豹変する狂気達

第48話 平和の裏の影

「俺を助けてくれ……」


 悲痛なる声が届くことを祈り、俺は肩を掴みながら叫ぶようにして訴えかける。

 今自分がどんなふうに見えているのか分からない。情けなく見えているのかもしれないと考えると今すぐにでもこんなことをやめるべきかもしれないし、俺のことを認めてくれてる人物の前でこんなことをするべきではなかったのかもしれない。


 なにより本当はこんなことを頼みたくなかった。

 俺は千里以上に今目の前にいる人物のことを苦しめたくないという気持ちが強かったが此処で声を上げなければきっと俺はこの先ずっと後悔することになる。俺が俺じゃなくなり、目の前で今の俺を殺すことになってしまえば俺はずっと後悔し続けることになる。


 彼の体を乗っ取ったのは吝かではないがこうするしか他に手はなかった。

 目の前にいる人物ならきっと俺のことを助けてくれると信じていたからだ。





 だって目の前の人物は……。


「任せてください」


 と言っているのだから……。







 ◆


「世界観壊す攻撃だな、本当に……」


 ゲームの画面からは衛星からのレーザービームのようなものが放たれている。

 内容だけで見ればSFゲームのようなものをやっているのか?と思われるかもしれないが全く違う。これは恵梨……NoAが大好きな極道のゲームであるがただの極道のゲームではない。これは町にゾンビが大量発生し極道達がなんとかして黒幕を倒して行くゲームなのだ。このゲーム自体はNoAから高校生時代にシリーズ事勧められたこともあって一通りはやったことがある。


 今考えたら極道とゾンビって意味が分からないゲームだな……。主人公が一人目は関西の若頭。二人目は銃よりバイクとか配電盤を持ち上げた方が強いだろっていう人だし、因みに恵梨はこの人が滅茶苦茶好き。放課後香織の前で珍しく熱く語っていて生ホルモンを食べさせてほしいとか目の前で巨大熊と戦っているところを見せて欲しいとか意味分からないことを言い出したせいで香織が若干引くほどだった。後は極道組織の会長だったり、元会長さんだったりと……って感じだ。


 今にしてみればゾンビと極道って発想がぶっ飛んでいないと作れないだろこんなゲーム……。因みにこのゲームはシリーズの外伝に当たる作品でありあまり他の配信者やゲーム実況者がやっているところを見かけたことが無かった為、どうせならやってみるかと決めたのだ。


 ではそのストーリーの道中で無法な攻撃をされているのかと言われるとそれも違う。

 こいつは所謂裏ボス的な存在であり、サブストーリー完全クリア。ある裏ダンジョンの最下層に行くことで戦うことができるのである。此処までやるのにはかなり骨が折れたりしついて来てくれた視聴者には本当に感謝しかない。


「だからその攻撃は……本当に世界観を壊してるからやめろって!」


 『本当に世界観壊す攻撃ばっかで草』

 『これがゾンビゲーの姿……?』

 『バカゲーだから……』


 世界観を壊す攻撃はこれだけではない。

 謎の瞬間移動、爪で地面を抉りながら五つの光の線を放つ遠距離攻撃。普通の銃射撃なのだがこれがかなり正直うざくて仕方ない。打たれる度に仰け反るので立ち回りにはかなり苦労を強いられるが攻略方法がない訳ではない。


「そこだ……!!」


 スキルを使い銃弾でドラム缶を破裂させると敵は吹き飛びダメージが入る。通常の武器による銃撃ではあまりダメージが入らないがこうして障害物などを爆破させることで大きなダメージを与えることもできる。


「よしっ、いい感じだ!!」


 『これワンチャン行かない!?』


 無数の弾丸を浴びせてはいるものの相手は瞬間移動で避けてくるが俺は何度か次に出る方向を見極めて弾を当てていたのだ。 自画自賛なんてするつもりはないが俺にはFPSで鍛えられたスキルが備わっている。高校時代は五時間以上のめり込むときがあり妹からは外に出て日の光浴びてきなよと怒られるときもあった。これに関しては俺がゲーム実況者になってから千里さんのところ行きなよとしつこく言われることが多かった。


 あいつは口煩いし俺がゲームを辞めなかったら私もゲーム実況に出たいと言い出すからそんな時は俺はすぐに辞めていた。それでも諦めようとしないときは兄権限のアイス奢ってやるからで誤魔化したりしてこともあったが一度だけゲームに勝ったら私も出してと言われて負けてしまいギリギリまで出させてしまうところだった。そのときは偶々あいつの友人が遊びに来て事なきことを得たのだ。


