第39話 越えた目標
「これでいいか……」
手に取った本の名前が若干癪に触りながらも俺はその本を買おうとしていた。本の名前は『恋愛弱者でも分かる恋愛本』という俺からすればちょっとムッとする本の題名であった。
ちょっと自分のこと言われてるみたいで腹立たしいけどこれにするか……。
「あ、あれ……?樫川さん……?」
祈りたかったが祈りは神に届くことなく、神様はどうやら死んだしてしまったようだ。俺はため息を吐きながらも後ろを振り返る。後ろを振り返るとそこにはアキラの姿があった。
「樫川さんも本を買いに来たんですか?」
「ああ……アキラは参考書か何かを買いに来たのか?」
正直俺に声をかけてきたのがアキラでよかった。
もし後ろから声をかけてきたのが琉藍だったら手に取っている本のことで爆笑された上にスマホで写真も撮られただろう。
「そうですね、数学の参考書を買いに来たんです」
アキラの手に持っている参考書を見るとそこには三年生と書かれている文字が見えていた。三年生……?アキラは確か與那城も同い年だから一年生のはずだよな。
「アキラ……なんで三年生の参考書を持ってるんだ?」
「それはですね……」
「アキラ遅いわよ、なにしてるのよ」
アキラが俺に事情を説明しようとしたとき、後ろから何処か聞き覚えがある声が聞こえてきていた。この声は間違いない、玲菜だ。俺は急いで持っている本を隠そうとする。
「あれ?樫川じゃない?アンタも本を買いに来たの?」
「あーまあそうだな……」
まずい玲菜……じゃないな。
真波が俺に手に持っている本に気づいたらきっとネタにしてくるに決まっている。あいつは俺が惚けているときに凄く興味津々に聞いてきたから気づかれたら終わる。
「ふーん?なに買うのか見せなさいよ」
「別になんでもいいだろ……」
「なによ?まさか変な本でも買ったの?」
まあある意味変な本ではあるけど……。
これを見せたら絶対真波が餌を与えられた鯉のように食いついてきてくるに違いない。
「悪いけど急いでるからじゃあな……!」
「待ちなさいよ、変なものじゃないなら見せられるはずでしょ!?」
「あ、あの……水野先輩無理やりは良くないかと……」
「気になるじゃない!あんなにも隠し通そうとされたら」
真波は俺が手で強く持っている本のことを詮索しようとしていた。これ以上、迫られたら本の題名ぐらいは見られるかもしれない。今俺たちの距離はほぼ至近距離の状態、俺が見られないようにしてはいるけど気づかれるのも時間の問題だ。
「待てよ真波先輩……!」
真波が俺の手を掴み、本を確認しようとしたときであった。
真波の背後には……與那城の姿があった。
「竜弥、困ってるだろ!やめてやれよ!!」
「與那城……」
真波の腕を掴みながらもやめるように注意している。
與那城……きっと今までの與那城なら真波側について俺の本を意地でも見ようとしてきただろう。
「なによ、こいつが持ってる本がきっと恋愛に関する本だと思うから見てやろうとしただけでしょ?」
その予想、大当たりなのがなにも言えなかった。
どうしてこんなにも簡単に当たられたんだ……。いや、今はそんなことどうでもいい。
「竜弥、嫌がってるだろ……。やめろよ真波先輩……」
「與那城……」
香織がこんなことを言っていたのを思い出す。
あの子は配信で言っていたことを守ろうとしていると……。後日、俺は與那城と香織のコラボ配信を見たが香織の上手い具合の誘導があったものの與那城はコメントに強く当たることもなく拾わなくてもいいコメントを拾うことはなかった。
それだけでも大した成長だが與那城は今俺が見られるのが嫌だというのを悟ったのか真波を止めようとしている。これだけでも大きな成長だ。
「あ、あの……二人共此処本屋だしこれ以上は……やめた方がいいと思うよ……」
「あっ!!そ、そうだなアキラ……!!」
與那城は此処が本屋だということを思い出したのか、周りから注目されていることに気づいていた。頭を下げながらも俺たちは本を購入して本屋を出る。
「悪かったわね、樫川……随分前にあいつに注意されたばっかだって言うのに……」
本屋を出ると、冷静になったのか真波が俺に謝罪をしてきた。
「すいません樫川さん、水野先輩は恋愛の話になると目がなくて……」
「あーやっぱそうなんだ……」
「アンタ達はうるさいわよ!!」
アキラが俺に真波の事情を説明していると與那城が何かに納得しているようだった。まあ彼女が恋愛話に興味があるのを知っていた。
さっきも話したが俺が惚気ているときに真波は質問攻めをしていたからな。だからきっとこういう話に滅茶苦茶興味があるのだろうというよはなんとなく気づいていた。配信も謎の耐久配信以外にも恋愛相談という配信もしているらしいからな。
視聴者からは全く参考にならないと言われているらしいけど……。
「ほら、行きなさいよ!!上手く行くといいわね!!」
「あ、ああ……ありがとうな……」
半端強制的に真波達から別れることになり、俺は三人に手を振りながらも本屋の前から離れることにした。さっきのこともあって本屋の方から見られていたしあまり長居は無用だろう。
そういえばなんでアキラが三年生の参考書持ってくるの聞けなかった……。なんでだったんだろうな……。まあいいや……。
「とりあえず本を読むためにカフェでも入るか……」
やはり此処はスナバだろうか。
俺は本屋から近いスナバを目指して歩き始める……。
