第47話 喜怒哀楽
こんな病名を聞いたことがあるだろうか?
病名は”解離性同一性障害”。かつては多重人格障害とも呼ばれていたことがある障害だ。
この病気の特徴としては複数の人格の存在だ。
一人の人間に対して二つ以上の人格が生じることにより、自己の感覚が変貌を遂げ、感情、行動、記憶、認知能力と言うものまで変わってしまうほどの病気であり社会に暮らすことにおいて影響を受ける場合もあるものなのだ。
主な原因としては耐えがたいストレスによるものや心傷的によるものが多いのだ。
この解離性同一性障害は非常に複雑な病気であり、医師やカウンセリングを通したものが必要となっていくのだ。
何故こんな話をするのか?って……。
確かにいきなりよく分からないものの話をされても戸惑うことだろうがこれはあくまでそういう病気があるというだけの話をしているだけだ。あくまで樫川竜弥がどういう人間に近いのかを分かりやすく説明する為のものだ。
あの男のことをどう映っているかは多種多様な色があるように色々な捉え方が出来ているだろう。例えば好きだった女、千里のことを裏切り人との繋がりを断ち切った人間。奴は自分がこれ以上他人のことを傷つけないようになんてまるで整備がされているサンゴ礁が綺麗な海のようなことを言っていたが本当は違うはずだ。
俺は知っている。
どれだけ綺麗で美しいことを並べても心の中で恐れていたことを変えることは出来ない。あいつが千里達の目の前から消えた本当の理由は……自分がこれ以上傷つくのを恐れたからだ。
なにを言っているんだ?と疑いたくなるのも分かる。
あいつのことをなんだかんだ聖人なんてくだらないものだと思っている奴もいるかもしれないがこれだけは言わせてもらう。
この世に聖人君子と呼ばれるような人間など存在しない。
人間というものには必ず何処かにこいつのこういう部分が嫌いだというのが目に入るはずなのだ。それは人によって感性の違いはあれどこの人のことを信用できない、ズレていると錯覚するようになる。実際この感性というものは案外馬鹿にならず錯覚というものが先を見させているのか小さな闇が綻びを生むことだってある。
俺があいつから生まれ、自分の心をこれ以上荒んだものにしないため……。要はあいつは俺のことを殺したのだ。散々自分の心の傷から逃げる為に生み出したくせにあいつは俺のことも殺したクズなのだ。
今日のような雨が降っているあの日に……。
ああ、そうそう。
一ついいことを教えてやるよ。
空港のとき樫川竜弥が見てはいけないものを見てしまったような顔をしていたがあれは俺があいつに姿を見せたことによるものだ。”他の奴ら”にはかなり止められたが俺は構わずあいつの前で姿を現したのだ。
あいつはかなり驚いている様子だったよ。
自分が今なにを見ているのか分からない、現実にこんなことが起こりえるはずがないと……。きっと精神的なものを疑う一瞬もあったんだろうが本当に何が起きたのか理解できていなかったんだろう。
こんなことは本来普通の人間であれば起こるはずがないのだからな……。
なあ……?
