第42話 変わらないもの
「竜弥大丈夫!?竜弥!!?」
声が聞こえてくる。
その声はまるでノイズのように途切れていた。意識が朦朧としていくのがわかっていた。目の前にいるのが恵梨だというのを分かっているはずなのに認識すら出来ないでいる。俺が今認識できているとしたら……恵梨の後ろにいる……。
高校時代の俺に……そっくりな人間がいるということだ。
何故今になって高校時代の俺が幻覚として見えているのか分からなかった。
恐らく空港で見たのもあの俺だったんだろうがあれが俺だと言う確証はあるのだろうか。そんなものある訳がない。だが反対に俺じゃないという確証もない。世界には似た人が三人なんて言葉もあるけど、俺はあれが俺じゃないと言うことを全否定できなかった。
あれは幾らなんでも俺と瓜二つ過ぎていた。
「誰なんだ……いったい……」
意識は此処で途絶えた。
先ほどの俺らしき人物はあれ以上声を発することはなく、ただ俺のことを睨むようにして見ていたのはこの目ではっきりと印象付けられていた。
◆
「竜弥大丈夫!!?」
目の前で急に倒れた竜弥を手で支えながら私は膝を下ろす。
私はあることを確信していた。それは竜弥が完全に何か見てはいけないものを見てしまったということ。それを見たことによってショックのあまりに意識を失ってしまった。あくまで私の推測でしかないからそれが何なのかまでは分からないけど。今はとにかく竜弥のことを此処から運ばないと……。正直、竜弥のことは嫌……いや、今はそんなことどうでもいい。
目の前で倒れた竜弥のことを放っておくことなんて私には出来ない。
「竜弥……?どうしたんや?」
「えっ、あ、あの……彼が急に倒れて……」
目の前に現れた女性が小声で「竜弥」と言っている声が聞こえていたが、私は今それどころではなく彼を何処か病院に運ぼうとしていた。彼の脈ははっきりとしている。ちゃんと生きているようだ、良かった……。
「この近くに病院はあるんか?」
「診療所ならあると思います……」
彼女は竜弥が倒れないように立たせているのを見て私は見ているだけではダメだと思い、私は彼女に「ありがとうございます」と言って竜弥のことを支えるようにして彼のことを立たせていた。
診療所へと来た私達。
向かった先の病院が営業していたことに一息つくように安心しながらも私は看護師さんに何が起きたのかを全て話した。彼が急に倒れてしまったということを話をしたところ看護師さんはすぐにお医者さんに繋いでくれた。私の推測については特に話す事はしなかった。余計なことだから。
「竜弥……」
今日は比較的患者が少なかったらしく竜弥はすぐに診て貰えることになった。お医者さんに全てを託して私は待合所で祈るようにして両手を合わせていた。
私はまだ竜弥に伝えられてないことがある。私が本当は竜弥のことを嫌っていたのは自分の罪から逃れる為だ。あの日以降ずっとこのことを言い出すことは出来なかった。琉藍や香織は知っていたのかもしれないが竜弥や千里に言おうとはしなかったのかもしれない。
でも怖くて仕方がない。
あの真実を言ったとき、竜弥や千里になんて言われるのか分からないこそ怖かったのだ。
「そうだ……千里に電話しなきゃ……」
私はスマホを取り出して千里に電話をしようとしていたが、手が震えていた。
怖かったのかもしれない。千里に電話するという行為が……。千里が私のことを責めるなんてことがないのは分かっているのにもしかしたら竜弥を倒れさせてしまったことを責められるかもしれないと勝手な想像をしていたのだ。
私は今まで竜弥のことを嫌って……る。嫌ってるからこそ私が竜弥のことを追いつめたと思われても仕方ない。
「竜弥のこと心配なんか?」
関西方面の方言を話している女性は私に竜弥のことが心配かなのかどうかを聞いて来ていた。それを聞いて私はスマホを一旦バッグの中にしまった。
「いや聞くまでもないやな、心配に決まっとるもんな。うちも竜弥のことは心配や。あの子はギリギリまで無理をする子やからな……。色々無理が来ていたんやろ」
「……あの、こんなときに聞くべきじゃないのは分かってるんですけど……竜弥のことを知ってるんですか?」
竜弥のことを助けてもらったときからずっと気になっていた。
小声で竜弥の名前を呼んでいたのもそうだけど今話していたように竜弥のことをかなり知っていたような発言をしていたから気になっていた。
「仲間……分かりやすく言えば友人ってところやな。そっちは竜弥とはどういう関係なんや?」
「竜弥は私の親友だった人……です」
「だった……っちゅうことは今は違うんやな?」
私は軽く頷いていた。
心の奥底で竜弥のことをどう思ってるかはともかくとして私が竜弥に裏切られたと思って嫌っていたのは事実。これは否定しようもない事実のはずなのに頷いた瞬間、私の中の世界が閉ざされたように真っ暗になった気がしていた。
なんで?私が嘘をついてるとでも言いたいの……?
