第38話 自堕落な人間
「いらっしゃいませー!!」
「久しぶりだなぁ、一人で焼肉屋に来るなんて……」
店の中に入り、店員の元気な挨拶が聞こえてくる。私は周りをキョロキョロしながらもオーバーサイズのパーカーの袖口から指先を見せながらも口元に指を置いていた。いつも恵梨に奢って貰ったり、奢ってあげたりしているから一人で来ることなんて全くなかったけどこうして一人で焼肉屋に来るということに興奮を感じていた。
最初は何から食べようかな……やっぱりタンとかがいいよねぇ。塩一択で口の中に入れて食べるのが最高だよ。
「朝起きるの辛すぎて昼過ぎになっちゃったけどやっぱ混んでるよねぇ」
受付を済ませて番号が書かれた紙を持ってテーブルに向かおうとする前に混み具合を少し確認していた。私は休日の日には起きてくるまでにかなり時間がかかるから、大体起きるのは昼ぐらいになる。そこから今日は準備をしていた為、昼過ぎになってしまったけどそれも仕方ないよね。土日の休日の日にやることなんてゲームしてるかドラム叩くか音楽聴くぐらいだしさ。
「やっぱり家族連れが多いよねぇ」
混み具合を確認終えた私は溜め息を吐きながらも自分のテーブルに向かおうと歩き出そうとしたときであった。茶髪のポニーテールの女性が目に入って足を止める。
「今のは……
目の前を通り過ぎたのがなんとなくではあるが綾川千里ことチサであるということを認識する。あれ?もしかして私に気づなかった……?何気に酷くない?いや声掛けなかった私も悪いか……。
もしかしてと思い、再度周りを確認すると、あるテーブル席に姫咲香織ことヒメと……樫川竜弥ことリューの姿が目に入ってきた。なんだあの三人、一緒にご飯食べに来てるんだ。あのなかに八十科恵梨ことエリーが居ないってことはまだリューとは仲直りしてないってことなのかな……。
あの子も強情だよねぇ……ほんとに……。
「ふーん?
含みのある言い方をする私。
そういえばリューと会うのは二年ぶりになるんだっけ。毎日私が一方的に連絡送ってたから久々に会った気がしないんだよねぇ。まあ全部無視されてたけど。
「面白そうだし、あそこのテーブル行こうっと……。あっ、すいません店員さんー!」
私はあのテーブル席の人達が知り合いだということを話して同じテーブルに座っていい?と確認を取る。店員は快く了承してくれたのを聞いて私は「ありがとうねー」と言いながら二人の前に立つ。
「あれ?みんなお揃でどうしたん?」
あたかも今気づきましたと言った感じに私は目の前に立つ。
「琉藍……!?」
お手本のような驚き方をするリューに対して満足かのように笑みを浮かべながらパーカーの袖を揺らす。ふふっ、やっぱりリューはこうでなくちゃ弄り甲斐がありそうなのは今もそうっぽいねぇ。
「琉藍?珍しいじゃん、土日に外出てるなんて」
物珍しそうに私のことを見つめているヒメ。
当然かな?私は基本的にバンドのライブ以外の人混みをかなり嫌う為、土日は必要最低限以外は外に出ることはないのだから。
「偶にはお日様の光とやらを浴びないと人は干からびちゃうからねー。そういうお二人は焼肉デート中?いやぁ、妬けるねぇ」
「デートで焼肉なんか行くわけないじゃん」
「冗談だよ冗談」とケラケラと笑いながらもヒメの隣に座り、ヒメが焼いたと思われる肉を頂戴すると、「それ私の!?」と言われるが「いいじゃん、いいじゃん」と再び笑っていた。まあ、ヒメはデート行くとしたら秋葉とか中野とか言い出しそうだけどねぇ。ほら、あの子オタクだし。
「相変わらずだな琉藍……」
私の性格が全く変わっていなかったことに少しホッとしているリュー。さっき私が此処に来たことで一瞬背筋を伸ばしていたけど、私の性格を知っているからこそ警戒していたんだろうねぇ。
「ふふっ、でしょ?私はこの通り相変わらずだよ。リューは最近どうだった?痩せた?太った?彼女出来た?」
「どれも該当はしないな……。俺も特段変わったことはなかったし」
彼女に出来たという言葉に一瞬ピクリと動いたような気がする。
ふーん?なるほどねぇ、この感じチサとは復縁したって感じかな。まあ私にとって悪い話ではないし寧ろ祝福するべきことだよねぇ。
