第36話 変わるという決意

「それじゃあ静音……また今度ね」


「ああ、母さんも元気でね」


 京花との話を終えた後、澤原がロビーの方に戻って来て三人は帰ることになり與那城も車に乗せてもらうことになった。今は駐車場で與那城の母親達が見送りに来ていたのであった。


「静音……自分を忘れるなよ」


「……分かってるよ、父さん」


 自分を忘れるな、今の與那城にとってただの別れの言葉では済まされない言葉であった。

 與那城は後部座席に乗り込み、母親から手を振られながらも見送られていく……。その間にも父親から貰った「自分を忘れるなよ」という言葉を胸に刻み込むために、そっと目を閉じる。脳裏には自分が今やりたいこと、これからのことを鮮明に浮かび上がり、それを叶えるためのものを必要なのかを改めて感じ取っていた。

 父親からの言葉は十分に胸に響いていたのだ。





「澤原、何故私に運転させない?」


「来るときも言ったが……お前に運転させたらナビも意味がなくなる」


「それはそのナビが悪いんだろ、新しいのに変えたらどうだ?」


「これが新しいのなんだよ……」




「なんだこの会話……」


 與那城は二人のアホみたいな会話を聞いていて自分が今胸に染みこませていた言葉が若干脆くなりそうになっていたのに気づいていた與那城であった。











「この家に戻ってくるのも久々だな……」


 家に戻って来た與那城はすぐにパソコンの電源を付けていた。

 與那城が暫く姿を晦ませていた。場所は、與那城がかつて引き取られていた施設であり、何日かだけでいいから泊まらせてくれと言ったのだ。彼女は15歳である為、ネットカフェに滞在することは不可能でありホテルも不可能ということで彼女がアテにしたのが施設だったのである。無論、彼女はタダではなくお金も払うからということで相手側も事情が事情である為、泊まらせてくれていたのだ。

 ゲームが出来ていたのは彼女が持ち込んでいたノートパソコンのおかげである。


「……配信枠作るか」


 彼女は起動したパソコンで配信の枠を作り始める。





謝罪配信。


 動画で謝罪という枠組みを作った與那城であったが、これまでのことを考えてやはり視聴者の気持ちをすぐに知れる配信という形で謝罪を改めてするべきだと決めていたのだ。配信は三十分後に指定されていた。







「……始めるか」


 三十分間、パソコンの前で椅子に座り、配信画面を見続けていた與那城。彼女がどういう気持ちで與那城がパソコンの前に立っていたのかは本人にしか分からないだろう。本人にしか分からないが彼女の瞳に奥には何処か燃え上がっていた。


「こんばんは……急な配信のお知らせなのに皆来てもらってごめん」


『こんレイー、元気にしてた?』

『不快だから低評価入れておいたわ』

『また配信途中でブチギレそう』

『ガキだから仕方ないじゃん』


 獅童レイの配信はかなり久々と言うこと、謝罪明けすぐの配信ということもあって視聴者数はかなり集まっていた。自分が何を言い出すのか注目されているのか、それとも面白がられてるのかどちらかだろうと、與那城は考えていた。

 自分のことを心配してくれていたコメントも見えて来て……此処にも戻って来て良かったと言う気持ちはあった。


「今日はどうしても皆に謝罪をしたくて配信をしたんだ……。知っての通り、俺は神無月ロウガに物資と武器を大量放棄した罪を庇ってもらった。ダメだと分かってはいたのに俺は怖くなってそのまま逃げだしてしまった……。本当にごめんなさい!!」


 どうして庇って貰ったの?という前回の動画で見受けられたこともあり、その釈明の為に獅童は怖かったからと付け足していた。またロウガ、両親、玲菜達と喧嘩したことに関しては澤原から公言するなと禁止させられていた。あくまで外側のことで起きたことであり喋るなと言われていたのだ。


「それだけじゃない、俺は……今までみんなのことをかなり不快にさせて……きた。ネタバレコメを注意するときに酷く言い過ぎたり……配信中感情的になり過ぎることだって結構あった……先輩のコラボに行かなかったり迷惑をかけたりしたことだってあった」


