第4話 説明

「すみません。うちの兄でして」

 処置室から出て来た花岡は田中夫妻の前にしゃがみ、申し訳無さそうに微笑ほほえむ。

 しかし、そう言われても、田中夫妻にはあの汚らしい男が何故ここにいるのか分からない。

「兄はなめ子を異常なまでに愛していまして、時々、配慮の無い言動をしてしまいます。本人としては、患者さんのご家族をなめ子の可愛かわいさで癒しているつもりらしいのですが……」

 彼はしょっちゅう院内に出てきては、ペットが危険な状態にあって不安な飼い主たちに、自分の愛するヤモリを見せつけるのである。

 すみませんと頭を下げた花岡に、田中夫妻は慌てて首を振る。困惑はしたが、なめ子は可愛らしかった。美沙子と祐一は互いに動物好きで、それぞれ幼少期より何度もペットを飼ってきた経験があるためか、愛犬の具合が悪くとも、他の健康な動物たちに罪は無いと思える余裕を持つことができている。

正治しょうじお兄ちゃんはね、ヒモなの! ヒモ!」

 花岡に続いて出てきた志賀は、処置室から倉庫に金属のカートを運びながら、待合室に向かって元気よく言う。

「ええ、まあ、そんなものです……」

 志賀が転ばないかが心配で後ろを振り返っていた花岡は、困ったように笑って田中夫妻に向き直る。しかし、その穏やかな顔は一瞬にして厳しいものへと変わる。

「フウちゃんのことですが――」

 美沙子と祐一はぐっと唾を飲み込み、花岡の言葉を待つ。

「無事に、消化管に残っていた物を取り出すことはできました。ですがやはり、インスタントコーヒーを粒のまま大量に食べていたようです。全部出し切る前に酷い症状が出てしまったのか、吐いたり、下痢をしたりした後にも関わらず、わんちゃんにとっては危険な量が残っていました。まだ予断を許さない状況です」

 夫妻は青白い顔を見合わせ、それから黙って花岡に頭を下げた。

「田中さん」

 花岡の声に変化は無かったが、美沙子と祐一は同時に顔を上げる。

「いくつか、お聞きしたいことがあります。フウちゃんのために、少しでもいいので情報が欲しいのです」

 美沙子と祐一は顔を見合わせもせずに、頷いた。

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