第60話 人の優しさと温もり

「僕座りたい!!」


「駄目よ他の人が席を離れてから座りなさい」


 冬休み特有の子供と親の会話のそんなありふれた会話が聞こえてくる。この子供の声を聞いて譲らなきゃと強い意志を持って立ち上がる者もいれば、何事もなかったようにどっしりと座り続ける者もいるだろう。


 どちらかが正しいなんてことは敢えて問わないことにしよう。譲らぬ者も譲る者もそれぞれ理由があるのからだ。訳ありの人間が集うこの電車の中に明るそうな少女が一人自分の席から立ち上がり、前の駅から入ってきた家族達に話しかけていた。


「すみません、私次の駅で降りるのでもし良かったら……」


 彼女のたった一つの行動に乗客から注目を浴びていた。

 本来であれば誰かが席を譲っただけなんだなと終わるはずが彼女の明るく元気な声のおかげと言うべきなのかせいなのか、周りの乗客達から注目を浴びていたのだが本人はそんなことをいざ知らずに子供に手を振りながらも自分は立つことを選び、座ったのを見てから微笑みながらも彼女は窓から景色の方を見つめていた。





「お婆さん、私が持ちますね」


「あら、いいの?都会の子にしては優しいのねぇ」


「いえいえ!」


 横断歩道を渡ろうとしているお年寄りに対して気さくに声を掛ける風夏。お年寄りが手に持っていた多めな荷物を手に持つと彼女は嫌な顔をせず歩き始めていた。


「此処最近三月でも寒いですから散歩をしようにも大変ですよね」


「ふふっ、そうね。私も公園周りをよく散歩することがあるけどこういう寒い日が続くと大変なのよね。孫にはいつも転ばないようにと言われてね」


「お孫さんお婆さんのことが大事なんですよ、きっと……。あっ、そうだ。お婆さん知ってましたか?最近は着るだけで体が暖かくなるような服があるそうなんですよ」


 彼女は知識をひけらかす訳でもなくお婆さんに最近の服のことについて話をしていた。彼女の話を聞いてお年寄りの女性は「そんなものがあるのねぇ」と彼女の話を聞いていた納得しながらも「今度孫と一緒に探してみようかしら」と言っていた。


「ええ、是非そうして見てください」


 彼女にとってお年寄りの女性を助ける必要もお年寄りの女性を助けた後、軽い雑談をする必要もなかったはずだった。彼女は見て見ぬフリをすることも出来ていたはずなのにだ……。何故、彼女はそうしないのかそれは彼女自身で決めていることがあるからだ。


「え?私がどうして人に優しくするのかって……?」


 紀帆が彼女が関西に来たとき、何度も目撃したのだ。

 彼女が人に対して優しくするところを……。困っている外国人に対して英語で話したり、言語が分からないなら分からないなりに解決策を見つけ出して一緒に行きたい場所まで行ってあげたり、迷子になってしまった子供を探すために親といっしょに探したりと……。


 一緒にいた紀帆にとっては折角風夏が関西まで来てくれたのだから案内がてら観光をしたかったという気持ちがあったのか少し意地悪をする為に彼女にどうしてそこまで人に優しくするのかを聞いてみたのだ。


「うーん……私は別に優しくしているつもりはないんだよね。だって人として当たり前のことをしているんだよ?」


「人として当たり前のことを……?」


「うん!」


 紀帆はこれ以上風夏から何故人助けをするのか聞き出すことはなかった。

 彼女の行動を見ているからこそ彼女の言う当たり前がとても簡単にできるものじゃないというのを頭で理解してたからこそ聞き出すことはなくなり、紀帆は風夏のことを同期でもありつつ誇れる友人になった瞬間でもあったのだ。




 どうして怯えているの?と言われた風夏は自分が今まで大切にしていたことを記憶という書物から取り出していた。紀帆に何故人に優しくするのかと問われたときのことも書物から取り出していた。


「私は怯えてなんかないなよ」


「……嘘だね」


 目の前にいる竜弥だと思わしき人物は風夏の言葉を否定する。

 まるで彼女のことなど分かり切っていると言わんばかりにキミが言い切った言葉は事実ではないと否定していたのだ。


「怯えているよ、さっき海外の人に道案内をしているとき、キミは怯えていたよ。それは相手の方が身長が大きくて筋肉も付いているからじゃない。怖いんでしょ?本当は人助けが」


「うん、怖いよ本当は……」


 当たり前のことを当たり前にする。

 人助けをするということが怖くないということを偽ることなく伝えてきたことで竜弥は正直に答えてきたことに対して少し驚きを見せていた。虚勢を張る為に怖くないと言うと予想していたからだ。予想とは違うことを言われて一瞬、怯む竜弥であったが言葉を続ける。


