第51話 対話
温泉地……。
私が言うのもなんだけど最近は活気に満ち溢れている温泉地が増えてきている印象がある。海外旅行客の影響だったり、温泉地自らが活気づかせるために行動を起こしたりしているのも一つの理由かもしれない。
季節ごとのイベントだったり特別な体験プログラムを提供していたりするところもあったりする。例えば、朝市を開いて地元の特産物を販売したり、観光客との交流を図ったり音楽イベントなどを開催が行われていたりする。そうやって活気づかせている温泉地がある一方で昭和の古い習慣が抜けずにそのまま朽ちて行く温泉地があったりするのも事実だけどな……。まあ、今はそんなことどうでもいいか。
今回私達が向かっている温泉地っていうのは上から目線で言うのもぶっちゃけどうかと思うけど、それなりに栄えてはいる温泉地。父さん達が働いている旅館の温泉地と比べてどっちが栄えているかと言われたらギリギリこっちじゃないかなって印象。
案件なのにすげえ失礼な物の言い方してんな私……。
案件だから実際に此処とはこう違いましたよなんて言わないし、私が育てられた温泉地の名前なんて出したら「なんで?」ってなりそうだし仮に出すとしてももっと有名なところの名前を出しつつ比較した方がいいかもしれない。あくまで私が育てられた温泉地と比べるのは知っている温泉地としてものさしとして私の中でも分かりやすいからってだけでしかねえ。実際に名前出したら特定されそうだしな私が育てられた旅館とか……。
頭の中で色々と今回の案件のことだったり今の温泉地のことを考えていると、竜弥の車は最初の目的地の場所への距離が残り半分ぐらいとなっているのに気づいて、心の中で「え!?もうそこまでついていたのかよ!?」と焦っていた。
そういえば、さっきお手洗い休憩を済ませて竜弥が「後半分以上だな」って言っていたのは思い出したけど、今日の案件をどうやって熟して行こうかなって頭の中であーでもこーでもないと思考してただけで此処までもうついてたのかよ!?
やばい、やばい。
思い出して見たら千里と竜弥にまだ彼女彼氏っぽいこと全然させてねえ。いや私は後部座席に座ったから千里が前に座れたから話でもしてるのかなって思ってたらあんまり会話らしい会話なんてしてないんだけど……!?
私誰かと付き合った事ないし、男女でドライブなんて父さんぐらいだからよく分からないけどもうちょい喋るもんじゃないのかよ!?なんか話題振った方がいいのかな。案件とかの話だと堅苦しいかもしれないし、じゃあなんか緩い話でもするか……!?
あんまり思いつかないけどやってみるしかねえ……!!
「そういやこうやって三人で揃うって結構久しぶりだよな!」
「言われてみれば最近は三人で話すにしても基本的に電話だったね」
会話に乗っかって来てくれたのは千里だった。
此処最近三人で会うことはあまりなく話すとしても電話で今後のことについての話し合いを澤原さんを混ぜてするだけだったりだった。千里と竜弥は二人っきりで話す機会だったりコラボすることも多かったのは知ってる。二人には言ってないけど久狼コラボが最初決まったとき仲間外れにされた感があってちょっと寂しかったけど。
「だろ!案件だけどさこうやって三人揃ってすっげえ嬉しいんだ!!」
千里が微笑みながらも私の方を見ていた。やばい、この言い方だと会話が終わっちゃう……!
まともに話す内容なんて決めてなかったから適当に思いついたことを言っただけだったからこれ以上会話を続ける方法がねえって……!!てか竜弥はなんで頑なに会話に混じって来ないんだよ。もしかして私がずっと竜弥に対して気を遣っているのバレてるのか……?
いや、でも竜弥なら気遣わなくていいって言って……言わないかも知れない。
竜弥って気づいてて偶に言わなかったりすることもあるから……。あーもうどうやったら竜弥に喋らせることが出来るんだよ……!あれか?運転に集中してて会話に混ざれないというかそういう奴なのか……!?
