狂気の訪れ
第37話 生粋のオタク
彼女は彼のことが許せなかった。
卒業日のあの日、彼女は急に降り出した土砂降りの雨の中、彼を見つけ出した。何も言わずいなくなった彼の姿を見つけられて彼女は安心していたが瞬く間に彼に失望することになった。彼は彼女に気づいた瞬間、逃げ出したのである。彼女は当然彼のことを追いかけようとしていたが彼の姿は見えなくなっていた。
彼女はその瞬間、裏切られたと確信した。彼があの日の誓いを放棄して何もかもから逃げ出そうとしているのを感じとっていたからこそ彼のことが許せなかった。
そしてもう一つ彼女が彼のことが嫌いになったのには理由がある。
彼が度々向けていた殺意の目が怖かったからだ。あの日以来、彼はあの目をするようになった。あの目が本当に怖くて彼女は怯えていたのだ。
本当は分かっていた。
自分が彼のことを嫌っているのは我が儘だということを……なにより自分の罪から逃れる為だということを……。
「今日お前達のことを呼んだのは他でもない。神奈月ロウガ、久龍アンナ二人の今後を考えるためだ」
澤原がホワイトボードに今後のことをまとめた内容を書き始めてるのを見ながら京花は資料を手に取って語り始める。
「お前達が付き合ってるという情報も気にはなるんだが……前から付き合ってたのか?」
「あーいや、付き合ってた訳じゃないんですけど……」
明らかな個人的な京花の質問に困り果ててしまう竜弥。
付き合っていたかと言われれば付き合ってないのは間違いないのだろう。しかし、告白を未遂までしていたのは事実だった為、どう否定すべきなのか悩んでいた。
「香織から二人のことはある程度聞いたが高校時代は結構仲が良かったらしいな……。それなのにつきあってないのか?」
「い、色々事情があるので……」
何も言えなくなってしまっている竜弥に助け舟を出すような形で千里が濁しながらも説明をする。千里にとってもあのときの出来事はほんの一瞬まではいい思い出ではあったが次の瞬間、全てが苦い思い出になった為、話すのは億劫となっていたがそれでも事情を話すのであった。
「そうか……」
「仕事中に他人の恋愛話を聞こうとするのは勘弁してくれないか……」
ホワイトボードに字を書きを終えた澤原が溜め息を吐きながら書いていたペンの蓋を閉める。若干強めに閉められた音が聞こえていたのは澤原が京花が個人的な感情を優先しているのに呆れていたあまりの行動であった。
「まあお前達が付き合い始めたのはつい最近だというのはこちらも把握している。出来る限りこの件は早めに対処したかったが與那城が失踪していた件、樫川も失踪していたこともあって中々話を進める機会がなかったからな」
千里と竜弥が付き合うようになったのは與那城が失踪した前日のこと。その後に竜弥の炎上や失踪もあったこともありこの話をまとめる機会はなかったのだ。因みにだが澤原は千里と竜弥が付き合い始めたという件に関しては別に胃を痛めてはいなかった。と言うのも、香織から散々あの二人はデキていると言う話を聞かされていたからだ。
「千里からお前達の意見の総意は聞いている。確かに今後のことを考えれば隠し通しておけば炎上するリスクもあるだろう、俺も個人的には公表することに関しては賛成だ」
澤原は千里から話を聞いたとき、どうするべきかと悩んでいたが彼女の言葉を聞いて早めに公表するべきだろうと考えていた。
「待て瑛太」
「なんだ?」
京花は口元に手を置きながらも何かを考えるような仕草をしていた。
瑛太に話しかけたの同時に口元から手を下げて言葉を続け始める。
「私はまだ公表するべきだとは思わない」
「どういう意味だ?」
「公表することに関しては私も別に構わない。早めに公表してリスクを回避するという意味合いを込めても悪くない案だろう。ただ私としては段階を踏んでから公表するべきだと思うな」
