのお腹の中から出てきたものを写した写真です」
花岡は了承の返事を聞いてから、一枚の写真を田中夫妻に見せる。
「フウちゃんのお腹の中からは、粒状のインスタントコーヒーと一緒に、肉製品らしきものが出てきました。見づらいですが……」
田中夫妻は瞬きもせずに、差し出された写真を見ている。
「フウちゃん程度の大きさのわんちゃんで、この写真の量のインスタントコーヒーを一度に摂取し、これほどの時間が経ってしまえば、通常は手の
美沙子と祐一は、溶けかかったインスタントコーヒーと肉片が混ざった、輪郭のはっきりしない物体の像を凝視しながら、眉を
「……フウのおやつで、こんなものはないと思います」
美沙子は肩を小さく震わせながらも、しっかりとした声で言う。
「ええ。ジャーキーはありますが、こんなに
祐一は、インスタントコーヒーの黒褐色の間に覗く肉片を指差し、首を振る。
花岡は二人の顔を見て、頷く。
「これは恐らく、人間用のベーコンです。今、佐々木看護師に、簡易的に成分を調べてもらっていますが――」
「出ました」
佐々木が、処置室の二重扉から顔を出して声を上げる。
「交代、こうたーい」
そこへ、志賀がぴょんぴょんと戻ってきて、佐々木と入れ替わりで処置室に入っていく。
待合室へ出てきた佐々木は、すっと花岡に歩み寄ると、小さな紙を花岡の手に渡し、すぐに戻っていった。
「ありがとうございます。……やはり、犬用の食品にしては塩分と脂肪分が多いですね」
花岡は佐々木を見送りつつ、小さな紙の印字に目を走らせて頷く。
「これは、人間用のベーコンです。インスタントコーヒーは、フウちゃんが食べられるはずがないということでしたが、ベーコンに関しては、何かお心当たりはありませんか」
花岡は再び田中夫妻を見上げ、尋ねる。
「ベーコンは……。冷蔵庫にはあったはずですが……」
美沙子は不安げに目を泳がせて、祐一を見る。
「でも、冷蔵庫にはチャイルドロックを掛けてあるので、フウはこれも開けられませんし、僕たちはフウに人間用のベーコンはあげません。今日あげたのは、朝のドッグフードだけです」
祐一は花岡の質問に答えつつ、美沙子に向かって頷く。
「なるほど。ちなみに田中さん、ご家族の構成は?」
ペットを主に世話している人がきちんと食事を管理していても、他の家族がおやつをあげすぎてしまう、あげてはいけないものをあげてしまう、といった事例はよくある。田中夫妻の年齢であれば、小さな子供がいたり、自分たちの両親と共に暮らしていたりする可能性も高いが――。
「僕たちはフウと三人暮らしで、家に出入りする人もいません。今日一日、フウは一人で留守番をしていました」
祐一は足元の
「分かりました――」
花岡が背後を振り返ると同時に、受付カウンターのスタッフ用出入口の外に、一人の男が現れる。
「事件だね」
男――花岡正治の喉から出たのは、別人のように重々しい声であった。
「兄さん」
花岡は立ち上がって佐々木と志賀とフウのいる処置室の方を見てから、再び兄に視線を送る。
正治は弟の視線を無視し、片手になめ子を持ったまま一人で喋り始める。
「フウちゃんは
受付カウンターの上の壁に掛かった時計の針は、夜の十時半を指している――。
「でも家は使わないで。家の中と外の現状の写真を撮ったら、片付けないで戸締りだけして、ホテルで寝て。お金はこれ使って」
正治は
「足りなかったら言って。それと、ぼくがいいって言うまで、警察や探偵には連絡しちゃだめ」
田中夫妻は膝にぱらぱらと降ってくる
「田中さん」
散らかった札の中にしゃがんだ花岡が、田中夫妻を見上げる。
「フウちゃんを助けるためには、兄さんの力が必要になるかもしれません。費用はこちらで持ちますから、どうか、言うことを聞いてやってください」
床に膝を付いて深々と頭を下げた花岡に、田中夫妻は慌てて頷いた――。
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