第52話 行動してこそ
「竜弥遅かったな」
「ん?ああ、悪かったな……」
與那城が不思議そうな顔をしながらもこちらを見てきた為、俺は出来る限り平常心で返事を返していた。戻って来た俺は先ほどまで俺自身と会話の内容を思い出していた。内容はあまりにも突拍子も無さすぎる話だった。
『キミの人格のなかの一人、高校生の頃の人格がキミのことを滅茶苦茶にしようとしている』
突拍子も無さすぎる話ではあったが俺は分からなくもない話ではなかった。
ホルモンを食べに焼肉屋に行ったあの日、俺は身体を乗っ取られて全てのものに対して強い憎悪と怒りを向けていた俺。中学生の俺曰くあいつこそが高校生の頃の俺だと言う話も聞いていたからこそ俺は分からなくもないと思い、彼の言っていることを信じることにしたのだ。
二人だけの話し合いを終えた俺達は当面の間はもう一人の人格である坦々が止めてくれているらしいとのことだった。俺はまだあいつのことを止める術がない。今のあいつはきっと俺のせいで怒りという感情に囚われてしまった。謝罪をするという選択肢はあるものの今のあいつではきっと話を聞いてくれないだろう。
なにかいいきっかけがあればいいのだが……俺は頭の中で自分と自分で作戦会議と言うなんとも珍妙な出来事のことを思い出しながらも神社を後にすることにした。因みにおみくじはちゃんと結んできていた。
「よしっ、まずは一つ目の案件はクリアだな」
車に戻って来た俺達、與那城が車の中でガッツポーズを決めながら次の場所に向かおうとしていた。この案件……最初與那城から聞かされたとき旅ロケ的なものをやるのかと最初は期待してワクワクしていたのだ。
昔テレビでああいうの見て憧れてたから一度やってみたかったんだよなって思ってたら全然違うようでどうやら指定された場所に行き実際に体験だとか見たりして見たりして後の案件配信で此処が良かったとか言う形になっているらしい。恵梨も旅が大好きな奴だから旅ロケいいなって羨ましがられたけど全然違うぞと言ったら「なんだ違うんだ」ってテンションが下がっていた。
「んで次の場所はっと……トンネルか」
このトンネル、俺は案件の資料を見るまでは普通のトンネルとどう違うのだろうか?と首を傾げていたがその違いは資料の写真を読んでみるとどうやら中にトンネルが二つあるというものらしい。二つに道が分かれるというそういったものなのかと思われるかもしれないがそれも違い、まあこればかりは行った方が早いだろう。
「着いたな……」
近くの駐車場に止めて第二の目的地である、トンネルに辿り着く。
「なんか千葉にある向山トンネルに似てるな」
「向山トンネル?」
「ああ、養老渓谷っていう房総半島の温泉郷があるんだけど……そこは滝と黒湯が有名で此処なんだけど、もう一つ見所があってトンネルの中にトンネルがあるんだよ。それに似てるなって……」
温泉地に詳しい與那城がスマホでトンネルのことを調べると確かに似ているトンネルのように見える。そう此処のトンネルはトンネルの上にトンネルがあるという與那城が話していたその向山トンネルというトンネルとほぼ似ているのだ。
「養老渓谷……?ああ、前に恵梨が房総半島一周するのに黒湯目当てで寄り道したって言ってた気がする」
「その姉ちゃんも温泉好きなの?」
「恵梨は一人旅好きって感じかな……?この前は一人でバイクで四国一周してきたって言ってたし」
與那城が「滅茶苦茶行動力ある人なんだな……」と言っているのが聞こえていた。
恵梨が一人旅好きなのは高校生の頃から知っていたし、割とそこまでする奴だというのも知っていた。高校生の頃は香織から教えてもらったキャンプのアニメ見て原付で一人でキャンプしに行ってたぐらいだったからな。俺は女子一人だと危ないから俺も付いて行こうか?と言ったが「一人で行きたい」と言われたこともあった。言われたとき俺はちょっと傷ついたけど……まあ今は俺がちょっと避けられたと勘違いして傷ついたなんて話はいいだろう。
恵梨との昔話に浸っていると、與那城が横で「あーでも四国って道後温泉があるしなぁ……」と言っているのが聞こえていた。本当に與那城って温泉に詳しいんだな……。
「それにしても車来たら大変だねこれ……」
「まあ来ないことを祈ろうぜ千里」
笑いながらも與那城が言っているのを聞いて「確かにな」と聞いていた。
実際かなり道が狭いトンネルではある為、車が来たりしたら大変ではあるだろうと少し用心していると後ろからエンジン音のようなものが聞こえて来ていた。
「早速おでましだな與那城」
「だ、だな……竜弥」
フラグ回収というのはこういうことを言うのかもしれない。
狭い道のなか、なんとか車に道を譲ると中にいた運転手が申し訳なさそうにしているのが見えていた。此処は元々人と車が共同に通るようにしているとはいえ譲り合いの精神に掛かっているところはあるな……道を譲り終えた俺達は軽く写真を撮ってトンネルを出て車の方へと戻るのであった。
『ねぇちょっといいかな僕……?』
「なんだ……?」
車の中に戻ろうとしたとき、頭の中でもう一人の俺に話しかけられる。
『どうして千里と全く話をしないの?』
「……悪い、二人共すぐ戻って来るから待っててくれないか?』
「え!?またかよ!?」
少し呆れ気味に反応する與那城に対して俺は「すぐ戻って来るから!」と言って俺はあまり人には使われてないようなトイレまで行くのであった。
「……一つ聞きたい事があるんだが」
『なんだい?』
「どうして俺はお前らの声が聞こえたり、姿が見えたりするんだ?」
オカルトチックなものだと片付けてしまえば、簡単ではあるが俺はどうしても知りたかった。何故彼らの声が聞こえるのか、何故彼らの姿が見えるのかが……。
『それに関しては僕達も分からない……。仮定の話をするとしよう。これはキミのことを傷つけたくて言っている訳じゃないと言うのも分かって欲しい』
「……構わない、言ってくれ」
『親に殺されかけそのショックで僕を生み、彼女に振り向いてもらうために高校生活のために新しい自分を作ったがストレスに苛まれてゲーム実況者としての自分を作り上げたが自分が刺されてしまい、大事な人が声を失って絶望して最後にキミという人格が生まれた。自分に対してこんなことは言いたくないんだけど……』
『キミは普通の人間じゃないんだ』
自分自身に事実を突き付けられてショックを受けるかと思っていたが実際は違った。
返って来た答え全てが俺自身が一番よく分かっていることだったからだ。あの全ての出来事が俺と言う人間を普通ではなくなってしまった。いや、そもそも俺と言う人間が普通の人間なのかすら怪しい。
誰の血を引いているかも分からない俺は……自分が怪物だとすら認識してしまうときもあったほどだったのだから。
『やっぱりこんなこと言うべきじゃなかったよね……』
「……いや、遠回しに言われるより事実をちゃんと言われた方が幾分かマシじゃないか?」
此処で遠回しに言われても返って俺は傷ついただけかもしれない。
言われないから分からないが勝手に予想して勝手に傷つくのが目に見えてはいる気がする。
『……そうだね、キミの質問には答えたよ。じゃあ僕の質問に答えて』
「なんで千里に話しかけないのかだったか……?」
質問に対して俺は回答に困っていた。
別に千里に対して話しかけづらいから話しかけて……話しかけづらいのは間違いないな。
「……この前の映画館デートやお前に言われて分かったことがある。俺はどうも千里のことを意識し過ぎている節がある……。高校時代の俺はそんなことはなかったんだが……あいつと二年間会ってなかったこともあって情けない自分を見せたくないっていう気持ちがあるんだよ」
『え?凄く今更じゃない?』
「悪かったな……」
否定できる術もない為、俺はそう返すしかなかった。
何も言い返すことが出来なかった俺はトイレを出て千里達の下へと戻るのであったがその後も與那城とは話すことが出来ていたが千里とは全く話すことが出来なかった。ビビっていても仕方ないのは分かっているし、情けなくなるところを見せたくないというのも今更過ぎるというのも分かっているつもりだ。
それでも俺は千里の前ではカッコつけていたいという気持ちがあるんだ。
◆
二個目のトンネルを終えたのはいいんだけど……うーん、あの二人やっぱり全く話そうとしない。なんでなのかは全く分からない。別に仲が悪いとかそういうのじゃなさそうし、気まずそうにしてはいるのはなんとなく分かるんだけどただそれが悪い意味ではないというのもなんとなく察しているんだ。
「まあいいや……旅館で最大限楽しんでもらうとするからな」
旅館に行けば無理矢理でも二人で話すことになるに違いないのだから。
それを心待ちにしながらも竜弥たちが居る前で鼻歌を歌っていると「上機嫌だな」と竜弥に言われて「まあな!」と返すのであった。先の楽しみもあってか私は三、四件目の案件を熟して最後に温泉地へと辿り着くのであった。
◆
「此処か……」
恵梨の情報では夜の夜景が素晴らしく綺麗でまるでダイヤモンドの輝きのようにも見えると恵梨が言っていたのを聞いたことがある。幻想的な景色が続くと言えば銀山温泉という山形にある温泉地も冬に行けばかなり幻想的な温泉街の姿を見れるというのを聞いたことがある。車の中から荷物を取り出して車の鍵を閉めて今日の宿を目指しつつ俺は歩き始めていた。
「凄いな……」
「……ああ、本当にすげえや」
入った瞬間目を奪われたのは街並みだった。
昔の時代を思わせる建物が多く建てられており、歴史というものを感じさせるものが多いのだ。まるで此処は映画の世界と言えるぐらいの場所であり俺達は目を奪われていた。また、三月ということもあり微かに雪が残されており夕方の時点でもかなり幻想的というのが伝わってきている。
「與那城転ぶなよ?」
「俺は大丈夫だよ、竜弥。こう見えても雪の歩き方は知ってるんだぜ?」
去年まで多少雪が降る地方に居たこともあってか與那城はどうやら雪に慣れているようだ。千里は……と振り返ってみると、あまり雪が降る地域に住んでいなかったのもあってか雪というものに苦戦しているようだった。
『どうして千里と全く話をしないの?』
……もう一人の俺。
そうだ、俺はあんなことを今更気にしている。千里にはどうせ俺がカッコ悪い奴だというのをバレているし情けない奴だというのもバレているけどそれでも俺は千里の前では出来る限りカッコつけたいという気持ちがある。
俺の手には冷たいものが重なり合っていた。
感じているのは温もりというものなのかもしれない。
「竜弥……」
「慣れてないんだろ?俺も慣れてないけどあんまり力入れ過ぎても転ぶだろうし俺が手繋いで支えてやるから。もし倒れそうになっても俺が支えてやるから」
「……じゃあ竜弥が倒れそうになったらアタシが支えるから!」
千里は笑みを浮かべながらも俺の手を繋ぎ受け入れて進み始める。
寒い雪の中ではあったものの、俺と千里の間の中では温かさというものがあったのかもしれない、雪が降り積もっていたが俺達の心は晴れやかなものになっていたかもしれない。手と手が重なり合っていることでそんな気がしていたのだ。
「やってみるもんだな俺……」
「ん?どうしたの竜弥?」
「なんでもない行くぞ」
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