資料を机の上に置き、真っ直ぐな瞳で瑛太のことを見る京花。
その表情は真剣そのものであり、先ほどまで興味津々で二人の恋愛話を聞こうとしている彼女の姿はなかった。そう、彼女は割と情緒が安定しないタイプの人間なのである。
「段階……ですか?」
「ああ、そうだ樫川。お前達、久狼の仲は一度のコラボ配信で知れてるとはいえまだたった一回だけだ。そんななかで付き合っているということを公表しても混乱を招くだけだろう」
「確かに言われてみればそうだな……」
二人だけでコラボしたのはたった一度きり、好感触だったとはいえいきなり付き合っているという発表をすれば混乱を招くことになる。瑛太も「なるほどな」と言いながらも納得していた。二人は二期生のコラボのとき関係を怪しまれたとはいえまだ知れ渡っていると言う訳ではないのだ。
「なら此処はこうしよう、お前達の関係については出来る限り早めに公表する。但し、それは段階を踏んでからだ。簡単に言えば、お前達がコラボをすることで徐々に関係値を増やして行き頃合いを見て関係を発表する。それでいいか?」
「俺は構いませんが……」
竜弥は千里の方を見る。
彼女の方を見たのには理由があった。彼女としてはすぐにでも公表するべきだと考えていた為気になっていたのだ。静かな部屋の中、彼女は目を閉じて考え込んでいた。
「アタシも構いません」
「いいのか?綾川は確か……」
「正直今すぐにでも公表するべきだと思いますけど……京花さんの話を聞いて段階を踏むべきだというのは確かにその通りだと感じました」
澤原は千里の意見も尊重しようとするが、千里が納得したのを見てそれ以上何も言うことはなかった。
「纏まったようだな……では今後の方針についてだが……」
「自分達でか……」
今後の久狼に関しての話を終わった後、竜弥たちは事務所の一室から出て廊下で眉間に皺を寄せながらもあることを考えていた。
「難しいよね」
「俺達のことを考えてのことなんだろうけどな……」
二人で一緒に悩んでいたのには理由があった。
先ほど方針を決める際、二人の関係が拗れないように自分達で出来る限り今後のコラボなどの話を決めて欲しいと言う話題が出た。事務所側が考えるのも一つの手だがあまり二人の反感を買うものをやらせることになるのも忍びないと思ったのだろう。
「あれ?二人共どうしたの?」
「香織……」
事務所のスタジオから出てきたのは香織だった。
香織に気づいた千里は香織の名前を呼びながら彼女に近づいていくと、もう一人スタジオの方から出て来たのである。
「與那城もいたのか」
「先輩とコラボしててさ」
前回與那城が失踪していたこともあり出来なかった配信をスタジオでやっていたのだ。與那城にとってこのコラボ配信はある意味自分の汚名返上する為に大事な配信だったのである。
「千里、竜弥聞いてよ。この子、あの配信で言ったことちゃんと出来てたんだから偉いよね」
香織は微笑みながらも與那城の髪をしわくちゃにするぐらい撫でながらも「偉い、偉い」と言っていると、與那城がその手を振り払う。
「こ、子供扱いすんなよ!!」
「遠慮しないの」
頭を撫でられていることに対して子ども扱いされていると認識していた與那城は少しムキになっていたが顔が赤くなっているのを見るに多少は嬉しかったのだろうと千里と竜弥は見ていた。
「仲良さそうだな二人共」
「ん?盟友だもんね」
「相変わらずだな香織……」
竜弥は香織が変わらずにこういう分類の人間だと言うことに安心していた。
彼女は生粋のオタクということもあり友達と決めた人のことを盟友と呼んだりする。何故盟友と呼んだりするのかは昔彼女がハマっていたアニメの影響を受けているかららしい。
「あーそうだ二人共、話があるんだけどこの後大丈夫?」
「俺達は全然大丈夫だが……」
「
