第54話 新たな出会い

『アタシはね、樫川……。音楽で色んな人を教えたいの。音楽という形作られたもので人々を救うことが出来るって。どんなに辛いこともどんなに悲しいことも音楽というものは寄り添うことが出来るから』


 誰も使ってない鉄棒、誰も使っていない滑り台、誰も使っていないジャングルジム。

 公園の先から見える街灯が淡い光が放つ中、静寂に包まれている夜の公園では一人の女子中学生がブランコに乗っていた。金属製の鎖がギシギシと音を立てて、彼女の体がリズムよく揺れるのと一緒に彼女の結ばれている髪を揺らしながらも彼女は自分の音楽観を話していた。


 彼女の話している内容は彼女の歌声に導かれるようにして声が聞こえる方までやって来ていた自分にとっては共感が出来るものだった。共感が出来る内容だったからこそ頷いていた。


『アタシの演奏聞いてくれてありがとう、それじゃあまたね樫川』


 少し彼女と話をした後、満足そうに手に持っていたベースが入ったケーㇲを肩にかけて彼女は自分に手を振りながらも去って行くのであった。


『綾川千里か……』


 初対面だというのにこれほどまでに惹かれてしまったのは何故だろうか?と当時の自分は疑問に思っていた。彼女の歌声?彼女の容姿?彼女の性格?どちらなのだろうかと悩んでいて答えを出すことは出来なかった。


『また会えるといいな……』


 悩みながらもまた彼女に会えるといいなとちょっぴり嬉しくなりながらも自分は帰ることにしていた。これが僕にとっての綾川千里との出会いだった。彼女との出会いが僕を大きく変えることになり、僕もまた変わろうと願い続けてた。彼女という存在に少しでも傍に居られるのなら僕は変わりたいと……。





 ◆


「今日だな……」


『いよいよだね……』


「ああ、だな……」


 後ろからもう一人の俺の声が聞こえてくる。

 もう日常のように聞こえてくる為、俺は気にすることはなかったが一度だけ人がいる前であいつと話してしまったことがあった為、俺は辱めを受けることになり隣で話しかけていたもう一人の俺は笑っているようにも見えていた気がする。これは幻覚な気がする、というか幻覚であってほしい。自分に笑われるのはなんか凄い、嫌だ。


「ベストカップリング……出ると聞いたときは少し驚いたけど此処まで来た以上全力でやるしかないな」


 千里から話を聞いたとき、嫌な予感を感じながらも千里の口からベストカップリングなんて言葉が出るなんて想像もつかなかった。


「嬉しかったな……」


 ちょっと顔を赤くなってしまうが、カップリングという枠組みというのは置いておいて千里からベストなんて言われるのが少し嬉しかった気持ちもあったからこそ俺は「これ俺達無双すると思うけど大丈夫か?」と聞いてしまったのだ。


 実際、悪くはない提案ではあった。

 俺達の今後の為にもこの企画に出て俺達が付き合っているというを伝える為の段階へと一歩ずつ踏むことが出来るのだから。


「もっかい企画の資料とか読んでみるか……」


 念の為、企画の資料を読み返そうと一ページには企画者及び進行役の名前が記載されている。どんな人が司会をするのかあまり目に通していなかったなと目に通しつつ、明日企画の当日なのになんでそこだけちゃんと目を通していなかったんだと自分で自分に突っ込む自分が現れていた。







「城崎ハク……?」


 エアコンから流されていた暖房の風が一瞬止まり、部屋全体が冷気で包まれたような気がしていた。部屋の中の空気が重くなり、まるでこれから何が起きるのを予感するようであった。俺は城崎ハクが姫咲香織だということを知っている。


 知っているからこそ不安でしょうがないのだ。

 話が面白いから聞くのは嫌いではなかったが、俺は香織がカップリングの話になるとかなり長くなるのを知っていた為、この企画彼女が暴走しないのか不安でしかなかった。


「仕方ない……なるようになることを祈るしかないか……」


 溜め息を吐きながらも俺は企画の資料の続きを読み進めるのであった。






「ん?誰か千里と通話してるな……?」


 ベストカップリング企画、当日……。

 俺は千里と企画前に少し通話をしようとしていたがどうやら別の人と通話をしているようだ。名前は神代マナという人らしい。確かこの人は千里と同じVsigerの人で千里とはかなり仲が良く歌枠コラボを二人でしたり、どっちかの家で一緒に歌ったりゲームをしたりと結構仲が良い印象がある。


「入ってきていいよ」


 通話に入ることを躊躇っていると、千里から通話に入ってきていいよと言う連絡を受ける。ほぼ友人に近しい二人が話しているときに果たして入ってもいいものなのかと少し気まずくなりながらも俺は通話に入ることにした。


「初めましてですよね、神代マナさん」


「こちらこそ初めまして!アンナの彼の神無月ロウガさん!」


 千里が俺のことを「彼」と言う言葉を使われて少し嬉しそうにしているような気がして俺は心が温かくなっていた。「彼って呼んでくれるんだ」と言っている声が聞こえてきたからである。


「マナ、アタシ達はまだ正式なカップルじゃないの」


「あんなに仲良さそうなのに違うんだ」


「今は……ゆっくりと関係を温めているところだから」


 千里は少し濁しながらもマナと言う女性に話していた。

 俺の耳に彼女の言葉「彼」と言われたとき、少し鼻が痒くなるような恥ずかしさもあったが心の中に光が広がって行くのが伝わり、嬉しさが体全体に広がっていく気がしていたのだ。