「ふーん?変わったことはないのに一番連絡寄越してた私の連絡は全部無視してたんだ?」
わざと痛い所を突くと、リューは少し気まずそうにしている。
多分他の皆は知らないだろうけど、バンドメンバーの中で一番連絡をしていたのは私だと思う。エリーは早々にリューのことに失望していたから連絡していなかっただろうし、チサやヒメも毎日のようには送ってはいなかっただろうしねぇ。因みに私が送っていたのはドラムの演奏だったり日常的なことだったりゲームでこのキャラ、無課金で当たったよ!!とかそんなものばかりだったかな。
まあ最後のは若干ソシャゲ好きからすれば悪意を感じるかもだけどねぇ。
「それは……悪かったよ」
よしっ、面白い画になってくれた。
私はスマホをバッグの中から取り出してリューの反省している様子をスマホで写真を撮っていた。やっぱりリューのこういう素直なところがいいところだよねぇ……。
「な、なにしてたの?」
箸を手に取ってタレを沁み込ませた焼いた肉を口の中に入れて「やっぱ美味しい~!」と言っている声を聞きながらもヒメが先ほどの行動に困惑しながらも聞いてきていた。
「ん?えっとね、反省している面白いリューの姿を撮ってたの」
「ほ、本当に相変わらずだな琉藍……」
「まあね」
リューも少々困惑していた。
そうだよねぇ、リュー……。リューは私がこういう人間だということを二年ぶりに実感させられて噛み締めされている。今頃あーやっぱりこいつ変わってないなぁって改めて思っているところだううねぇ。若干面白く思いながらも私は口の中に入れた肉を食べ終えた後に話をする。
「あー言っておくけど二年間私達の前から姿を消したとか、そういうのは全く気にしてないから別にいいよ。竜弥にも理由があったんでしょ?それ以上は聞かないよ」
私とよく話すこと人は私のことをこう言うことがある。
極度に面倒なことを嫌い、自由気ままな性格であり自堕落な人間だと……。でも面倒なことを嫌うのは仕方ないじゃん。この世の中は面倒なことだらけ。余計なことまで考えていたら私の心が持たなくなっちゃう。
私のことを事なかれ主義者だという人もいるけど、それとは結構違う。自分で言うのもなんだけど、なんだかんだ私がしっかりしなくちゃいけないと思ったときはちゃんとやるしねぇ。ただ本当に面倒なことには巻き込まれたくないんだよねぇ。
でも、正直あのことは気になる……。リューがこの二年間、何故消えていたのか……。あのときの出来事以外にもなにか理由がある気がするんだよね。調べてみたいという気持ちはあるけど、どうやってという気持ちがあるから中々出来ないでいる。それに調べたら開けてはいけない玉手箱を開けるような気がして面倒なことになりそうな予感しかしない。
「ありがとうな……」
笑顔のリューの姿を見て私は若干ほっこりしながらも先ほどのことは一旦忘れて焼肉を楽しむことにしていた。まあ、あのことは後でも全然いいからねぇ。流石に本人に直球のはまずいし。
「別に私は何もしてないけどねぇ。そういえば、ヒメさっきリューとなに話してたの?」
さっき香織と竜弥が話していたことが気になっていた。何か面白そうな話だったような気がするけど、なんだったんだろう。
すると、リューはヒメに何か合図を送っていたがヒメは「別に良くない?」と言いたそうな表情をしている。この感じ、私に喋るなって言ってるねぇ。そんなに聞かれちゃまずいことなのかねぇ。リューは顔を真っ赤にしながらも「手洗いに行く」と言って逃げ出していく。
「リュー逃げたけどどうしたの?」
「ああ、まあ……竜弥にさ千里のことデートに誘えば?って言ったんだよね」
「あーそういうこと」
自分に気づくちょい前、顔を真っ赤にして動揺している素振りを見せていたのはそういうことか、と納得したのと同時にあの二人本当に復縁したんだと確信する。前に一度エリーと一緒にいるときにリューから電話を掛かって来たのを見ていて、電話を終わった後に「なんで千里は……」と言っているのが聞こえていたから、もしかしたらあの二人が復縁したのかもしれないと期待していたけど本当に復縁したんだねぇ。
「でもなんでデートなのさー?あの二人もうそういう段階超えてない?」