 『久龍アンナ:ゆっくりでいいよ』

 『城崎ハク:気にしないでいいよー、ゆっくりなー?』


 泣かないときめていたはずなのに、涙が止まらなくなっていた與那城。

 自分が情けなく弱い人間だったという人間を自分の口から曝け出すのが本当に辛くて仕方なかったのだろう。なにより、久龍や城崎がこの配信を見て自分のことを応援してくれていることが嬉しかったのだろう。


「一番ダメだったのは……応援してくれるファンがあんまりそういう意見があっても言い過ぎたり構っちゃダメだよって言ってくれてるのに『指図するな』とか『私の気持ちをしらない奴がファン面するな』とか『二度と来るな』とか……言ってごめんなさい……!!」


 彼女が失踪する一日前、一度だけ與那城はファンがあんまり言っちゃダメだよ?という言葉に苛ついて、サンドバッグのように殴り続け自分の配信に『二度と来るな』と言ってしまったことがあったのだ。與那城は全くそのことを気にもせずいたが、その日のうちに澤原に怒られ訂正したが彼女のファンが怯えるきっかけになってしまったのだ。


「俺が正しいと思ってしてきたことは何もかも間違っていたと思うし、いい印象を持たれることなんてなかったと思う。それは絶対に断言できる……自分でもようやく気づけた。だから言わせて欲しい」





「俺は絶対変わってみせるから……!これから先色々とみんなにまた迷惑を掛けてしまうかもしれない!そのときはちゃんとごめんなさいするし、間違っていたとも言う!!自分が劣等感が強くて自己肯定も低いから……こうして他人のことをすぐ見下したりして余裕を持とうとする性格も直して行くから!!周りのことを考えて突っ走たりもしない、なにより……!!」





「俺は……俺はあの二人ロウガ達のことを今は追いかけ続けてサポートしたいんだ!!」



「俺はロウガみたいに人の気持ちに寄り添って話しできたりゲームも全般上手い訳じゃないし……アンナみたいに人に何言われようとも無視できるようなタイプじゃないし歌も上手くない……!!それでも俺はあの二人の追いかけたい……!!あの二人と対等に立てるようになりたいんだ……!!」


 旅館内で京花の話をしたとき、今自分に出来ることはこれしかない。二人の背中を追いかけて二人のことをサポートして自分だけの自分になっていけばいいと……。


「変わっていくのには時間が掛かるかも知れない……。でも今言ったことは全部……曲げるつもりはねえ……から!!!」





「だから見ていてくれ、俺のことを……!!これからも……!!」


 獅童は吐き出したことを全て吐き出した後、配信を終わらせた。

 配信途中、コメントを見ないようにしていたが彼女の今までの性格上、絶対に見ないということは出来ず途中途中、何度か見てしまっていた。そう、泣いていたのには理由があった。最初こそはすすり泣くように泣いていた為、コメント欄から『同情誘うために泣いてんの?』と言われていた。獅童はそのコメントに怒りを露わにしそうになったが拳を腹に何発も入れて耐えようとしていた。


 心の奥底から泣き出してしまっていたのは誓いを宣言して始めてからだった。

 どうせ無理だ、途中で投げる。そんなコメントもあったが中には彼女の宣言を聞いて『見ていくね』というコメントを残してくれた視聴者もいてくれたのだ。本来、嫌なコメントの方が目立ちやすく目にも入りやすいはずなのに今の彼女には自分のことを支えてくれるコメントがなによりも支えになっていたのだ。