「ならそんなことしなくてもいいじゃないか。結局の人助けなんて言うものは助けてもらった方が付け上がって次も助けてもらうとする奴らのばっかりだ。僕はこういうのをなんて言うのか知っている。依存だよ。他者に助けてもらおうとしているだけで自分の手は汚す事も考えない」


「じゃあ自分の手を汚すことが常に正しいのかな」


「それは……」


 竜弥と思われる人物は言葉を詰まらせていた。

 彼女の言う通り、必ずしも正しいなんて言えるわけが無かったが今の竜弥にとってある人物は復讐することは必ずこの手を血で染めなければならないと決めていたがそれ以外のことで手を汚す気はなかったのだ。


「ありがとうね竜弥君、心配してくれて……。でも私は大丈夫。確かに当たり前のことを当たり前のようにしたってつけ上がる人は居たよ。でもね、それでも私はやめたりはしないよ?私は決めたから、当たり前のことを当たり前にやるって」


「……どうして?」


「言語化するのは難しいけど私が私である為かな」


 自分が自分である為……。

 竜弥にとってその言葉は刺さるものでしかなかった。自分を何度も見失ってきた竜弥だからこそ彼女の言葉を重く捉えていると、彼女は鞄の中からパンを取り出して来ていた。ホットドッグでも食べ始めるのだろうかと思っていた竜弥であったが、彼に渡してきたのは麺が太めなものが挟まっているパンであった。


「これあげる竜弥君」


「……焼きうどん?」


 珍妙な顔をしながらもパンに包まれているものを見る竜弥。

 竜弥は心の中で「焼きそばパンなら見たことがあるけど……焼きうどんパン?」と物珍しそうな表情をしていたが、彼はあることを思い出す。彼女は先ほど好きなものとして焼きうどんを上げていたことを……。


「自分の好物をパンで挟んだってこと?」


「そうだね、焼きうどんパンなんて聞いたこと無いよ!ってみんなから言われるけど私は好きなんだ!美味しいから竜弥君も食べてみて!」


「え?え?あっ、うん……」


 自分が聞きたかったことは全て聞いてしまった為、こちらばかり聞くのもなんだか申し訳ない気持ちとなってしまった竜弥は風夏から焼きうどんパンを受け取り、「ありがとう」と伝える。


「いただきます……」


 焼きうどんパンを口に運んだ瞬間、もちもちとした食感が広がり、焼きうどんの香ばしい香織が鼻をくすぐる。口の中でパンと焼きうどんが一体化としており、感じたことがない味に目を閉じてしまう。パンの丁度いい具合の柔らかさと焼きうどんの腰が絶妙に絡み合い、味わい深い味になっているようだった。ほんのりとした甘みと醤油の風味が絶妙に調和し、口の中ではひとつのハーモニーを奏でている。


「美味しいねこれ」


「でしょ?みんな焼きうどんを挟むなんてありえないって言うけどちゃんと美味しいんだよ。竜弥君が初めてだよ。焼きそばパンの方がいいって言わないでちゃんと食べてくれたの!」


「そ、そうだね……本当に美味しいよ」


 彼は彼女の煌びやかな笑顔を見て少し照れていた。

 心の中では彼女の笑顔に圧倒されてしまい、どうにかして照れ隠しをしようとしているようだった。


「風夏さん……」


 彼女の輝きというものに彼の心は強く刻み込まれていた。

 此処まで彼女の魅力というものに魅了されているのには理由があった。彼の人格は千里と出会う前、母親に殺されかけたという事実に耐えられなくなり、一番最初に消えた人格であった為綾川千里のことを知らないのである。


 人の愛というものを知らない。

 その為、宮下風夏の笑顔や優しさというものが彼の中で印象強くさせていたのだ。


「ん?なにか言った竜弥君?」






「な、なにも言ってない……!!」


 自分という人格はもう死んでいるはずの人間なのにこうして人の優しさと言うものに触れあえていることに本当に本当に嬉しくて仕方がなく彼は焼きうどんパンを噛み締めるようにして食べ続けていたのであった。





「いいなぁ……こういうの……」






『待たね樫川』

『俺が千里の傍にいる。絶対に守るから』

『……!!?ありがとうございます!!絶対大事にします!!』

『アタシが竜弥のことを守るから』


 それぞれみんなが色んな人達から優しさや温もりを貰っていた……。

 でも僕は……。






したことがないから……」





というものに……」

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