「結衣……」


 『あー惜しかった!!』

 『あともうちょっと!!』

 『次こそ勝てる!!』


 いや、妹のことは今は考えるべきじゃなかったな……。配信中で少し気が穏やかだった俺の心は乱れ始めたのを表すかのように俺は敵にやられてしまう。



 俺はリトライを選んで再び裏ボス戦が始まる。体力ゲージが最大からの始まりというものはいつも絶望感を感じることが多い。それが強敵であるほど適用されるが俺は諦めるつもりはない。


 先ほど同様サブ武器であるサブマシンガンで相手を翻弄させつつメイン武器に設定しているショットガンで攻撃を当てるが相手は怯まない為すぐに攻撃を打とうとしてくるのを見る前に俺はサブマシンガンに変える。


 此処に来て弾数の暴力なんて少し情けないがこの相手に普通の戦法なんて通じるわけもなく俺は卑怯でもなんでもダサくても攻撃を続けていた。此処で勝てなきゃ配信は終われない。


 俺はもうこのボス戦を始めて二時間は経ってるしこれが三度目の正直になるはずだ。多分飽きてきてる視聴者もいる頃だろうから此処らで終わらせたい。

 何度か明日アーカイブ見るねってコメントも見かけたしな……。アーカイブで見ることが悪いことだとは俺は全然悪いとは思ってない。後からでも見てくれるというのには本当に感謝しかないのだから。


 俺はゲーム実況者だった時期もあったから知っている。

 大体後で続きを見ようとした動画は大半が見られることがないというのを知っていたがどうやらこのV界隈というものは違うようで本当に後から見てくれる人が多いのである。これは本当に感謝しかない。 


「まずいな……」


 視聴者がアーカイブでも見てくることに勝手に感謝していると爪での遠距離攻撃によるダメージがかなり入ってしまい俺が操作しているキャラの体力ゲージが真っ赤になってしまう……。俺は手元に置いてあったスマホを一瞬見るがすぐに見るのをやめる。


 何故見たのか?と問われれば、俺は配信中にも関わらず恵梨に攻略法を聞こうと一瞬魔が差したが俺は自分のプライドが許さないという心があることに気づいて一瞬見るだけにしていた。


 それにカッコ悪いだろ……。

 こんなにも盛り上がって俺のことを見てくれている視聴者達が居てくれているのに水を差すような行為をしたら最悪だもんな……。


 『よしっ後もうちょい!!』

 『このまま畳み掛ければ……!!』


 こちらの体力も削られている一方で俺もタダではやられまいと攻撃の手を止めない。

 瞬間移動した後の一瞬の隙をついて攻撃を打ち込んでいるうちに敵の体力もかなり削られて生きているのだ、俺は最後の一撃としてある作戦を考えていた。


 カッコつけて倒せなかったら笑うものでしかないが此処はカッコよく魅せるプレイで倒して見せたいという気持ちが強く対物ライフルを装備して相手を倒そうとしていたのだ。狙うは先ほど言及していた瞬間移動をした後の一瞬の隙。


 既に俺の体力は風前の灯火であり回復アイテムもない。

 此処で負けたりしたら視聴者的にも俺としても萎えてしまうが燃えるようなこんな状況で落ち着きながらも隙を見つけようとしていたところに好機と言う名の天啓は降りてくる。


「此処だああああ!!」


 銃声が響くと同時に、配電盤に弾丸が命中した。

 次の瞬間、配電盤全体が揺れ動き、内部で火花が激しく散り始める。青白い閃光が眩しく光り、薄暗い地下の中を一瞬にして照らし出した。配電線内部から雷鳴のような音が響き渡ると、配電盤の扉が勢いよく開くと、敵が地下の柱のへと吹き飛ばされる。


 『マジで!?』

 『やったあああ!!!』

 『ナイスゥゥゥゥゥ!!!』


 配電盤へのスキル発動はかなりの速さを求められる為、失敗すればダサくなるという気持ちもあったものの心を静まらせて俺は最後の一撃を放つと聞こえて尚且つ見えていたのは先ほどの爆発音と敵が……再起不能になり倒れていく姿だけだった。


 俺は数時間かけてようやく裏ボスを倒すことに成功した。

 まるで奏多とメアと一緒に戦った大会のときを思い出すぐらいの白熱する戦いがそこにはあり視聴者達も大盛り上がりで俺にスパチャで殴って来ている。なんか虹スパ……所謂違う色でのスパチャをし続けている人もいるけどまあ此処まで来るのに長かったしこれぐらい祝って貰えてもいいよな……!!