「はぁ……どうすりゃいいんだ……」
千里と竜弥が喋っている時間を出来る限り増やしてあげたいというのに竜弥が全く喋ろうとしないせいで私は頭を抱えながらも最初の目的地に辿り着いていた。
◆
最初の目的地は神社。
案件で提供されていた情報と與那城の情報曰く此処はかなり古い神社であり大体720年辺りに作られたものらしい。720年という確か奈良時代だから確かにかなり古い神社になるな……。また禁酒の神社としても酒飲みたちがやってくる神社でもあるそうだ。酒と言えば、前の前の焼肉屋で食べに行ったとき香織はかなり飲んでいる様子だったがもしかして深酒するタイプだったんだろうか……。
『二人に話しかけないの?』
さっきトイレ休憩をしているとき俺はまた俺の声が聞こえていた。
声の持ち主は俺の体を乗っ取ったり、恵梨に対して憎悪を剥き出しにしていた俺の声とは全く違うような何かを感じていた。
確証を得られていないから何とも言えないが同一人物ではないのかもしれない。
とりあえず今はこの案件を熟すとするか。
神社の中へと入って行くと、境内の真ん中には神田神社で見たようなものが置かれていた。
「茅の輪くぐり、確か神田神社とか出雲大社とかに置かれてる奴だな」
「詳しいね與那城」
「まあ調べて来たからな」
案件で渡された資料を読んでみると、東京の神田神社にあるような感じの茅の輪くぐりのようで感じのようだ。折角此処に来たのだからやって行くかと思い、俺は看板に書かれている通りに正面でお辞儀をした後に左足で茅の輪をまたぎ、左回りで正面に戻るをやってみることにし、その後は右足で茅の輪をまたぎ、右回りで正面に戻り、次に左足で茅の輪をまたぎ、左回りで正面に戻る。最後に正面でお辞儀し、左足で茅の輪をまたぎ、参拝するのだが俺は三回目のときにどっちの足を出していたのか分からなくなっていた。
あれ……?
もしかして俺間違えたのか……。こういうのは無心でやるんだと思っていたから余計な邪気は払いながらも作法に乗っ取ってやっていたつもりだったんだが……。
「すいませんでした……神様」
小声で俺は神様に謝りながらも先に終えていた千里と與那城達の本殿の方へと向かう。
與那城に足を間違えたか、ツッコまれるかもしれないと思っていたがどうやらそこまでは見ていなかったようで俺達はお賽銭箱にそれぞれお金を入れて二拝二拍手一拝の礼法に乗っ取って願い事をするのであった。
「二人がこれからも幸せでありますように……」
目の前にいる千里と與那城がこれからも幸福で居られますようにと願う。
この願いが神様に届くかは分からないけれど俺は二人が幸せでいて欲しいと心の底から思っている。もしかしたらこんなことを願わなくても二人は幸せかもしれないけどこれからも続くように願うことが大事だと思っている。
「竜弥はなに願ったんだよ?」
階段で本殿から降りてきた與那城に俺は「秘密だ」と言う。
「ケチ……千里は?」
「アタシはみんなが幸せで居られますようにって願ったよ」
本当は「竜弥とこれからもって居られますように……って祈ったんだけどね」と言っているのが聞こえて俺は思わず人が割と居る境内のなかで固まってしまう。周りがどうしたんだろ?この子と見ているなかでだ……。
『良かったね僕……』
はぁ……と溜め息を吐いていると後ろから声が聞こえてくる。
このお節介の具合からしてもしかしてこいつは俺に千里に電話を掛けないの?と言ってきた奴なのだろうか。だとしたらこいつもまた俺の一つなのだろうか。
「げっ末吉かよ……」
お参りを終えた俺達は三人でおみくじを引くことになった。
今年はまだおみくじを引けていなかったしいい機会だろうと俺がおみくじを引いていると先に弾き終えた與那城が末吉を引いて微妙な表情をしていた。
「千里はなんて?」
「アタシは大吉だって思っていたことがこれから叶うでしょうって」
「そっか……私はあんま調子乗るなってことが書いてあったよ」
與那城は末吉を引いて微妙そうな顔をしていたが千里のおみくじの結果を聞いて嬉しそうに笑っている與那城。思っていたことがこれから叶うでしょう、か……。千里の場合は歌とかそういうものだろうかと想像しつつ俺は引いたおみくじを開ける……。
「大凶か……」
神社によって違うようだが大凶と言うのは大体引く確率としては数%程度らしい。
ある意味大吉と同じぐらい引き当ててしまったと言うことになるのかもしれないと自虐の意味合いを込めて笑っていると、俺のおみくじの結果を見てきた與那城が「ま、まあ所詮おみくじなんだしさ……」と俺のことを励まそうとしてくれているようだ。