 だからこそ彼女は心の底から泣くということが出来ていた。

 変わろう、変わり続けようと……。応援してくれる人たちの為にもと……。


「これから忙しくなるだろうな……」


 変わると宣言した以上、これまで以上に注目されるかもしれないが與那城の辞書に後悔という言葉は今はなかった。ただ自分が決めた言葉を実行するだけだと考えていたからだ。


「ちゃんと泣けたの……いつ振りかな」


 今まで渇いた涙しか出て来なかった與那城。

 自分の心を突き動かしてくれたのがまさかコメント欄だとはな……。と不意に笑みを見せて嬉しくなりながらもスマホを見ると、そこには真波とアキラからの連絡が来ていた。


「二人共、私の配信を見えていてくれたんだな……」


 スマホの画面にはアキラから素直な言葉で頑張れと言う言葉、真波からは少し素直ではないが頑張れと言う言葉が送られて来ていた。二人それぞれ個性のある言葉に嬉しくなりながらも與那城は椅子から立ち上がり、外の空気を吸うために外に出ようとする。



 



「竜弥兄……」


 扉を軽く開けると、鉄格子に寄りかかりながらもスマホを見つめている竜弥の姿があった。

 先ほどまで與那城の配信を見ていたのか、耳にはイヤホンをしていた。


「見たぞ、與那城の決意表明」


 與那城の存在に気づいた竜弥は耳からイヤホンを外してスマホをポケットの中に入れていた。與那城のことを見る竜弥の目は何処か優しく彼女は思わず甘えたくなってしまいそうになっていたがぐっと堪えていた。


「そんな大それたもんじゃないよ、私が色んな人に迷惑を掛けたのは事実だから」


 與那城は考えていた。

 獅童レイとしての自分で謝罪をしているとき、きっと自分のことを嫌いだという人もいてもおかしくはないだろうと……。自分のわがままな言動で視聴者を振り回して不快にさせた。その事実はどうやっても覆ることはない。これから先自分の行動を改めたところで嫌いという評価が覆ることもないだろうと……。

 全部分かっているつもりだった。分かっているつもりだったからこそ自分のことを好きでいてくれようとする人、自分のことを認めてくれる人達の為にも頑張ろうとしていた。


「竜弥兄……竜弥にも迷惑を掛けたから」


「その呼び方……」


 いつもとは違う、呼び捨てでの呼び方に少し驚いている様子の竜弥。

 與那城も激昂しているときは彼のことを呼び捨てで呼んでいたが今こうして冷静になりながら呼び捨てで呼ぶのは少し違和感を感じていたが彼女はこの呼び捨ての呼び方に意味を感じていた。


「私さ、竜弥兄のこと竜弥兄っていうのやめようと思うんだ」


 マンションの鉄格子に寄りかかりながらも與那城は遠くの景色を見つめていた。

 彼女の瞳に捉えていたのは遙か遠くから見えている自分の両親が住んでいる旅館であった。彼女が旅館を見つめながらもどんなふうにこの言葉を言っていたのかは本人のみが知っていた。


「もう竜弥兄とは呼ばないのか?」


「ああ、呼ばないよ。私にとって"竜弥兄"という呼び方は竜弥なら私のことを分かってくれるんじゃないか?って微かに期待していたからこそそう言う呼び方をしていたんだと思う」


 與那城にとっての兄という呼び方は確かに彼なら自分のことを理解してくれるという気持ちがあった。期待している、そんな気持ちもありながらも同時に與那城にとって本当に彼のことを尊敬しているという気持ちはあった。


「愛着の意味もあったんだろ?」


「愛着というか尊敬の意味を込めて呼んでいたのも事実なんだよ。あの日竜弥と出会わなければきっと私は趣味にハマる人のことをカッコいいだなんて思うことも出来なかった、ゲームをする女子が変じゃないということも知らなかったと思う……。自分の苦しみから解放されることもなかったと思う、そういう意味では本当に感謝してるけど私はこれ以上竜弥に迷惑を掛けたくない、自立しなくちゃいけないんだ」


 彼女が竜弥との記憶を思い出している間、與那城は少し悲しそうな眼をしていた。

 竜弥兄という呼び方を出来なくなるのを少し悲しいという気持ちもあった。愛着が多少なりともあったからこそその呼び方をしていたからこそだ。だが真に悲しんでいたのは……自分が結局誰かの力を借りなければ生きて居なくちゃいけなかったという現実に少し辛くなっていったのだ。