「あー私はいいですよ。香織先輩も竜弥に会うの久々だと思うんで三人で話してください、積もる話もあると思いますし……!それじゃあ!!」
「全く気なんて使わなくていいのに……まあちょっとは大人になったってことなのかな」
與那城は香織から竜弥と会うのは久々だと言うのを配信前に聞かされていた。
何故彼女がそのことを知っているのかと言うと、香織から竜弥の愚痴を聞かされていたからである。
「ほら行こう?二人共」
「あ、ああ……」
「き、気まずい……」
香織が「どうしても!!肉が食べたい!!」と言って焼肉屋に来た三人。千里は今席を外しており、香織と竜弥が向かい合って肉を焼いていたのである。
「……竜弥ってもしかして自分が恨まれてるって思ってる?」
「当たり前だろ……」
竜弥が気まずいと感じていたのは当然、千里や香織達に何も言わず姿を消したこと。送られてきた連絡に対して全く既読も付けず無視をしていたこと……。全て自分が悪いことをしたと言う自覚があるからこそ気まずいと感じていたのだ。
自分が招いた種とはいえ……。
「じゃあ聞くけど竜弥は私に恨まれたいの?」
「それは……」
それは違うと断言しようとしたが声が出ない竜弥。
今此処で違うというのは自分の自己中心的なものでしかないと考え言葉を潰して竜弥は何を言うべきか迷っていると、香織が肉をタブレットで注文しながら口を開く……。
「違うんでしょ?まあ私は竜弥のことを盟友だと思ってるから一言だけ言わせてもらうとしたら……」
「これからも千里のことよろしくね」
「それは……分かってるつもりだ」
潰していた言葉の先を香織に言われてしまって竜弥は何も言うことはなくただただ香織に心の中で感謝の気持ちでいっぱいだった。
「やっぱりいいもんだな……親友って」
千里を頼むと言われた竜弥は少し自分の気持ちが楽になりながらも気を引き締めていた。
千里に再会するまで竜弥は彼女のことを相応しくないと思い会うのをやめていた。
エゴの塊だと言われようが竜弥は彼女達を傷つけたくなったからこそ会わずにいたが與那城のことを調べるために旅館に来たとき、死んで欲しくないと言われ、傍に居てくれたからと言われ竜弥は本当に嬉しかった。
だから今度こそ彼女の傍にいたいと願うようになっていたのだ。
「ふーん?じゃあ竜弥今此処ではいって言ったんだからさ……」
「千里にデートしたいって言ってみたら?」
「は?デート……?」
竜弥は香織の口から発した言葉に驚きを隠せないでいた。
デートという単語を全く信じられないという目で香織のことを見つめながらも再度確認すると、「だからデートって言ったんだってば!」と香織に呆れたような目で見られるのであった。
「そうそう、ほら彼女なんだからそれぐらいのことは言えるしできるでしょ?」
「えっ……いや、お、俺が千里とデート……?」
「えー?なんで戸惑ってるのさ、高校時代は千里の愛妻弁当を美味しそうに食べてたのに……あれが出来てなんでデートに誘えないのさ」
「それとこれとはまた話が別だろ……はぁ、なんでそんな話に……」
竜弥は香織の言っていることがまるで分からなかった。
確かに自分は千里と付き合っているがまだそういう段階ではないはずだと勝手に思っていたのだ。それなのに何故こんなにも段階を踏み越えた言葉を放ってきたのかまるで理解できなかったのだ。此処に誘われたとき二人っきりになったら香織に二人の今後をどうしたらいいのかと聞こうとはしていたがまさかこんな解答が先に返ってくると思わなかったようだ。
竜弥が頭を抱えながら悩ましくなっていると、後ろから声が聞こえて来ていた。
「あれ?みんなお揃でどうしたん?」
竜弥達の席の前に立っていたのは竜弥が二年ぶりに出会う人物であった。そう、その人物は……。
「琉藍……!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます