第35話 サポート

「全く……やっぱりこういうことも任されるのかよ」


 ケーキを食べ終えて少し休憩していた私であったがすぐに父さんから次の仕事である見送りを任されていた。朝食を食べた後、少しゆっくりしたお客さんは大体お帰りになられることが多い。

 まあそんなのは当たり前のことだけど。


「少しぐらい余韻に浸る時間をくれってんだ」


 父さんはいつもそうだ、偶にいいことを言うなと思ったら次の仕事に行けとそればかり。多分照れ隠しとかなんだろうけどもうちょっと言い方なんとか出来ないものなのだろうか。父さんが言葉足らずだっていうのは分かってるけどさ……。


「ごめんね、静音……あの人もきっと照れてるのよ」


「それは分かってるけどさぁ、でもあんなに良いこと言ってくれたあとにこれはないと思うぜ?普通」


 溜め息を吐きながらも玄関から出て来たお客さんに私と母さんは「ありがとうございました、またお越しの心よりお待ちしております」と言って頭を下げる。私はこの瞬間が割と好きだったりする。こうしてお客様をお見送りして旅の無事を祈る、そんな感じが私にはするからだ。


「ふふっ、ごめんね静音」


「まあ母さんの笑顔に免じて許してあげるけどさ」


「ありがとうね」


 あんまり口に出したことはないけど、私は何処か母さんの笑顔は何処か本当のお母さんを重ねているところがあった。恥ずかしくて言ったこともないし、それを認めるのも嫌だったから私は言ったこともなかった。


「つーかこれもしかして最後の人が居なくなるまでやらなくちゃいけないのか……」





「当然だ」


 玄関にやって来て私の後ろで腕を組んでいたのは父さんだった。


「だよなぁ……」


 面倒くさい訳じゃないけど……いややっぱり此処はちゃんと思ったことを言うべきだ。


「面倒臭い」


 肩の力が抜けたように私は身体を脱力していると母さんが「頑張りましょう」と肩を軽めに叩いて来ていた。さっき朝食会場でお客さんの数は割と把握していたけど平日の割には結構な人の数がいた気がする。


「やるしかないか……」


 此処まで手伝ってしまった以上、最後だけ手を抜くって訳にはいかないだろう。

 それに……少しぐらい母さんたちに罪滅ぼしが出来たら……いいしな。





「はぁ……こんなもんか」


 疲れのあまり私は縁石に座り込んでいた。見送ると言ってもただ見送る訳じゃない。

 私の場合若いから力仕事を任されて車まで荷物を持っていくのを手伝わされた。父さんも力がすげえあるから手伝ってくれたけどほぼ私がメインだった。力あるって言っても父さんも歳だもんな……。


「歳か……」


 私は玄関の方へと戻りながらもあることを考えていた。

 そっか、二人共もう歳だもんな……。まだ40代後半ぐらいとはいえきっとこれから体力的にキツくなっていくことが多いだろう。後継者もいるなんて話も聞かないけど、誰かしらこの旅館を引き継ぐことにはなるだろう。そのときにもし、この旅館が今までのものを維持できるとは私は思えない。


 この旅館は所謂おもてなしの心というものがかなりある。まあそういうふうに教育されているっていうのもあるけど父さんがその見本になっているのは間違いないだろう。その見本が引退したらこの旅館がどうなってしまうのか気になってしまう。


「考え事?」


「ああ、まあそうなんだけどさ……」


 母さんや父さんは私に自分のやりたいことをやれと言っていた。

 ……ん?待てよ。


「父さん、母さん……あのさ」





「私やっぱりこの旅館継ぐよ」


 私の言葉にピクリと体を動かしていたのは父さんの方であった。


「継げ継げ言われてた頃は正直義務感で私はこれから此処を継ぐことになるんだっていう気持ちでしかなかったけど、今は違うんだ。はっきりと此処は私が継がなくちゃいけないって思える。私はこの旅館のことを気に入ってるし好きなんだ。父さんや母さんが此処を引退したらきっと好きだった旅館が旅館じゃなくなる気がするんだ。時代の流れなんて言葉があるけど、私は引き継げるものは引き継いでいきたいんだ、この暖かくて優しい心を持つ旅館を……」