念の為、内容を確認するとそこには『災い来る』と書かれていた。
これ以上與那城たちに見せるのはまずいと判断した俺は二人に見えないように読み続けると、こう書かれていた。
「"困難"に打ち勝つことが出来ればこの先良いことあり」
困難か……。
これがどれのことを指しているのかは分からないが恐らく今俺の身に起きている困難があるとすればそれは聞こえるはずのない幻聴。何者かによる体に乗っ取り、その二つに違いないだろう。
『困難……やっぱり……』
俺が聞こえている幻聴は何か知っていそうだ。
此処は少し大胆な行動に出てみるとするか……。
「あれ?竜弥……こっちにおみくじ結ぶところあるよ?」
「ああ、俺はちょっと寄るところがあるからそっちで結んでくるよ」
俺は千里達に少し用があるからと言って千里達の方を離れて神社の人気が少ない裏通りの方へと入って行く……。
「此処ならあまり人に話を聞かれることもないだろうな……俺の方からの声がちゃんと聞こえてるのか不安だが……一つだけちゃんと確認したい事がある……。話しかけてきているのは俺なのか?」
空港で見せたあのとき高校生ぐらいの俺の風貌、映画館で見せた俺の幼少期と思われる風貌。俺に今話しかけてきている人物はどれにも該当しない可能性が高いと見ていたが返事が返って来るのを俺が待っていた。
『……そうだね、これ以上隠す必要はないかもしれない。ああ、そうだよ……。ただ一つだけ僕から今の僕が言っていることを一つ訂正しなくちゃいけないことがある』
『話しかけているのは"僕"じゃなくて"僕達"だよ』
目の前にはパーカー姿の俺が現れていた。複数人いるのはなんとなく想像がついていた。
さっきも言ったが映画館で見た奴と空港で見た奴は違う気がしていたからだ。そして、空港で見た奴と秋葉で俺にずっと声を掛けていた奴は一緒だということも分かっていた。
『勘のいい僕のことだ。特に驚きはしないよね』
「……いや、実際にこうやって過去の俺っぽい奴に意思疎通が出来ていることに驚いているしちょっとオカルトチックだなってな」
『……確かにキミの言う通り、オカルトチックなのかもしれないね。だけどキミは過去に知っているはずだよ?どうして僕が一番最初に生まれたのか?どうしてこうなってしまったのかを……』
「一番最初に……生まれた?まさか……」
かなり昔のことになるが俺は記憶の片隅に置いておいたものがある。
思い出すのさえ辛かった俺にとって一度だけその記憶を思い出したことがある。スカイツリーで迷子になっていた子供が親に平手打ちをされたときにあの記憶は思い出されそうになっていた。
間違いない、目の前にいるのは俺が最初に人格というものを生み出した少年。
「ごめん、俺にとっても辛かったよな」
態度をいきなり変えたと思われてしまうが俺はこの少年にかなり無理をさせてしまったという自覚があった。彼は俺が未遂ではあるが母親に殺されかけたと言う事実に耐え切れなくなり、生み出された最初の人格だったからだ。苦しみに耐えきれなかったことによって無理矢理生み出された人格ということもあり、最初はかなり荒れていたのも覚えている。今こうして落ち着いているということは千里との出会いのおかげなんだろう。
目の前にいる中学生ぐらいの俺に謝りながらも色々と頭の中で整理していた。
『いいよ……。確かに僕達にとっては辛いことだったけど綾川千里と言う人に会うことが出来たんだから』
人格を形成したとはいえ母親とは反りが全く合わず、徐々に荒れて行く俺が偶々通りかかった公園でギターを弾きながら彼女の歌声を聞いたとき、俺は惹かれたものがあったのだ。思わず話しかけた俺が言われた最後の言葉を覚えている。
『待たね樫川』
彼女は俺と話していて嬉しそうにしていたのを今でも覚えている。彼女と話しているとき、俺の心が満たされたような感覚がしていたのだ。俺にとってあの出会いこそが救いそのものだった。
「……あの出会いは俺にとって言葉には言い表せないものだった」
『そうだね、僕が相変わらず彼女に弱いのは変わらないみたいで安心したよ』
ガラス越しに見えていた俺の口元はかすかな笑みが浮かんでいるようにも見えていた。
怒りを装っているわけでもなく、温かさという者を感じさせていたのかもしれない。可笑しな話かもしれないが俺は自分自身との会話を心底楽しそうにしていたのだからこうして笑いながらもこう言ったのだろう。
「うるせえな……俺」
『そういうところだよ僕……変わってないね彼女への情熱は……』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます