第53話 離れたりしない

「與那城の奴……」


 微かに残る雪の中を俺は千里の手を握りながらも二人っきりで歩いていた。


『私今日の案件の内容まとめておくから二人はこの温泉地散策しておいてくれよ!』


 旅館で手続きをして荷物を部屋に置いて少し寛いだ後に與那城が元気よく言ってきた。

 最初は案件のまとめなどを書かなければいけないから断ろうとしたが與那城が私がやっておくから!と言われ俺たちは渋々外に出ることにしたのだ。


 三人で見に行った方がより良いものを見れるかもしれないと言うのに與那城は気を使ってくれた。俺と千里が二人っきりで居られる時間を作り出してくれた。


 俺達より若いんだから今日の案件のまとめなんて俺達がやるべきことなのに……。


「與那城の分まで楽しんでくるか……」


 折角與那城がくれた機会なんだ。

 どうせならちゃんと楽しむことにしよう。此処で変に妥協をすれば旅館に戻って来た後に與那城にヘタレ扱いされるだろうしな……。既にもうヘタレ扱いされているかもしれないが……。


「千里、大丈夫か?」


 俺が千里に声を掛けると、旅館に向かっていたときよりも足がちゃんとしてきていた。

 此処に着いた時点ではかなり不安定な様子で歩いていた為俺はなんだか中学三年生の頃の千里のことを思い出していた。あの頃の千里は本当に今の千里からは想像が出来ないほどの人間だったし、あの頃の千里があるからこそ今の千里があるんだろうな。


「少しだけ雪の歩き方のコツを教えるとしたら、重心を前において、できるだけ足の裏全体を路面につける気持ちで歩くことだな」


「詳しいんだね竜弥……恵梨に聞いたの?」


 俺に言われた通りに千里は重心を前に置き始めている。

 それにしても俺が千里に何かを教えるときが来るとはな。嫌味ではないが勉強を教えていたことはあったけどまさかこんなふうに成人してからも教えることがあるとは思ってもいなかった。


「いや……昔雪が降ったときに転びそうになったことがあってな。そのときに転ばない雪道の歩き方を調べて数時間練習したことがあったんだ」


 転んだときに周りの人達に少しダサッと思われていたのは伏せておくことにした。テレビとかでよく雪道を歩いていて転びそうになっている人達なんて割とザラに映っているように見えるけど自分の目で目の当たりにするとダサいという感情が強くなるのかもしれない。


「じゃあ竜弥はアタシの先輩みたいなものだね」


「先輩か……だな……」


 雪の道に不慣れと言う意味ではということを言いたかったのかもしれない。

 確かにそういう意味では俺は千里にとって先輩ということになる。千里の先輩か……。俺より千里の方が先輩感が強いからなんというか違和感が強いなと笑っていると、握っていたはずの千里の手がかなり角度が曲がったような感覚がして俺はすぐに後ろを振り返ると、千里が倒れそうになっているのを見て俺はすぐに彼女のことを体で支えた。


「大丈夫か?」


「う、うん……」


 千里が転びそうになったのを支える形でこうなってしまった態勢ではあったが、俺は悪くないと感じていたが彼女の頭が大体俺の心臓部分にあったこともあって、俺の鼓動が聞かれていないか心配になっていた。


 どちらかと言えば、周りにカップルがイチャついていると思われていることを気にした方が良かったのかもしれないが俺は気にしている余裕もなかった。


「ごめん、変なところ見せたよね」


「気にするなよ、さっきも言っただろ。俺だって雪道で転んだことあるんだから。それに変なところだって言っても俺の方が千里の前で見せまくってるだろ?この前のデートだってほとんど千里の顔ばっかり見てたんだから……」


「やっぱりアタシの顔ばっかり見てたんだ」


「……悪い」


 自分で口にしていたことがどれだけ情けないことなのかは口にしてから理解させられることになりながらも俺はそれを噛み締められつつ彼女に謝罪していたが彼女は引いてはおらず、口元を見ると笑っているように見えていた。


「でもアタシはちゃんと知ってるよ……竜弥はアタシの前じゃ情けなくっちゃうけどそれでもカッコよく見せたいって言う気持ちがあるって言うこと……。今だってアタシにとってこの幻想的な雪景色に負けないぐらいカッコよく見えているからさ」