疑問なんだよねぇ。あの二人はそういう段階もうかなり超えているから、今更そういう段階に戻るのも意味が分からないんですけどって言う感じ。
「誤解を生みそうなこと言わないでよね、まああの二人デートは行ったことあるけど。二年も会ってなかったんだからそこからやり直しさせたっていいでしょ?それに……」
「それに……?」
「竜弥の方は溝を感じるの、だからある程度溝を埋めて行かなくちゃいけないでしょ?」
「あーね……」
それには心当たりしかなかったよ。
だってその溝とやらはきっと私にとって……。
面倒なことにもっと関わるべきではないと思わせる一つの出来事だったのだから…。
◆
焼肉を食べ終えた二人はそれぞれ解散して家へと帰って行った。因みに千里が全く戻って来なかったのは店員が皿を割ってしまい、それを拾うのを手伝っていたからである。家に戻って来た二人は結局久狼としてやることが見つからず、雑談コラボを一旦挟もうと考え、既にもう配信が始まっているところであった。
「久龍って確かハンバーグ好きなんだよな?」
「そうだね、肉厚でジューシーなのが好きかな」
女性らしくないと言い方はあまり宜しくないのかもしれないが久龍は肉料理が好きだったりするのである。また俺がラーメン好きだということも理解している為、気を使ってくれていたのかこってりだろうがあっさりだろうが一緒に食べに行こうと言ってくれることが多かった。流石に脂っこすぎるのは誘わなかったけど……。
「ほらロウガに昔言ってあげたじゃん?山の中の獣肉だけじゃなくてちゃんと育てられたお肉も美味しいよって言って美味しいハンバーグ屋さん連れて行ったら涎垂らしながら美味しそうに食べてたよね。サラダとかも食べなって言ったらえぇ?って顔してたけどさ」
「そういえば、そんなこともあったな……。俺がドリンクバーで飲み物混ぜてて子供っぽいとか笑われたっけ……」
「そうそう、あったよね」
『久龍は肉食系と……』
『久狼てぇてぇ』
『二人共本当に仲いいんだね』
久龍は具体的な話を出しながら二人が仲良いことを印象付けようとしていた。
実際、この語りは正解だったようで二人の仲の良さが視聴者達にひしひしと伝わってきているようだった。こういう仲良しエピソードというのは大事になってくると思う。
「それでロウガはやっぱりラーメンが好きなんだよね?」
「ああ、そうだな。俺はこってりとしたラーメンが好きだな」
『こってり好きなんだ」
『こってりもう食べられないから羨ましい』
『おじさん元気出して』
「質問に来てたんだけどさ、通な食べ方とかあるの?」
「よく聞くのであれば、海苔とかはご飯に巻いて食べるとかじゃないのか?後はまあスープをご飯にぶち込むとか……」
この猫まんまの話をするのは正直気が引けていた。
この話をするとき大体「え?マジで言ってんの?」という顔をされるからだ。と言ってもこのラーメンのスープをご飯にぶち込む方法はある特定のラーメン系統には絶品が出来る上がるの是非試して見て欲しい。試して見て欲しいけど、大体嫌がられるだろう。
久龍のように……。
「え?スープを……?」
「そ、そういう人もいるってだけだからな!?」
『猫まんまはちょっと……』
『割と聞くけど実際やってる人見た事無い』
「そ、そうなんだ……。じゃ、じゃあさ、竜弥はなんでラーメンが好きなの?そういえば聞いたことなかったんだよね」
「ラーメン好きな理由か……」
ラーメンが好きな理由を聞かれて一瞬言葉に困ってしまう。
理由がない訳でも語りたくない訳でもなかった。あの思い出は自分にとって初めてのことであり、ラーメン好きになった理由の一つなのは間違いないのだから。息を吸い、ゆっくりと自分の呼吸を落ち着かせながらも俺は語り始める。
「初めて家族と人の住んでる場所に下りてきたとき、美味しそうなラーメンの匂いがしてきたんだよ。気になって見てたら親に言われたんだ、食べたいのか?って俺はすぐに頷いたんだ。店に入るとカウンター席だったり、テーブル席だったりのがあってさテーブル席に座ると調味料が色々と置かれてたりして驚いたし、メニューも色々あって驚いた。俺は結局醤油ラーメンを頼んだんだけど……注文したラーメンはそれはそれで格別で美味かったのを今でも覚えてるんだ」