 かつての自分は母のように強くあり続けたいと願っていた。願うあまり、他人の力を信用しないようにあまりしているつもりだった。つもりだったが竜弥や千里、真波やアキラなどといった人物と出会って行くうちに弱い自分が見えて行くのが與那城にとって何よりも醜く思えてしまっていたのだ。


「勿論誰にも頼らないで自分の殻に籠るとかじゃなくてさ、ちゃんと自分で考えて行動しようって決めたんだ。今まで私はなあなあで周りに流されて生きて来たけど今度はちゃんと自分で考えて生きたいんだ……だから……だからこれだけは言わせて欲しい……これまでありがとう、そして……」


 與那城のなかで色んな感情、希望、不安……。これからの期待と疑念……。そういったもの感情が今彼女の中で渦巻いていた。渦巻く感情は留まることは知らなかったが彼女は拳を強く握り締めて深呼吸をしながら吸収しようとしていた。



 目を開き、口を開いて……己の言葉を今言おうとしていた。





「これからも……よろしくな……!!竜弥!!」


 まるで春の陽光が降り注いだように、周りの空気が明るくなっていた。彼女の体はまるで身軽になり浮かんでいる、そんな認識にすらさせていた。長い間苦しみに囚われていた與那城の姿はそこにはなく、ただ一つ少女らしい笑みを竜弥に見せている。


 竜弥は彼女の内面から溢れ出る感情の結晶に対して彼女自身がまるで新しい自分を手に入れようと生まれ変わろうとしているのが伝わっていたのだ。溢れ出るその決意は彼女の表情からも読み取れていた。


 目は星のように輝かせ、頬には柔らかな紅が差していた。作られた笑顔でもなく単なる喜びを表現する為だけの笑顔ではなかった。與那城にとっての決意表明……。そんな表情としても見ることが出来ていたのだ。


 そう、これが彼女にとっての……。




 苦しみから解放された本当の『笑顔』だったのだから……。









 ◆





「ゆーちゃん、お久しぶり!元気にしてた?」


 太陽がある一人の女子高校生をまるで注目させるかのようにして照らし出していた。人々が歩く流れの中、一人の女性が高校生ぐらいの女子の肩を軽めに叩いて気さくに話しかけていた。


「琉藍さん……」


 女子校生ぐらいの子と思われる女性に話しかけていたのは琉藍と呼ばれた女性であった。


「おっ!ちゃんと覚えててくれた!?いやぁ、良かったよ!!私影薄くて覚えられてたりしてなかったらどうしようかと思ってたからさ」


「琉藍さんは特に印象的な人だったので覚えてます」


「嬉しいこと言ってくれるじゃん!!」


 ゆーちゃんと呼ばれた女子高校生はこの人のことは忘れたくても忘れることが出来ない人だというのを覚えていた。破天荒で自由気ままな性格、その性格に何度翻弄されてきたのか思い出していたのだ。


「いやー二年も会ってなかったからさ!!覚えてないかもって思ったよ!!会ってない間に体調崩したりとかしなかった?」


「え?は、はい……私は特に……」


「そっか、ならぁ良かったよ!!」


 彼女の底抜けなく明るさは太陽の光が差し込むような明るさと活力で満ち溢れているが、誰もがその元気さに騙されることが多い。彼女は自堕落な性格だと言うことを……。


「あの……今日はいったいどういう話で?」


「ああ、そうそう……。そうだったね……今日はさ少し聞きたい事があって来たんだ」


 その自堕落な性格を知っていた彼女だったからこそ、今目の前にいる月見里琉藍の目つきがまるで鋭い刃のように細められ、その奥には何かを決意した強い意志が宿っていた。だらけ切った彼女らしくない姿に女子高校生は先ほどから疑問に感じていたのだ。


 それは……。



 何か覚悟を決めた彼女が目の前にいるということを……。







「樫川竜弥……リューのことを教えて欲しいの」










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