自分のことを俺だと思ってる樫川竜弥……。
◆
俺は今何を見せられているんだろうか……。
目の前で起きている事柄に頭が追いつかないでいた。
「なんだ……よ……今の……」
幻覚や気のせいという言葉で片付けるのは簡単だっただろう。
実際それで済ませてしまえばどれだけ楽になれたがたった今目に見えていたものに見覚えしかなかったのだ。
先ほどまで見えていたものは人の形をしていたのははっきりと見えていた。
歳は恐らく俺より五歳ぐらい年下で学生服のようなものを着ていたが……。いや、今はそんなことより目の前で見えていたものに対して言えることがある。
あれは……もしかしたら俺かもしれないが本当にあり得るのだろうか。
馬鹿げたようなことが起きるんだろうか。起きるわけがない、俺が疲れているから起きてしまったことだと言い出したかったが俺はなんとか堪えられて目を擦り一旦自分が目に見えていた光景を忘れようとしていた。
これ以上考えても仕方ないと俺は認識させ始めたのだ。
実際、あれが俺であるという証明も確信もないのだから今は考えていても仕方ないと……。
「いや……なんでもない……」
心配そうに見つめてくる與那城に対して言った言葉であったがそれは俺自身に言い聞かせる為の言葉でもあったのだろう。
◆
空港のとき、あいつは俺達のことを観測していたはずなのに見えなかったフリをするように逃げた。映画館のときもそうだ。
『もう邪魔すんな……』
俺はあのときあいつに気づかれないように見ていただけだったが、あいつは結局のところ俺達のことを受け入れようとはせず逃げることを選んだ。自分が前に進んでいると誤認している奴ほど滑稽なことはない。
これから先もずっとあいつは俺から目を逸らし続けるだろうだが俺達はその度に思い出させてやる。
「待って……いったいなにをしようとしてるの?」
俺に話を掛けて来たのは、俺達の一人の中でもかなり温厚の一人である。
いや……もう一人の温厚の奴は居たな。あいつは厳密に言えば俺達ではないしまだあいつの前で姿を現したことはないが……。
「俺はあいつの体を奪う」
「そんなに彼のことが憎いの?」
「あ?」
ゲームやマイク、ラーメンやウォークマン……。それぞれの人格が表すようなものが置かれているこの雨が降り続く真っ白な空間で俺の声が響く……。俺はいつも疑問で仕方なかった、幼少期の俺でありながら何故こいつは今の俺のことを恨んでいない……。
そんなにもあの綾川千里という女に気に入っていたのか……?
俺には分からない。孤独の方が楽でいいというのに……。
「当たり前だろうが!!おいテメエも聞いてるんだろ!!映画館で姿を見せたということはテメエも俺と似たような考えだろ!?」
映画館で姿を見せていたのは俺ではない。
俺もあの場で見ていたのは事実だが今の俺に話しかけていたのは本当に俺の幼少期の頃、一番最初の人格だったのだから。
「……体を奪うことに関しては僕は興味ない」
俺の目の前に現れた一番最初の俺は辛気臭そうな面をしながらもぼそぼそと話していた。
「そうかよ……誰も来ねえならもうどうでもいい、俺一人でもやってやるよ」
どいつもこいつもあいつのことを恨んでるのか恨んでないのかよく分からない奴らばかりだ。考えなくてもあいつは俺達のことを今まで何度も殺してきた奴だというのに何故反逆しようとしないのか、俺には分からねえ。
「待てもう一人の俺……」
真っ白な空間を抜け出そうとしたとき、俺に声を掛けて来たのは本来此処に居るべきではない無関係の人間。
「なんだよ、部外者……?」
「俺の気持ちもよく分かる、俺達は今まで作り上げて来た樫川竜弥だと言うのに蹂躙されてまた新たな樫川竜弥として生まれ変わって来た。これは殺されたも同然だ。でもこれ以上はよくない、この前のこと忘れたわけじゃないだろ?俺が介入したせいで本体である竜弥は倒れただろ?だから……!!」
「てめえは黙ってろ……、てめえは所詮部外者なんだから関係ないだろ。それに……俺でもないんだからな」
樫川竜弥でもない存在が何故此処に居るのかは俺も知らない。
こいつは竜弥ではあるが他人でしかないし、所詮俺が作り出した空想の自分でしかないのだから。あーもう一人空想の自分とやらは今居たか……。まあ、今はそんなことより……。
「待ってくれ、もう一人の俺……いったいなにをしようとしているんだ?奪ってどうするつもりなんだ?教えてくれ……」
「そんなの決まってるだろ?」
「滅茶苦茶にしてやるんだよ!!!あいつの人生を……!!俺を殺したアイツの人生をな……!!!」
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