第59話 怯えた心
「此処が彼女との待ち合わせ場所か……」
樫川竜弥はある人物との待ち合わせ場所まで来ていた。
彼女のことを全く知らない為、どんな人物なのかと気になっていた。
「千里、宮下風夏ってどんな人なんだ?」
「うーん……多分すぐに分かると思うよ」
「どういう意味……なんだ?」
彼女はすぐに分かると言っていたのを聞いて、彼は一瞬考え込むように首を傾げており光の加減で、その表情がより一層曖昧に見えていた。彼の首を傾げる行動は彼の瞳を斜めの視点から見せるようにしていたのが功を照らし出したのか、黒に近い茶髪の日本人の女性が外国語でスキンヘッドの外国人と話していた。
周りから見ればきっとあんなにも怖そうでおっかなそうな外国人に話せるのは凄いなという気持ちが強かっただろう。実際竜弥もそういう目で彼女のことを見ていたが千里だけは彼女のことを見る目が違っていた。
「いつも通り」
まるで彼女の行動がいつもの行動と言いたげに見つめており、「流石だね」という賞賛を込めた表情もしていたのだ。道案内をされた彼女は「ありがとう」と言われて、手を振りながらも外国人の人と別れホッとしたように息をつき、慣れた手つきで自分のバッグの中からアルミホイルに包まれたホットドッグを取り出す。彼女の顔には満足そうな笑みが一瞬浮かび上がり、アルミホイルをゆっくりと開くと、温かい香織が鼻をくすぐり、心がほんのりと温かくなっていた。
「これがあるから頑張れる」と言わんばかりにホットドッグを一口入れると、肉汁と共に幸福感が口いっぱいに広がる。彼女の明るい瞳は、輝きを増していた。
「もしかして千里……」
目の前で良い行いをしていた人間が風夏なのかという確認を取ったのには理由がある。
彼女と言う人物のことを全く知らない彼は千里が見ている先の女性が自分達が待っていた風夏という女性なのではないのか?と判断し始めていたのからだ。
「そうだよ、彼女が宮下風夏」
ホットドッグをこの世の幸福を得ているように食べている彼女だったがホットドッグが自分の手の中になくなり、アルミホイルだけしかなくなっていることに気づくと彼女はこの世の終わりを見ているかのように自分の手の中に包まれているアルミホイルを見て少し凹んでいる姿を見た竜弥は本当にこの子が宮下風夏なのか?と頭にはてなマークを浮かべながらも彼女に近づいていくと、アルミホイルを見ていた彼女は誰かがこちらに近づいてきていることに気づいてみると、かつて千里から聞いた樫川竜弥という人物と一致していたのだ。
彼女は気づく目の前にいる人物が樫川竜弥だということに……。
明るめで少し髪の毛で目が触れているほどの茶髪に優しそうな瞳に柔らかそうな唇……。唇を話をするとき千里は少し恥ずかしそうにしていたのを覚えているけどきっと二人がそういう関係なのだからだろうと納得していたのだ。
「樫川竜弥君だよね?」
「ああ……一応聞くけど宮下風夏だよな?」
「うん、宮下風夏。好きな食べものは焼きうどんとホットドッグ。趣味はアウトドアと音楽。音楽を聴きながら自然に包まれてキャンプだとかハイキングをしつつ食べるホットドッグが最高なんだ」
「ああ、だからホットドッグをさっきも食べていたのか……」
「さっき食べていたのは自分にとって幸せなことをしたからなんだ。人を助けることは当たり前のことだと思うから当たり前のことを当たり前に出来る。人助けって言うんだっけ?こういうのは……そういう小さな幸せを私は積み重ねるのが大好きでそれを噛み締めたいから私はホットドッグを食べるの」
人助け……。
彼女の中では極当たり前のことであり、自然的なものでしかない。息をするように人を手助けし終わった後に至福の時間であるホットドッグを食べて一休憩するのが基本的である。
「風夏は凄いな、ああいうことをちゃんと出来るなんて」
「私は当たり前のことをしただけだよ?」
「その当たり前っていうのが案外難しいんだよな……」
竜弥にも経験があった。
高校時代は、誰か構わず助けようとして自分を刺殺してきた人間すらも説得しようとしていたほどだったのだから。かつての彼はそういう人間であり、その辛さと痛みを知っていたからこそ難しいという言葉が出ていたのだ。
「でも難しいって知っているからこそ当たり前のように出来るんだろうな……本当に凄いよ風夏」
彼女の言葉を聞いているだけで竜弥はなんとなく察していた。
彼女はこれが一回目ではない。何度も同じことをしていると……人助けと言う名の当たり前の行動が彼女にとって小さな喜びになっていることを……。