『滅茶苦茶いい親じゃん』
『いい話だなー』
『なんか泣けて来たかも』
「いい話か……」
ロウガ風にあのときの記憶を言うと、視聴者からも久龍からも良い感じの話だと認識されていた。そうだよな、普通はいい話だと認識する……よな。
でも……あの人は……。
◆
雑談コラボ配信を終えた俺は溜め息を吐きながらも家を出る。
今回の雑談コラボ配信、俺達が高校生時代の話をVの自分達風に混ぜ合いながらも話していた。俺が家族と一緒に食べたラーメンの話を千里に今までしたことはなかったが、千里と二人っきりで出掛けたときに俺が絶対に美味いと言って連れて行ったラーメン屋を連れて行った後、ちょっと妬いたのか分からないけど「じゃあ今度はアタシが竜弥の舌を肥えさせるラーメンを作ってあげるね」と言われたことがある。
実際、千里のラーメンを食べたとき俺は舌を肥えさせられて普通のラーメンでは満足できなくなっていた。楽しい思い出……ああ、そうだな。楽しい思い出のことを俺達が話していると視聴者達にも俺達の仲の良さが伝わった様子で感想のツィートで溢れていた。
「とりあえず、掴みはいい感じってところか……」
最初ではないとはいえ、此処まで好印象ならば今後も大丈夫かもしれない。
自分達が付き合っているということを公表するのがどれだけ危険な賭けになるかもしれないが最近ではVでも結婚報告だったり同棲報告をしても祝福をされることも増えているそうだ。昔はそういう報告をすれば罵詈雑言の嵐だったようだがこれも一つ時代の変化なのかもしれない。
「それにしても……」
まさかこんな目的のために本屋に行くことになるとは思わなかったと少し心の中で頭を抱えながら本屋の中へと入っていく……。こんな目的と言うのはちょっと恥ずかしいけど、恋愛やデートといったものについての知識を学びたかったからだ。
「ない訳じゃないんだが……如何せんやっぱりな……」
自信がない訳でもない。かと言ってある訳でもない為、こうして本によって情報やテクニックを手に入れようとしていたのだ。周りに聞いてみるという選択肢もあったのかもしれないが、恋愛といったものに詳しい友人や知人に全く心当たりが無かった為、自分で調べることにした。
別にモテなさそうとかそういうことを言いたい訳じゃなく俺自身がそう言う話を面と向かって出来る相手がいなかったからだ……。
「一人だけちゃんと真正面から言ってくれそうな奴がいるけど……亜都沙は京都だしな……」
亜都沙なら相談に乗ってくれるかもしれないし、直球で物事を言ってくれるかもしれないと思って電話を一度掛けてみたが繋がることはなかった為、大人しくこうして本屋に来ている。
「デートか……」
高校時代、一度だけ水族館で千里とデートのようなものをしたことがあった。二人でシャチのショーを見に行って千里にこういうのは水飛沫を浴びてこそと言われて前の席に座ったのは良かったものの加減を知らないシャチたちは何度も水飛沫を浴びせて来てレインコートがずぶ濡れになりながらも二人で笑い合っていたことを今でも覚えている。
なにより……。
「あのとき……だもんな。あの言葉を……言ったのは……」
『俺が千里の傍にいる。絶対に守るから』
過程はどうであれ俺はあの日、誓った言葉を結局裏切ることになってしまった。
その罪は一生消えることはないだろう。消えることがないからこそ今度こそは千里の傍で立っていたと心の中で誓っていたのだ。
「今度こそ俺は……千里のことを……」
『カエセ』
「……?」
何処からか声のようなものが聞こえてきたような気がしていた。その声は雑音交じりでよく聞こえなかったが何となく何処からの声なのかを分かった気がしていた。
急いで手に取ろうとしていた本を元の場所に戻して声の主の方へと歩く……。
『カエセ』
再び声が聞こえて来てその方向へと歩いて行くが……。
「誰もいない……?」
声の主の方へと歩いたが、そこには誰もおらず本が収納されている本棚が続いているだけであった……。
「なんだったんだ……今の……」
『カエセ』
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