 俺は視聴者達から祝福を受けながら再度スマホを見ると恵梨から「おめでとう」と言う連絡が来ているのを見て俺は少し嬉しくなっていた……。恵梨と和解していなければこうしてこのゲームをしていることもなかったし、連絡が来ることもなかったかもしれないと考えると本当に良かった……。


 俺はお辞儀をしているスタンプを恵梨に送り返すのであった。







「凄いね、あのボスを倒しちゃうなんて」


 スパチャ読みを終えて配信を終了させた後、恵梨から電話がかかって来て俺は電話に出ると恵梨は先ほどの配信の話をし始める。


「恵梨だってあのボス倒したことあるんだろ?」


「倒すのに10時間以上かかった、竜弥に比べたら全然……」


「それでも倒してるんだろ?」


 あのゲームが大好きな恵梨でもそこまでの時間が掛かったのか。

 確かにさっきゲーム機本体に備わっている何かをクリアすると表示されるバッジというものがあるのだがクリア率は2%とかなり低めに設定されていたような気がする。


「竜弥みたいにスキル使って綺麗にじゃなくて割と泥臭い倒し方したから全然違う。私のは本当に虫みたいな倒し方したから」


「どういう戦い方したんだ……」


「秘密」


 虫みたいにっていうのがよく分からないが生命力という意味だったとしたら回復漬けで倒しきったということだろうか。それで勝った恵梨も充分凄いと思うけどな。


「それで竜弥もホルモン食べたくなってきた?」


「ホルモン理論の話このゲームじゃないだろ……」


「言ってた人は居るんだから別にいいじゃん」


 この感じ本当に懐かしいな。

 二人でこうやって話すときの恵梨はこうやっていつもより少し気だるげ気味に話しかけてくることが多く若干ダル絡みも入って来る。好きなものなら尚更でストッパーが効かなくなるのだ。


「ホルモンかぁ……」


 嫌いという訳ではないが恵梨がそこまでホルモンに固執するのがよく分からないと言ったところだ。焼肉ならカルビやハラミと言ったものが王道だったりするのに恵梨が好きなのはホルモンなのだから。


 ゲームの影響だというのは分かっているけどそこまで影響を受けるものなのかと言いたいところだけど俺もゲームの影響を受けたりしているところもあるし、香織だって俺達出会うまではアニメのせいで中二病拗らせていたと言うしな……。


 あんま俺も人のこと言えねえな。


「嫌いとか言わないよね?ホルモンがゴミとか言わないよね?言ったら格別に美味いホルモン食べさせに行くよ?」


「分かったよ、今度……」


 今度と言いかけたときに俺は言葉を詰まらせてしまう。

 今度というのは逃げじゃないだろうかという気持ちがあったからだ。逃げているつもりなんかはないが敢えて先送りすることで恵梨との焼肉を避けようとしているのではないのか気持ちが少なからずあったのだ。


 そうだよな……。

 此処で避けているようじゃダメだよな……。ちゃんと言わないと……。


「急だけど明日とか大丈夫か?此処最近はちょっと色々予定が立て込んでてな」


「いいよ、明日の夜ね?本当に美味いホルモン食べさせてあげるから覚悟して」


「あ、ああ……楽しみにしてるよ恵梨」


 電話が切れたのを見て俺はスマホを自分の机の上に置くことにする。

 手の平を見ると、俺の手が先ほどまで冷えた飲み物を飲んでいたこともあってか水滴だらけになっていた。ちょっと手も拭きたいし、洗面所にでも行くか……。


「本当にホルモン大好きなんだな恵梨……」


 とは言え恵梨が美味いと言うほどなのだからきっとそれはもう美味いホルモンなんだろう。あいつはあのゲームをやってから色んなホルモンが食べられる焼肉屋やホルモン屋などに言っており、俺達の誘いを断ってまで行くほどだった為、香織が本当にドン引きしていたのを覚えているから下調べもバッチリだろう。


「楽しみにしておくか、恵梨と食べるのもかなり久々だしな……」


 俺は明日を楽しみにしながらも手を洗い終えふと鏡を見る。


 そこには自分だけが映っているはずなのに、何処か違った様子だったのだ。

 空港のときのように俺のような奴が見えている訳ではなかった。背後から何か黒いモヤのようなものが見えていたが俺には何なのかが全く分からなかった。気味が悪く鏡から視線を逸らしもう一度見てみるとモヤのようなものは消えており不可解なことだけが起きていたという謎だけが残っていたのだ。


「気のせい……だったのか?」


 元々眠れはしていないが最近は疲れが残るようなことも多かったからかもしれないと俺は自分を納得させながらも首を傾けながらも洗面所から歩き始める。気のせい、自分に言い聞かせながらも俺はパソコンが置いてある机の方へと向かったのだ。










「ああ、気のせいじゃねえよ……俺」

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