「ありがとう竜弥君、お近づきに印同意してくれるかな?」
自己紹介を済ませた風夏は彼に握手を求める。
彼女は新しい出会いを大切にするタイプ。初対面の相手との握手も、その瞬間に込められた意味がある。今日も彼女は新しい出会いに心の中で乾杯をしながらも期待と緊張を胸に手を差し出していた。
「ああ、いいよ」
竜弥はそっと手を差し出して軽く開いた指先が指先と交じり合い、握手というものが完成していた。竜弥は彼女の瞳を見ながらも彼女の手を握っていたが彼女の可愛らしい顔に一瞬魅了されそうになっていたがもう一人の竜弥が「なにしてるの?」と怒りつけると、頭を横に振り正気を取り戻す。
「……非の打ち所もない人だな」
少し予定来るのが遅れたということは起きていたがそれ以外は彼女が完璧であるというところをはっきりとさせるものがあった。彼女は人当たりが良く、明るく元気な女の人だということ……。彼女が当たり前のことを当たり前に出来る人だということを……。
それこそ思わず見惚れてしまうほどに顔も良く本当に非の打ち所がないのだ。
「よろしくな、風夏」
竜弥が珍しく女性のことを名前で呼ぶ。
いつもであれば名字から入る彼であるが、彼女という人物を目の当たりにして敬意を込めてのことだったのだろう。彼女の手をしっかりと握っていた彼であったが、彼女の方は違和感を感じていることには全く気付かなかった。
「なに……これ……?」
彼女は少し特殊な人間だった。
話をしているうちや握手しただけでその人間がどういう人間なのかを大体理解できるのだが今回それが災いを呼ぶことになったのだ。
「竜弥……君の中に複数の影がある……ような気がする……」
気づいたのだ。
彼の中に何人ものの魂を感じ取ったのだ。感じ取った魂が一つ一つ形作られており彼を形成させているような感じがしていたのだ。その中でも特に彼女の身の毛がよだつような恐怖心を感じ取らせていたのが怒りと憎しみに囚われた魂。他の魂は全く別の負の感情を抱いており、彼女は負の感情を持つ魂に違和感があったのだ。
『聖人君主……か』
彼の中でもっとも狂暴の人格の一人が彼女のことを先ほどまで心底面白くなさそうに見つめていたが、観測されたことに気づいて面白いことが起きたようだと笑っていたのだ。
『何処までそれを続けられるか……見物だな』
彼は彼女のことを嘲笑うかのようにして彼の魂の中で笑い続けていたのだ。
「だ、大丈夫か……?風夏?」
「え……あっ、うん。私は大丈夫だよ竜弥君。なんだったんだろう……あの感覚は……」
最後の方の言葉は竜弥から聞こえないように言っていた。竜弥から感じていた違和感を一旦忘れようとする風夏。彼の中で感じていた嫌な違和感を風夏は感じながらも出来る限り表情が強張らないように気を付けながらも彼女は竜弥から手を放すのであった。
「二人共行こ?」
「あ、ああ……」
「……竜弥、大丈夫?」
「だ、大丈夫だ……」
千里が竜弥のことを少し心配していたが彼の中で何かが起き始めていたのだ。
先ほどまで聞こえていた怒りの心を持つ竜弥のことではない。彼の味方をしている竜弥のことでもない。それ以外の何かが彼に話しかけていたのだ。
『僕と変わって……』
もう一人、最初の人格である樫川竜弥が彼に変わるよう話をしていたのだが彼は応じることはなく、二人の後を追いかけながらも香織達がいる喫茶店を目指し始める。
「千里、竜弥君とはやっぱり付き合ってるの?」
竜弥が少し遅れる形で歩いているなか、風夏は千里に対して気になることを確認する。風夏からの言葉を聞いて度肝を抜かれたように驚く千里。風夏は知っていた、千里が竜弥の話をしているとき嬉しそうに笑っていることを……。
千里が軽く頷きながらも楽しそうにしているのを見て風夏も少し嬉しそうになっていた。
企画のときに楽しそうに映画館のときの話をしたり、4問目で相手から貰って嬉しいものは?というお題のときに彼女は何かを最初は書いていたようだが途中で書き直して「マグカップ」と答えていた。そのときはまだ竜弥が書き終わっていなかったので誰も知る由はないのだが彼女はなんとなく気づいていた。
愛情だということを……。
「二人共、本当に仲が良いんだろうな……」
二人の答えが一致することはなかったが、二人の仲の良さというものは視聴者及び出演者の誰もが感じていただろうと風夏は思いつつ少し彼女は明かりのように照らし出された笑顔をしていた。
