第66話 邂逅

「Vによる舞台劇か……」


 こういう舞台というものがVtuberが演じると言う話は最近は割と聞く話となっている。

 舞台を通して今後声優的な仕事や、動けるVtuberと知られることがあれればそういうパフォーマンスの舞台で呼ばれることもあるのだ。元々の3Dを使う舞台もあれば、提供された3Dを使っての舞台劇というのもある為、3Dを持っていない竜弥のような人物でもこのような場に出演することが出来るのだ。


「それにしても台本の名前にあったあの老人……」


 台本の中で一つだけ気になる共演者がいた竜弥。

 気になっていた竜弥は動画サイトでその人物のことを調べると竜弥も存じ上げているクローバー・マルケニィと言う名前で活動しているVtuber。彼がこの人のことを知ったのは半年ほど前にSNSで66歳で活動しているVtuberとして話題になっていたからだ。年寄りのVtuberというのは最近では割と居るのだが、それでもかなり珍しい部類ではある為クローバーは色んな人の目に入った。彼の特徴的としては決して口が悪くなく紳士的な立ち振る舞いが目立ち、コラボ相手を立てるような言動も多く年齢もあってなのか色々な物事に詳しいこと。まるでアニメからやってきたような紳士な御仁ということもあって話題になっていたのだ。


 更には挙句の果てには最近の歌までしっかりと把握していることもあって視聴者を驚かせることもあるらしい。年齢が高めなお年寄りが最近の歌を知っている尚且つ歌っているというギャップは視聴者側からすれば色々と面白いものを見れている感覚になるだろう。


「こんなところか……」


 クローバーのことを再び調べ終えていて彼が好きな食べ物としてクレープをあげていたことに少し「本当に面白い老人だな」と思ってから、竜弥はスマホをポケットの中に入れて歩き出そうとしたときであったが、自分の目の前を誰かが歩いているような感覚に気づかずそのまま歩いてしまう。


「わ、悪い……」


 ぶつかってしまったことにより竜弥は一瞬目を瞑り、そのまま一歩下がる。

 ぶつかったことを認識した竜弥はすぐに謝罪をしようとして自分の視界より少し身長の高い人間を見るとそこには底知れぬ只者ではないと言ったような感じで老人が目の前に立っており、思わず竜弥は「すっげえかっけぇ……」と言ってしまうが自分が思いのままに口に出してしまったことが恥ずかしかったのかすぐに咳払いをしていたが、老人の方には声が聞こえていたのか竜弥の小さな声を聞いてにこやかな表情で微笑みながらも、竜弥の体に怪我がないか確認しながらも一応は大丈夫だという確証を得る。


「お怪我の方はないようですな」


「え?あ、ああ……」


 怪我はないかと問われていたが、竜弥は何処か上の空で老人の方を見ていた。彼の口から放たれる年寄りとは思えない渋い声に聞き惚れていたのだ。その声と彼の渋めな風貌にまるでアニメから出てきたような人間かとすら思わされていたのだ。


「ですが念のため、もしものことがあってはいけませんな。この近くには確か診療所があったはずです。よろしければそこまでご同行致しますが?」


「あ、ああ……。俺は大丈夫……だから。心配しないでくれ……」


「そうですか……。ですが、もし後遺症などが残っていてはいけませんな。こちらは私の電話番号が書かれているものになります。もし何かあればこちらまでお電話を……」


 竜弥が頂戴した名刺には柊真人ひいらぎまさとと書かれている。

 シンプルな名前だがそれゆえに彼の記憶に残りやすい名前となり、去って行く柊真人という名刺を渡して来ていた老人の姿をただ一人竜弥は見つめるのであった。







「あいつらのようにやればいいんだろう……分かっている」


 澤原から今回、舞台劇に出演するということを告知しておいてほしいと頼まれた竜弥。

 話を聞いたとき、竜弥は少し面倒そうにしていた。坦々がやっていたことを自分がやらなければいけないというのはなんとも面倒なことでしかないと思いながらも、配信を始めようとしていた。あいつのような感じにやればいい、と自分に言い聞かせる竜弥。


「こんろー!!」


 『こんろー!!』


 開始と共に神無月ロウガのような挨拶をすればあいつになりきることが出来ると思っていた竜弥であったがそれはなんとか上手く行きそうな気がすると感じていたが竜弥の中では何か込上げるようなものが表れていたのに気づいたのは後になってからだった。


「いきなりの告知配信でみんな驚いてるかもしれねえけど、実は急遽の形でみんなにどうしても伝えたいことがあって配信したんだ!!」


 『急でビックリした』

 『突然だからビックリした』

 『告知なんだろ?』


「そうだよな、急だからみんなビックリしたよな。俺もまさかこういう機会に出るなんて思いもしなかったけど折角の機会だから出てみようと思ったんだ。溜めるのもなんだし、早速今回の告知について発表していくぞ!!」


 樫川竜弥はロウガになりきてこそはいないが、それでもかなりなりきれてはいた。

 配信後、いつものロウガより若干口調荒々しかったけどそれほど楽しみにしていたんだねという鋭い感想ツィートも見えていたが……。


「なんと今回俺は……V舞台劇『姫と四人の家来達』という舞台劇に参加させてもらうことになったんだ!!」


 『!!?』

 『マジで!?』

 『すんごいじゃんロウガ!!』


 急な発表な為で驚かれることは想定していた竜弥であったが、あまりにも反響がコメント欄で寄せられていて竜弥は驚きが隠せないでいたことよりも自分の中で誰かに喜ばれているということが嬉しくなってしまい、込み上げている感情が抑え切れなくなっていたのだ。





「俺にまさか人に喜ばれて嬉しくなってしまう感情があったとはな……」


 配信を終えた竜弥は、神無月ロウガという名前をエゴサしながらも喜びと嬉しさという感情で混ざり合っていた。自分にはそんな感情とは無縁だと思っていた竜弥にとって困惑めいたもの感情が表れていたが悪い気はしていなかった。


「そういえば恭平から届いていた手紙があったな……」


 竜弥は澤原から受け取っていた中に、『GENDEN』という名前で書かれていたファンレターがあったことを思い出していた。何故その名前を見て恭平だとすぐに分かったのかと言われると、現在も使われているかは不明だがプライベートのアカウントでGENDENという名前でゲーム実況者だった頃の竜弥によく連絡をしていたことがあったのだ。


 そのこともあってか竜弥はすぐにその名前を見て恭平だと言う事を思い出したのだ。手紙を開けようとしていたとき、スマホに着信音が鳴り響いたのを見て竜弥は電話を確認するのであった。









「本日はよろしくお願いしま……紀帆?」


「ん?竜弥やん!」


 ノックをしてから挨拶を済ませて部屋に入り、挨拶と共にお辞儀を済ませてから視界を上へと持っていくと、そこには神木坂紀帆が準備をしているようだった。


「もしかして悪役の一人を担当してくれるっちゅうことなんか?」


「まあ……そういうことになるな。今日はよろしく頼む」


「よろしくな!本来なら代役の子がおるはずなんやけどその子達も風邪をこじらせてしもうたみたいでな!!いやぁほんま最悪なタイミングやで!!」


「軽くでええで軽くでええで……!あんまり気張るでないで!」


「ありがとうな」


 と言いながらも彼女の言葉に少し肩の荷が落ち始めていた竜弥。


「ふうん?本当に樫川竜弥が代役だったのね」


 紀帆の楽屋に台本を片手に入って来たのは水野真波であったが、竜弥の瞳を見てすぐに何かを察するようにしてこう言うのであった。


「彼女とは上手く行ってそうね……」


「……まあな」


 色々と否定したいところはあるが竜弥としては説明するのが面倒なことが多すぎるのと彼女に話すことはないと思っており、何も言うことはなかった。


「ベストカップリングのこと色々聞きたいんだけど教えてくれたりする?水族館でデートしたり映画館でデートしたりしてたんでしょ?いっぱい聞きたい話があるんだから聞かせなさ「はいはい、そこまでしときや……!!」」


 暴走列車のように千里の関係を聞き出そうとする真波に対して紀帆は実力行使と言わんばかりに首の後ろに手刀を入れて一旦気絶させていた。これ以上長引くと話が長くなるからと判断したのだろう。


「いいのか?代役がもう一人必要になるぞ?」


「大丈夫大丈夫やで、すぐ起きれるようには調整しておいたやで!それに起きなかったらバケツに汲んだ水を頭からぶっかけて起こすだけやで!!」


「そ、そうか……」


 紀帆という少女が馬鹿なのか阿保なのかよく分からないという感情になりながらも竜弥は二人の楽屋を出ようとしたとき紀帆から話しかけられる。


「竜弥今回の舞台劇急な代役で驚いてるかもしれへんがウチは竜弥ならやれると思ってるで!!だからお互い頑張ろうな!!」


「……ああ」


 紀帆とはそれ以上喋ることもなく、他の楽屋へとノックしつつ入って行く竜弥だったが紀帆と言う少女に触れて分かったことがある。彼女もまた風夏同様光の存在なのだと……。そう認識しながらも次の楽屋に入って行き、挨拶を済ませて次の楽屋へと入る度に「神無月ロウガなのか?」と確認されて、久龍との関係を聞かれてたりすることが多かった竜弥は少し困り果てながらも曖昧な返答で濁すのだった。


「はぁ……やっぱりあのベストカップリングが仇になってんのか……」


 今の竜弥からすれば自分たちの関係をアピールする舞台としてこれ以上にないものだったのかもしれないが、過去の竜弥からすれば出来る限り千里に甘える機会を減らしたかった自分としてはこういう事態になってしまったことを少し不服に思っていたのだ。


「まあいい……これが最後の部屋だ……。これが終わったら俺の楽屋でゆっくりとさせてもらおう」


 最後の楽屋に入ろうとノックをする竜弥。

 「入っていい」と言う合図を聞いてから竜弥は扉を開けて入る。


「本日はよろしくお願いします……!!」


 最後の楽屋に入った竜弥は頭を下げつつ軽く挨拶を済ませ顔を少しずつ上げていくと、そこには先日会ったばかりの老人の男性が立っているのを見て竜弥は今自分が見ているものが正しいのかどうか把握しようとしていると、老人の方から竜弥へと近づいて来ていた。


「まさか、こんなことがあるとは……」





「初めまして……私はクローバー・マルケニィというVtuberをしている者です」




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