「なんでそんなに……?」


「そんなの決まってるじゃん、今アタシに見せてくれたように竜弥は危ない時はアタシに手を差し伸べてくれる。いっつも言ってるよね?竜弥がアタシを支えてくれたって言うのは物理的な意味もあるけど、精神的な意味合いもあるんだよ?覚えている?アタシがもう音楽辞めたいって弱音吐いたとき千里の音楽に救われている人は大勢いるはずだって言ってくれたこと……。アレが本当に嬉しかった、こんなアタシでも救えている人達がいるんだって……!励ましてくれる竜弥の姿があったからこそアタシには竜弥がカッコよく見えているから情けないとか思わなないで……それと……!!」





「何度も言うけど……アタシは竜弥のことを離したりしないから!!だから例え竜弥が何かに悪い方向に呑まれようとも一人になろうとしても私が絶対に助けるから!!」


 根拠なんて聞かずとも、答えは俺も知っているものだった。

 中学時代の千里はメンタルがかなり弱く、音楽を放り投げようとすることもあったほどだった。自分の未熟さを呪い、嫌になっていくうちに辞めたいという気持ちがあったんだろう。ネットでどれだけ自分の歌声を褒められようとも顔が見えないからこそ本当に言ってくれているのかも分からなかったのだろう。


 だけど俺はあのとき言った。

 千里の歌で救えている人達は大勢いると……。これは本人に伝えてないが少なくとも俺もその一人だった。彼女と幾つも喋っているうちに自然と彼女と言う人間を知りたくなった、彼女という人間に心を許すようになっていた。一つの理由として彼女の歌というものが関係しているに違いなかった。


「昔の俺だったら逃げてたかもしれないけど……。今は違うってはっきり言える、俺も千里から離れる気なんてない。ないと思うけど、千里が間違った方向に行けば俺が絶対に助けるから……!!」


 もう一人の俺……。

 俺もこれなら満足だろ……俺はこれから先何があってもちゃんと千里のことを守っていくし、離れるつもりもないし、逃げるつもりもない……。俺はもう決めたんだ、彼女のことをこれから先幸せにしていくと……。







「與那城……ありがとうな……」


 独り言のように俺は與那城に感謝の言葉を言っていた。







 ◆


「温泉案件!!?」


 『二期生がこんなに大きくなってくれて俺嬉しいよ』

 『感極まってる人いて草』

 『でも実際凄いよね』


 私達は温泉案件の二日間を終えた後、その次の日に温泉ロケ……というより温泉案件のレポ動画みたいなのを上げていた。今コメントが流れているのは動画サイトのプレミアム公開というもので予約投稿みたいなのものだ


 既に動画は回っており、私が最初案件を貰ったときの音声が入っている。

 家に帰ったときは冷静になっていたが澤原さんから温泉案件の依頼が来ていると言われたときは本当にビビったもんだった。動画は更に進んで行き、場所紹介的なものが始まりつつあった。


 これに関しては竜弥の親友?の恵梨って言う姉ちゃんのと案件の資料、俺が知っている資料をまとめたのを紹介していた。ごちゃごちゃになっちゃうからできる限り分かりやすくまとめた内容を紹介していると、視聴者からも分かり易くて好評だったようだ。


「実は此処俺が礼法を間違えたかもしれなくてさ……」


 そして、一つ目の神社の紹介になり俺が茅の輪くぐりでどっちの方向に行くべきだったのか分からなくなった話をすると視聴者からは笑われていた。なんかムカつくけど笑ってくれているなら良し……!!そういや、竜弥もなんか間違っていたような気がするけど気のせいだったんだろうか。どうせなら竜弥のことも言ってやれば良かったな。


 次に二つ目のトンネルの紹介であったが此処は正直見所があんまりない為、養老渓谷のトンネルに似ているということに触れつつ車が来たら歩行者がちょっと危ないかもねって的なことを喋って昼食の話をした。


 昼食は海沿いの温泉地ならではの海鮮丼を食べたという話をした。

 温泉街で海鮮と言えば熱海のイメージがかなり強いけどホテルだけに限るなら房総半島とかあっちの方も美味しいものが多かったりする。でもまあ食べ歩きをしたいなら熱海の方が結構いいと思うけど。因みに此処の海鮮丼は滅茶苦茶美味かった。