「うん、そんなところだよ」
今日もまた彼女は人に対して当たり前のことをした後に紀帆たちがいる喫茶店にやって来ていたが彼女の前にいた。
「もしかして……?」
「うん、私が宮下風夏。よろしく……えっと」
「八十科恵梨」
風夏が手を差し出してきたのを見て恵梨は握手に応じる。
見ただけで恵梨には分かったことがある彼女と言う存在がとても眩しく見ており、明るいお日様のように見えていた。彼女がこのような感じを覚えたのは竜弥と千里以来であった為、少し彼女のなかでこのような感覚を覚えたことに驚かされていた。
「力強く明るい歌声を持つ神代マナ……彼女の力というものを感じた気がする」
ただお互いに自己紹介を済ませて握手を交わしただけでなんとなく恵梨は彼女のことが分かったような気がしていたがそれは風夏もだった。
「NoA……あの人のイラストが人の心を穏やかにさせるもので彼女の歌声が何処か人の心に響くものなのが分かった気がする」
彼女が描くイラストは犬と人間の共存を描いているものが多く見ている人々を穏やかな心にするものが多い。かつては荒々しい心を持っていた彼女であったがその心も今は落ち着いている彼女の心は歌やイラストと言う気持ちが籠ったものに人の心を響かせるものへと変貌を遂げていたのだ。
風夏は他の人達とも自己紹介を交わしながらもやはり竜弥と握手をしたときと同じようなものを感じることはなく、彼女は一瞬首を傾げていた。
「流石に全員同じ席っていうのは無理だから私と恵梨がそっち座るよ」
香織は自分が頼んでいたものをまとめながらも店員さんを呼び、もう一テーブル使っていいかと尋ねると店員さは慣れた口調で「どうぞ」と言っていたのを聞こえながらも頭の中では「クソが……勝手に集まってパーティーを広げやがって」と勝手な想像を頭の中でしながらも彼女は席を変えようとしたとき、風夏が首を横に振りながらも「大丈夫です」と言おうとしていた。
「あー大丈夫だよ、私はぼっちなのには慣れてるから。友達と話せる方が楽でいいの」
「私はぼっちじゃない……」
「裏切り者なのは知ってるよ!!」
「別に最初から裏切ったつもりもないんだけど……」
少し半ギレになりながらも香織は彼女の言葉に肯定を示す。
恵梨は無口で元ヤンで多少怖がられていたのは今は昔、大学に入って順風満帆にキャンパスライフを送っているのを知っており、彼女は心の中で「この裏切り者ォ!」と目で見ていたのだが、そんなくだらないことを話をしていると恭平と風夏が隣のテーブルに座ってしまう。それを見て竜弥と紀帆は隣のテーブルに座り、人数的に香織の方を選ぶべきと判断した千里と恵梨が香織の方に座る。
「え?あ、ああ僕の隣に座るんですね竜弥さん」
「駄目だったか?」
「ああ、いや……駄目じゃないですよ」
隣に竜弥が座って来てしまった為、少し点張ってしまう恭平。
推しに隣に座られて驚いたのだろうかと周りが感じているなか、恭平は少し照れている様子だったのは誰も気づくことはなかった。
「竜弥さん……あれ読んでくれたのかな」
誰にも聞こえないような声で恭平は意味深な発言をする。
彼にとってあれと呼ばれるものは大事なものであり、読んでくれたのか気になっていたのだがあまり気にし過ぎるのも良くないだろうと思って彼がメニュー表を取って何を頼もうかという行動を取る。
「恭平君が本当に高校生だったなんて驚きだよ。今は高校二年生?」
メニュー表を見ながら気を間際らせようとしていた恭平にとって嬉しい助け船であった。明るく楽しそうに話を始める風夏に彼は少し嬉しくなってしまっていた。話し始めるのにこんなにも楽しそうに喋る人は珍しいからだ。
「あっ、いえまだ高校一年生で……。四月を迎えたら高校二年生になるんです」
「そっか、じゃあまた一つ大人の階段を登るんだね」
恭平は風夏に言われた言葉が誉められているような気がしていて少し嬉しくなっているようだった。彼の中で彼女という人物はライバルの一人ではあるがとても心の優しい人だということが分かり嬉しくなっていると、隣にいる紀帆が頼んでいたアイスコーヒーを飲みながらもこう言うのであった。
「こいつがほんまに大人の階段を登れてるんか?」
「紀帆、そういうことは言わないの。恭平君だって少しずつ登って行ってるもんね!」
「は、はい……!!」
恭平は今飼い犬のような状態になっていた。
飼い主に褒められる度に嬉しそうに尻尾を振り、ヨシヨシと撫でてもらっている状態。隣でそんな状況を見つめていた紀帆は笑いそうになりながらも恭平のことを揶揄っていたのだ。