「じゃあ二人は今はホットな関係ってこと?ごめんね、二人が通話でお話しようとしているときに先に電話しちゃって……!でもアンナの彼の声が聞けて良かったよ!綺麗な声だし、元気が出る声だね!」


「ありがとう、神代さんこそ噂に聞く元気で明るい声だな。前に一度歌ってみたを聞いたことがあるんだがとてもパワフルな歌声でこっちまでも明るくなりそうでとても良かったよ」


 彼女の歌声はまさに圧倒的だった。

 ステージで聞くことがあれば、それまでの空気が変わりきっと見る者全ての心を鷲掴みにさせて離さないだろう。それは千里にも言えたことだが彼女の特徴的なのは声から放たれる声量お化けのパワフルな歌声。全力の力強さに嵐のように会場全体を包み込み、心臓が踊るような感じがするだろう。


 きっと千里と彼女、そして恵梨が組めば最強のVsingersが結成されるだろう。

 あの三人が組めば、一音一音がまるで空気を振動させるかのように心の奥深くまで届くこと間違いないはずだ。


「え~!?ほんとに?褒めても何も出ないよ?でもありがとうね」


 彼女の特徴的なのはこのギャップ差だ。

 アンナもかなりギャップがある方だが彼女の場合喋っているときはちょっとノリが軽く明るく元気で活発な女性という印象だが歌い始めれば別人のようになる。歌が終われば、また元の明るい彼女に戻り、気軽に笑顔を見せるギャップに多くの人が魅了されていると言ったところだろう。


「あっでも神代さんはちょっと距離感あるから気軽にアンナでいいよ」


「いや流石に初対面の人をいきなり呼び捨てはな……神代でもいいか?」


「うーん……いいよ!」


 俺は基本的に女性のことを最初から名前呼びにはしない。

 向こうからすれば距離感を感じられてしまうかもしれないがその方が色々と都合がいいかもしれないからだ。


『恥ずかしいだけなんじゃないの?』


 ……俺自身の言葉だから反論が出来ない。

 ああ、そうだよ。俺が実際女性のことを呼び捨てで最初から呼ばないのは俺がヘタレだから以外理由なんかない。つーか後ろから声を掛けられるのって本当に変な気分だな。コントローラーを取り上げられた気分だ。


「あっそろそろ集合の時間だから行ってくるね、二人共応援してるね!」


「ああ、じゃあな……」


 神代マナ……。

 配信で見た通り、明るくて元気な人だったな。まるで真っ暗闇な夜の中にただ一つの街灯のように明るい人だった。きっとあの明るさで周囲を元気にしているのだろうな。そして、あの人もまたこのベストカップリングに出るというのは俺は知っていた。比較的俺は千里の配信を追っているから知っているが彼女はもう一人大変仲が良い同期がいる。千里の配信でも度々名前が出たりしていて千里自身もコラボしたことがあった。確か名前は浜羽はまうサユだったか。


 彼女のことを頭の中で考えていると、もう一人の俺がなにか言ってきている。


『なんかさっきから綾川喋ってなくない?』


 そうか……?と首を傾げていたが、言われてみれば途中から俺と神代が喋っているだけだったのを思い出して。俺は「千里、千里?」と声を掛けるがあまり反応がない。もしかして嫉妬させてしまったか……?


「……アタシ以外の歌みたとかも聞くんだ竜弥、しかも女性の」


 予感は的中した。

 どうやら千里は自分以外の歌みたを聞いていたこと、しかも女性のを聞いていたことに少し不服に思っているようだった。


「……!?あっいやほら……神代はボイトレとかの動画とかも出しているから結構参考にしているんだけであって……悪い!!!」


 途中まで言い訳をしようとしていたが、どう頑張っても言い訳にならないのに気付いて俺は素直に謝罪をすることにした。


「なんて嘘だよ竜弥、別にアタシは気にしてないよ。ただ彼女がいるのに相変わらず誑しなところは変わってないんだなって」


 相変わらずだとでも言いたいのか、「冗談だよ」と言いながらも千里は言ってくる。

 恵梨も似たようなことを言っていたな、俺は誑しだって……。


「……いや、神代はそんなに俺に好意を向けてなかっただろ」


「そうかな?割とマナは好意を向けていたと思うよ」


 そう……なのだろうか?

 俺はよく分からないというのが本当なところだった。彼女は普段の配信の通りに話していただけだろうし、あれが普通なんじゃないんだろうか……。俺は頭の裏を掻きながらも彼女の様子が普通だったとしか思えなかったのである。









「千里……滅茶苦茶良い彼氏見つけたじゃん」


 ただ俺は知る由もなかったが神代マナという女性は本当の意味で明るくて元気で活発な女性だと言うことをこのときはまだ知らなかった。










「さぁ……出演者の皆様!視聴者の皆様!!大変お待たせいたしました!!今宵はとてもホットで暑い関係のベストカップリング達が集いし企画!!この中でたった一組が最高にベストなカップリングになれるという訳です!!」





「好きなものはボーイ・ミーツ・ガール!!アニメの男女のてぇてぇ関係大好きVtuberの城崎ハクです!!」







 あっこれ駄目なときの香織だ。




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