第40話 破られた約束

「あの……そういえば竜弥さんから前から聞いてみたかったんですけどNoAさんとは何かあったんですか?」


「NoAか……」


 恭平は周りを一瞬目で見渡した後に俺にNoA……恵梨のことを聞いてきた。

 恭平、NoAが俺の親友だということを知っているのか……。恵梨が何か言ったのか分からないけど此処は隠す必要はないだろう。ただ周りに聞かれないようにする為にも此処は恭平と同じよう小声で話しかけるのが妥当か。


「恭平はあいつが俺のことを嫌っているのを知っているか?」


「なんとなくですが……」


 この感じ、やはり恵梨の方から恭平に何かを聞いたような感じだな。

 大方の予想だが俺がサインを渡した子の容姿を香織に白状させられたときの容姿と一致していたのを見て聞いたのだろう。今でも俺のことを尊敬しているのかと……。


「あいつが俺のことを嫌っているのは当然なんだ」


「どういうことなんですか?」


「俺はあいつのことを裏切ったんだ。任されたはずだったんだ、千里のことを……。なのに俺はあいつに相応しくないという理由で目を背けて二年間姿を消した……。どんなに取り繕ったってそれは変わらないんだ」


 俺は恵梨から千里のことを託されて来たようなものだ。

 なのに俺は自分がこれ以上傍にいたら彼女を傷つけてしまうと勝手に思い込み、相応しくないと考えてただ一人陰の中へと消えていった。本来であれば日の光を浴びれる道もあったんだろう。

 だけど俺はそれを選ばなかった。選んだ道はただ千里達を苦しめるだけの道でしなかった。俺はとんだ馬鹿だな……。今更後悔したって遅いのは分かっている。分かっているけれど……。


「竜弥さんは自分のことを許せないですか?」


「……ああ、千里は俺のことを許してくれた。でも俺は自分が自分で許せない」


「だったらそれでもいいじゃないですか」


「え……?」


 頭の中で混乱が生じていた。恭平の言っている意味を頭で理解できなかったからだ。

 まるで無数のパズルのピースが頭の中で散らばり、霧の包まれたような状態になりそれを一つずつ組み合わせるのは至難の業でしかないと言ったような感じであった。


「自分のことを許すことが出来ないのであれば罪を背負って償っていく……。それも一つの手だと思います。勿論、背負い過ぎるのはよくありません。だからそういうときは僕や千里さんや亜都沙さんを頼ってください」


「恭平……」


 やっぱり恭平は俺のことなんてとっくに越えている。

 約束を果たせなかった俺とは違い、恭平は明確な意志を持っている。恭平の目を見ていて俺は分かったことがある。彼の目は信念が通った目をしており、強い意志を持っているのだ。


「凄いな恭平……」


 かつての俺だったら此処で恭平のことを凄いと思ってそれで終わり俺にはあんなふうに出来ないと決めつけていたかもしれない。


『お前には無理だ』


 久しぶりに悪魔の声が聞こえてくる。俺のことを諦めさせようとしてきているのだろうが幻聴に騙されることなく俺は立ち上がる。もうあんなふうに出来ないと決めて怖気づいていた頃とは違う。與那城のこともあったからこそこれ以上恵梨のことを先延ばしにするのはやめるべきだと決心がついた。





「恭平……NoAのことは任せてくれ」


 俺は立ち上がり、恵梨に電話を掛けることにした。


「はい、NoAさんのことは任せます。ただ……一つだけ気になったことを言ってもいいですか?」


「どうした?」







「さっきから誰かにを向けられているような気がするんです」


「視線……?」


 先ほどのこともあり、恭平の不可解な言葉に引っ掛かっていたが周りを見渡しても俺達を見ているような人物は何処にもいなかった。俺は「気のせいじゃないのか?」と言うも恭平は首を傾げながらも何かを考え込んでいた。







 俺はこのとき気づいていなかった。

 この店に先ほどまで恵梨がいたということを……。








 ◆


『恵梨、千里のことは俺に任せてくれ。俺が絶対千里のことを守るから』


 私の脳内にかつての竜弥の言葉が思い出される。


「裏切ったくせに……」


 路地裏、私は竜弥から来ている電話に出ることはなかった。

 着信音が鳴り止んでから私は連絡先から竜弥の着信を拒否しようと指をスマホに触れようとする。


「どうして……」


 着信拒否を押せば竜弥から離れることが出来るのに私の手は酷く震えていた。

 ただ指先をスマホに触れさせれるという簡単な行動だというのに私は怖くて仕方なかった。脳裏には高校時代の三年間の間が流れて来て、彼のいつも優しい笑顔が頭の中から離れることが出来なかった。


「此処でやらなきゃ……いけないのに……」


 押せば楽になれる。そう信じていたはずだった。

 信じていたはずなのに指先は痙攣したかのようにずっと震えており、押すことが出来なかった。難しいことじゃない、自分に言い聞かせて私はスマホに指先を触れさせようとするが心の奥底では竜弥との関係を断ち切るのが嫌なのか私は躊躇っていたのだ。