このとき、俺は頭の中であることを考えていた。
それはさっきの與那城は俺に対して気を遣っていたのではないのかということだ。俺が見られたくないのだから気を遣うのは当然だと思われるかもしれないけど、そうではなくて……。
何処か俺のことを哀れんでるような感じがしていたのだ。
「気のせいだよな」
◆
「やっぱり此処は落ち着くな……」
こういう場所は返って落ち着かないとか琉藍は昔言っていた気がするけど少なくとも俺は落ち着ける。確かに初めて入ったときは何か別の空間のようなものを感じて圧倒されるけどいざ入ってみたら落ち着くというものだ。
「それにしてもこの本……」
なんとも言えない気分になりながらもキャラメルフラペチーノを飲みながら本を読んでいた。何故と言われるとこの本、少し積極性が高すぎる本なのである。高校生ぐらいの子が読んだら頭を真っ赤にして沸騰させるほどの内容であり、攻めろ攻めろ的な内容ばかり書かれており俺は「うーん?」となっていた。
例えば、恋愛は当たって砕けろとか、絶対的なタイミングにはキスをしろとかそんな内容が書かれているのだ。後者は分からなくもないけど恋愛って当たって砕けちゃダメだろ……。
「仕方ない……やっぱ自分なりに頑張ってみるか……」
本の力に頼る作戦は失敗した。
じゃあ今度は自分の力で……と言いたいところだけど自分の力でかぁ……。
「思いつかねえ……」
俺はテーブルの上に顔をうつ伏せにしながらも項垂れてる。
よく考えてみれば香織がデートに誘えと言っただけで別に誘う必要はない気がする。
「でもなぁ……」
香織から後で「え?誘わなかったの!?」と言われるのがなんか嫌だしなぁ……。どうするかなぁ……。
「竜弥さん……?」
「ん……?」
俺の名前を呼ぶ声が聞こえて顔を上げるとそこには恭平が俺の顔を覗き込むようにして見ていた。
「やっぱり竜弥さんだ……隣いいですか?」
「あー構わないぞ……」
恭平は俺の了承を得てから隣に座り込む。
チラッと見えたが手に持っていたのはスイカフラペチーノだった。確か期間限定の奴だったよな。
「それ期間限定のやつか?」
「えっ?はい、スナバの期間限定の話題とか出来たら今時っぽくて良さそうだなって思って飲んでるんですよ」
確かに期間限定の飲み物や食べ物の話は視聴者ウケが良さそうだ。
俺もラーメンの期間限定メニューを食べに行った話とかしてみようかな。そうだな、夏場なら冷やしラーメンとかがいいだろうか。ってこんなところでラーメンの話をするのは場違いか。
「味はどうなんだ?」
「スイカっぽい味はしますかね、後はさっぱりした味わいに仄かな甘さを感じますかね」
見た目は確かに完全にスイカの見た目をしているからこそどんな味なのか気になっていると恭平から感想が返って来る。なるほど、感想を聞いた限りでは美味しそうな飲み物だ。
「そうか……じゃあ今度来たとき買ってみるよ」
「僕は美味しいと思うので是非」
スナバ?らしい会話をしながらも恭平は飲み物を飲んでいた。
この会話がスナバらしいのかは俺にもよく分からないけどちゃんとスナバの商品の感想を言っているのだからきっとスナバらしい会話をしているのだろう。俺も恭平に釣られるように飲み物を飲みながら千里に言われたから言葉を思い出していた。
『恭平君、竜弥によろしくって言ってたよ。それにあの子、竜弥が絶対炎上するようなことはしないって信じてたよ。あの子竜弥のことを本当に信頼してるんだね』
恭平は俺が炎上したとき、最後まで俺のことを信じてくれた。
俺のことを推してくれてるからというのもあるかもしれないが、俺がそういうことをする訳がないと信じてくれていたのだろう。千里からあの言葉を聞いたとき、恭平に対して物凄く申し訳ない気持ちになっていたのは覚えている。
「恭平俺は……「言わなくていいですよ」」
「え?」
「竜弥さんが何を言おうとしているのかは分かっています。きっと最後まで信じてくれた僕に対して本当の真実を何も伝えなかったことを謝罪しようとしているんですよね?それと僕の視聴者が竜弥さんの悪評を出来る限り振り払おうとしていたことも……」
俺は自分の視聴者や恭平の視聴者に対して俺の悪評を振り払おうとしてくれたことを感謝しているし、そのことでお礼を言ったことがある。そのときも似たようなことを言われたのだ。何を言おうとしているのか、分かっていると……。
双方、互いの視聴者は若い世代だというのに俺は察せられて驚きしか出なかった。俺達の視聴者はこんなにも出来た奴らなのかと目を疑ったのだから。あのときのことを記憶から蘇りながらも俺は恭平の話を聞きながら、なるほどと納得していた。視聴者は配信者に似ると言う言葉を何処かで聞いたことがあるがそういうことか……。
「そういうのはいいです。僕は貴方が元気にしてくれているだけで嬉しいですから」
ああ、やっぱりそうだ……。
『俺は……ある人を越えたいと思っているんだ。それが難しいことだとしても俺には諦められない夢だから……!!』
あいつは俺のことを目標していた。こんな人の痛みを無視してきた男のことを尊敬してくれていると言った。俺に元気で居て欲しいと言ってくれた……。
「凄いな……恭平は……」
恭平は本当に出来ている子だ。この子は俺を目指そうとしているけど……。この子は間違いなく俺なんかとっくに……。
越えている。
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