「ガチファン君、飼い慣らされてるじゃん。いいの恵梨?」
「なんで私に振るの?」
「だってねぇ……ベストカップリング優勝者だよ?」
嫌悪感を抱いていた香織が言いたい事がなんとなく伝わって来た恵梨は思わず香織のことを睨むと、香織は「冗談だってば冗談!!」と手を横に振りながらも否定の意志を示していた。
「でも確かに恵梨は恭平君のこと大事にしてるよね」
「うっ……まあそれは……当たり前だから」
千里にまで恭平のことを大事にしていると言われてしまい、恵梨は否定することが出来なかった。確かに自分は恭平のことを大切にしているからこそ否定することがまるで出来なかったのだ。
「にしてはちょっと入れ込み過ぎちゃう?」
「それだけ恭平君のことが大切ってことだよね?恵梨」
「うっ……そうだね、風夏」
畳み掛けるようにして言われ続ける恵梨は否定することが出来ず、曖昧な返事で濁すことしか出来なかったが恵梨は少し気になっていたこのことを竜弥はどういう気持ちなのだろうかと……。あの企画の後だしきっと引かれているよね……。と彼女は思っていたが、当の竜弥は「二人共本当に仲が良いんだな」としか感じていなかったのだ。
「あの企画のことで言えば、風夏さんと紀帆さんって普通に仲良さそうに見えるんですけど‥…どういうことなんですか?」
恭平が気になっていたことを聞き出そうとしていた。
隣にいる竜弥は彼の言葉を止めようとしていたが「ええよええよ」と言いつつ紀帆は竜弥を止めていた。
「あーアレはウチがいつかのオフコラボのときに風夏に雑絡みをしたのが始まりでそんときに風夏がどんどんウチに難儀になってきて雑になってきたのが理由やねん」
「そんなこともあったね」
「もう忘れてるんか!?」
体と心に馴染み過ぎていて最早あまり覚えていなかった風夏。恭平は続けるようにしてそのオフコラボで紀帆がなにをしたのか聞いたところ、紀帆がずっとダル絡みをしていたことが事の発端であった。最終的には彼女に抱きつこうとしていたところを雑に扱われるようになったのも事の発端である。
「……紀帆さんが悪いだけじゃないですか」
「ぁん!!?もういっぺん言うてみや!!」
「私達の行きつけの店で暴れないでね、二人共ボコすよ」
「「すいませんでした」」
二人は喫茶店内で互いににらみ合いを始めようとしていたが恵梨のボコすから発言によって二人は怒りの矛先を向けるのをやめて謝罪をしながらも二人はお互いにお互いの手を握りつぶしながら握手を交わすを隣の席から見ていた恵梨は溜め息を吐いていた。
「こんな大人数で喫茶店で過ごすなんて初めてだねぇ」
「いても四人か五人だったから……」
喫茶店を出た後、昔を懐かしむようにして香織と恵梨が話をする。
此処を多く利用していた高校時代の記憶が今のことのように思い出すのは千里や香織、恵梨もそうであった。恭平と紀帆は二人が懐かしむような様子を後ろから眺めながらもある二人が何処へ行ったのか気になっていた。
「気になるの?」
「え?まあ……そうですね。二人だけの話っていったいなんでしょうか……?」
恭平は竜弥たちが進んで行った路地の方を見つめていた。
二人の姿はなくどうやら路地裏の方へ進んで行ったようだ。
「変なことやないとええけどなぁ……?」
「何が言いたいの?」
「な、なんでもないやで……!!」
紀帆が少し面白がった反応を見せると、恵梨は冗談とは捉えず紀帆の言葉に威圧的な言葉を投げかけると、紀帆は先ほどのこともあってビビっているようだった。
「どうしたの?竜弥君?話って……?なにか相談したいことでもあるの?」
「ああ……」
狭い路地裏は薄暗い街灯の明かりが頼りない影を落としていた。高いビルの間に挟まれているその場所は、昼間でもほとんど日光が差し込むことはない。それが夕方なら尚更だ。地面は雨上がりを表すようにして湿っており、所々に小さな水たまりが点在している。
「千里のこと?だったら私は参考になれるか分からないけど……」
「違うんだ……」
暗がりの路地裏で小さな街灯が彼の体の半分を照らし出されていた。
照らし出されてないもう半分の彼の表情は笑ってはおらず、悲しそうな表情をしているように彼女には見えていたのだ。不気味な静寂と陰影の中で竜弥の口が再び開き始めると、言葉が出始める。
「どうしてそんなに怯えているの?」
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