「竜弥と繋がっていても辛いだけなのに……なんで私は……」


 私には分からなかった。

 竜弥に対して失望していたからこそ私は彼との関係を断ち切りたいと考えていたはず。彼との関係を此処で終わらせても心は痛まない。寧ろ清々すると思っていたはずなのに心が苦しくて仕方ない。私は自分の心臓を抑えながらもある記憶が蘇る。





『恵梨は将来どうするんだ?』


『私……?』


 蘇った記憶のことを思い出していた。

 この記憶は確かバンドの練習の休憩中、竜弥と一緒に自販機で飲み物を買いに行ったときのことだった気がする。


『私は……千里や竜弥と一緒に居られればそれでいい。難しいことかもしれないけど千里とはこれからは一緒に歌ったり……竜弥とは今まで通り一緒に居たり出来たらいい……我が儘言ってたらごめん……』


 私はバンドメンバーの中で千里のことをかなり信頼していた。

 千里からバンドに誘われたとき、私は正直嫌だった。またあのときと同じような気持ちを味わうことになるかもしれないと不安になっていたからだ。私は中学時代違うバンドでボーカルとして活動していた。活動自体もかなり順風満帆でこのままこのバンドでやっていくんだと決めていたし、私はこのバンドに誇りを持っていた。

 誇りを持っていたからこそ私はバンドメンバーからもっと売れる方向にしてみようと言われたとき反発してしまい、私はよく言われることが多い音楽性の方向性でバンドを脱退した。売れる方向に方針を変えるのは悪いことじゃない。悪いことじゃないけどそれをしたら今までのファンを殺すことになるのと何ら変わりない。私はそれが嫌でしょうがなくてバンドを脱退した。

 もうバンドなんかどうでもいいと心の中で決めていた私だったけど高校に入学して少し経ってからバンドへの未練を完全に断ち切るために音楽室で偶々ギターを弾きながら歌っていたところを千里に見られてしまったのだ。見られた私はすぐに逃げようとしたところに竜弥とも遭遇して逃げられなくなってしまった私に対して千里はこう言って来たのだ。


『バンドやらない?』


 私は即座に「やらない」と告げて逃げようとするものの次に千里が取った行動を今でも覚えている。千里はその場で歌い始めたのだ。まだ当時、千里の歌声は完全なものではなかったけどそれでも人を惹きつけるものを持ち合わせていたのは間違いなかった。

 言語化するにはかなり難しいものだったけど、彼女の歌声は単なる音の塊ではなく一つ一つの歌声がはっきりとした形になっており感情を突き動かされるほどでありその声に完全に魅了されていた。力強い歌声に引き込まれ、心が解き放たれたような感覚が広がっていた。


『……方針は?』


 惹かれたものがあったからこそ私は千里の提案に興味を示したのだ。


『最高のバンドを組んで最高に人を魅了できるライブを作り上げる。それが私の目標。そして、一人はみんなのためにみんなは一人のために……』






『……単純だね。でも……いいよ。ただ……』





『その方針を変えたら私はバンドを抜ける』


 差し出しされた手を握り、私は彼女と握手をした。あまりにも単純過ぎたかもしれないと自分でも思うけど千里の歌声に賭ける価値は充分にあると思っていたからだ。結果だけを言えば、私は千里に賭けて良かったと思っている。



 ああ……。

 だからこそなのかもしれない。千里に対しても若干裏切られたという感覚になっているのは……。バンドを解散したこと自体私達が決めたことだけど私は千里がVになったことが少し許せなかったし何とも言えない気分になっていた。自分勝手なエゴを押し付けてるだけなのも分かっているけれど抑えることができなかった。


 そして竜弥……。

 竜弥は私の将来のことを聞いてああ言ってくれたからこそ私は竜弥のことを……。







「いつまでそうやって竜弥のことを恨んでるのさ?」


 後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきて私はスマホをカバンの中にしまう。


「香織達がおかしいだけだよ」


「恵梨はただ自分の言ってることを否定したくないからそう言ってるだけ、竜弥を恨むのは筋違いもいいところでしょ」


 私はそれに対して何も言えなかった。

 確かに私は筋違いな理由で竜弥のことを恨んでるかもしれない。実際自分勝手な理由で選んでるのは分かっていたけど千里と交わした約束を破った竜弥のことを許せなかったのだ。


「少なくとも恵梨、あんたは竜弥のことが「もういいってヒメ」」


 更に路地裏に入ってきたのは琉藍だった。

 パーカーに手を突っ込みながらも歩いてきて香織の肩を掴んでいた。


「どうせ今のエリーに何言っても響かないよ。それに……エリーを説得するのは私たちの役目じゃないよ」


「ちょっ!?私達じゃなきゃ誰が恵梨のことを説得するって言うのさ!?というか言うだけ言って帰ろうとしないでくれる!?」


 琉藍は言うだけ言って私に手を振りながら去ろうとする。

 香織は琉藍のことを追いかけていき、路地裏にはたった一人に私だけが取り残されていた。まるで今の私の心を表すように……。





「私は……私は……」




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