 そして三つ目、四つ目の紹介となり最後に温泉地についての紹介となるのだが俺は此処でアドリブをぶち込んでいた。


「実は旅館に泊まる前、アンナが雪に全然慣れてなくてさ。ロウガに転ばない方法を教えてもらったりしてもらってたんだよ」


 流石に手を繋いでたことを言うのは死人が出ると思い、俺は言うことはなかったがこのとき動画に後付けする形で音声を入れていた為、台本を見ていた竜弥と千里は「え!?」みたいな表情をしていた。


 『久狼供給助かる』

 『久狼てぇてぇ』


 前回みたいにやり過ぎてないだろうし、これぐらいなら久狼好きも喜んでくれるだろうしなぁ……。ってコメント見たら本当に滅茶苦茶喜んでる。みんな案外カップリングとかいうの好きなりながらも竜弥と千里が少し顔を赤くしながらも温泉街の街並みや特筆すべき点等を話していた。


「んで此処の温泉は筋肉痛、疲労回復、五十肩とかに効果がピッタリなんだって!」


「じゃあロウガにぴったりだね」


「え?そんなふうに思ってたのか久龍……」


「あーいや苦労人だから効果的面だったんじゃないかなって!」


 『確かにロウガってなんか二人を引っ張り先生みたいな存在だよな』

 『二人より年相応に見えるからだと思う』

 『ロウガ先生!!』


 珍しくアンナが失言していて尚且つそれにショックを受けているロウガに少し面白くなりながらも俺は紹介を続けていると、ロウガが後ろの方で「俺、苦労人だと思われてたのか……」って引き摺っていた。此処編集でカットしなくていいの?と思われるかもしれないけど、案件の担当の人に聞いたら面白いからいいですよと言われた。案外ちょろいもんだぜ。


「ごめんねロウガ、今度ちゃんと埋め合わせするから」


「ほ、ほんとか……?」


「うん」


「おーい!!人がめっちゃ紹介頑張ってる案件中にイチャつかないでくれますかぁ!!」


 最後に俺がこの旅館のことや夕食とかの説明をしていると二人がイチャつき始めたのを覚えている。此処も使っていいと言われた。なんだ、もしかして担当者まで久狼派なのか。


「ごめんレイ、えっとねそれで朝食だよね。朝食は珍しい一品として巣蜜が出て驚いたよね。味は甘くてモニョモニョとした食感だったよね」


「あ、あーそうだったな。俺は甘いの好きだったから結構食べられた方だったな」


 巣蜜というのは名前の通り、ハチの巣のことである。

 え?巣蜜って食べられるの!?ってコメントが来ているが私たちが食べているということは食べられる物なのだろう。因みに俺たちが泊まった旅館は必ず珍しい一品が出ることが多く、夜のときは馬刺しを提供されたことも話をすると、コメント欄でいいなぁと言うのが溢れていた。


「ロウガ!いつまでぶつくさ言ってんのさ?ほら締めるよ」


「え?あ、ああ……」


 滅多に見られないであろうロウガの姿を見て俺は笑いながらも俺たちは最後の締めに入り、動画を終わらせることにするのであった。









「はぁ……やっと終わった」


 自分で後から動画というものを確認するのは何も初めてではないけど、若干噛んでいたりするところが気になって仕方なかった。旅館の女将になる人が噛み噛みじゃ母さんの顔や旅館に泥を塗っちまう。なんとかしないといけないと思いながらも私は床の上で大の字になりながらも私はこう一人で言う。





「私やっぱり竜弥に気を遣ってるのかな……」


 竜弥と千里がいる時間を作ってあげたのはあの二人がかなり仲良いのを知っていたからだ。いや、竜弥や千里の為とか言いながらもかなり竜弥に気を遣っていたのは間違いない。車の座席だって竜弥が前乗っていいぞと言われたのに後ろに座ったし。昼食や夕食のときだって千里と竜弥が向かい合うように座らせたし、竜弥がちゃんと千里と喋り出す前は私がなんとか喋らせようとしていたし……。


「そろそろ気づかれるかもしれないな……」


 本屋での一件もある。

 いずれ竜弥には気づかれてしまうときが来てしまうかもしれない。





 そうなったとき私はなんて言うのだろうか……。

 今の私には何も分からなかった……。




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