私は本当に竜弥のことが嫌いなのに……。
「それ嘘やろ?」
「……え?」
心の中の深淵を揺さぶられたような気がしていた。真っ暗闇な世界にいた私の心は病院の中へと引き戻されていた。
私が嘘をついている。そんな訳がない、私が心の何処かで違うと思っていても竜弥のことを嫌っていたのは事実。許している奏多や千里達を見て異常だと思っているのも事実。自分のことは自分が分かっているのに何故嘘をついていると言われているのだろうか。
「あんな必死に竜弥に大丈夫?大丈夫?って言ってる子が親友だったなんて言う訳ないやろ?」
「でも……私は今ちゃんと口に……」
私は彼女の前で竜弥のことを"親友"だったと過去形で言った。
私の耳が腐っていなければちゃんと言っていたはずなのに……。
「それは本心やないんやろ?私が病院に運ぼうとしたときだって自分が代わりますって言ってたやないか?」
「それは……目の前で倒れられたから……」
違う、本当は違う。
私はあのとき目の前で倒れた竜弥のことを放っておくことなんて出来なかったんだ。この場で置いて行ってしまえば次彼と会うときどんな顔をすればいいのか分からないし、なにより私自身が自分のことを許せなくなると考えていた。
なにより親友であり、私にとって彼は……。
「病院に来たとき竜弥に小声で着いたよとか、お医者さん来たから大丈夫だよとか言うとったのにそれでも竜弥のことを今でも親友だと思ってないんか?本当は違うんやろ?親友だと思ってるからこそ助けたかった……いや、もしかしたら本当は「それ以上言わないでください……」」
本心では分かっているつもりだった。
彼女が言うように私は彼のことをどれだけ嫌っていても自分にとって大切なのは間違いなかった。高校時代の竜弥が私には眩しく見えて光のようで太陽に見えていた。いつしか彼の笑顔を見る度に私の方まで嬉しくなることが多くなっていき、彼といる時間が大切になっていた。
私は彼のことが……。
「親友に竜弥のこと電話してきます……」
私は彼女にこれ以上本当のところを言われないように逃げるようにしてスマホをバッグから出して重い腰を上げて椅子から立ち上がり、千里に連絡をし始める。
そうだ、最初から分かっていたつもりだった。
スマホの連絡先から竜弥のことを消そうとしたとき、何故手が震えていたのかは私はそれがどうしてなのか自分で気づいていたはずなんだ。昔からある感情を知っていたからこそ琉藍が香織のことを止めてくれたとき私はホッとしていた。自分の心の奥底にある気持ちが自分の外側にあふれ出さなくて良かったと……。
でも今は違う。
竜弥のことを助けて思った。彼女にああ言われて分かった。
「竜弥……千里すぐ来るから安心して……」
千里との電話を終えた後、私は看護師さんから病室に入っていいと言われて眠っている竜弥の手を握りながらも私は彼が目を覚ますのを祈っていた。お願い、神様。私のことをこれから先不幸にしてくれてもいい。
でもこれ以上……これ以上竜弥のことを不幸にしないで。
竜弥は今までずっと耐えてきたよね。この二年間確かに千里から逃げ続けていたかもしれない、自分からも逃げ続けていたのかもしれない。それでも竜弥は自分と戦い続けていたと思うけど私は違う。私は自分のせいだというのに竜弥や千里達のせいにして逃げて来た。悪いのは全部私。
竜弥の不幸は私が受け入れいたい……。いや、これから先あの二人に降りかかる不幸は全部私が引き受ければいい。
「やっぱり……やっぱり……嫌いになんかなれないよ……」
どれだけ自分を取り繕っても変えることができないことがある。人の本質というものはそういうことなのかもしれない。どれだけ時間が経ったとしても思いというものは変わらないからこそこんなにも胸が締め付けられるのかもしれない。
私はバンドメンバーや竜弥のことが大切だ。中でも竜弥と千里のことは本当に大切だったからこそ断ち切る事なんて出来なかった。
「断ち切れないよ……私は竜弥のことも千里のことも……大切だから……!二人が苦しそうにしていると辛かった、悲しかった、心が痛かったの……!!」
痛みから解放されたいと心の内は思っているときもあったのだろう。
だからあの日雨に打たれている竜弥の瞳の奥に何かを感じ取ったとき、自分の知っている竜弥とは違うと決めつけて裏切られたと少し思ってしまっていたけど本当は違う。この痛みからこれ以上逃げたいと思ってしまったからだ。
「ごめん……ごめん……こんなこと言って今更竜弥は嬉しくないかもしれないけど……でもどうしても言いたいの……!!」
「私は……竜弥が好きだから……!!」
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