「もう一度言うよ、私は義務感とかじゃなくて本当にこの旅館を引き継ぎたいんだ。私にとって此処は居場所の一つだから」


「お前は此処を継がなくていい」


 ああ、やっぱりそうだよな。

 父さんなら絶対そう言うと思っていた。なら私が投げる言葉はこうだ。


「自分のやりたいことをやれって言ったのは父さん達でしょ?なら私がこの旅館を継ごうが関係ないでしょ?それに今やっていることを投げ捨てる訳じゃないよ、あそこには私のことをちゃんと認めてくれる人達がいるから……。だからあの場所でやりたいことを見つけられた後にこの旅館を引き継ぐって私は決めたから」


「静音、いいの?」


「いいって!二人がジジババになった後も安心してこの旅館のことを考えられなくて済むようにするからさ」


「言ってくれるな静音……」


 まだまだ現役だと言いたそうな表情でこちらを見ながらも何処か安心しきったような父さんの横顔が見えていた。


「此処を継ぐというからにはこれからは手を抜くつもりはないぞ、静音」





「分かってるよ、父さん……!!」







「結局部屋の片づけまで手伝わされたし……」


 私がこの旅館を継ぐと言ったからなのか、父さんはかなり気合が入った様子で私にあーでもこーでもないと注意してくることが多くなっていた。例えば、部屋の隅々までを見て落とし者やゴミが落ちていないか確認しろとか、ちゃんと布団を片付けたのにこれはダメだとか難癖もつけられてこっちがあっちより先に白髪ばっかになってハゲそうな気分になっていた。


 まあ、父さんも今後の私の為を思ってくれているというのは分かるけどさ……。


「でもまあ……いっか」


 私がこの旅館を引き継ぐと決めたんだ。

 決めたからにはもう逃げない。今まで何度だって自分から逃げ続けて来た今度こそ逃げるつもりはない。お母さんに誓ったのだから、お母さんじゃなくて……お母さんみたいな人になるって……!

 それに……母さんや父さんみたいな人にもなりたいから……。


「はぁ……!やはり此処の温泉は気持ちいいデス!!」


「ん?この声って……」


 この声ってもしかして……。いや、でも流石に今此処に居る訳ないよな。

 だって事務所って今私のせいでとんでもなく忙しいだろうし、あの人が此処に居る訳……!?


「な、なんでいるんですか!!?」


 ロビーで私が疲れたように休憩していると後ろを見る。

 そこには私達の事務所の社長が手を天井に広げていた。


「静音、お客様になんでいるの?というのは失礼よ」


「あ、ああ……まあそれはそうなんだけどさ」


 確かに母さんの言うことももっともなんだけど……って今はそんなことよりも……。


「あ、あの……私のせいで事務所多分やばい状況ですよね?澤原さんすげえ疲れたような目してましたけど……」


「ああ、彼も来ているネ。最近は随分疲れていたみたいだからちょっとした休暇に日帰り温泉ネ」


 ちょっとした休暇で温泉地に来てわざわざ日帰り温泉……。

 いや、人それぞれだし何か言う必要はないか。手間じゃないかと言おうとしていたけど母さんに怒られそうだしそれはやめておこう。


「そうだったんですね……それでそっちの人は?」


 隣に立っている銀髪の女性ははっきり言ってこの旅館内においても目立つようなものを感じ取れていた。綺麗な顔立ちに細い体。引き締まっているところは引き締まっていて女性なら誰もが望むような体を持っている。

 ちょっと羨ましいなと思ってしまうほどに……。


「ああ、私は……すまない。コーヒー牛乳を一気飲みしてから自己紹介させてもらっていいか?」


「え、は、はい……」


 もしかして変な人……?

 わざわざロビーにコーヒー牛乳片手に持ってくるのは別にまあいいんだけどさ、自己紹介するときに飲もうとしなくても良くないか……。後でも全然飲めるよな……。


「すまない、どうしても今飲みたくてな……アイオライトの社員九石京花さざらしきょうかだ」


「さっきも一個飲んでたはずネ……お腹壊すネ」


「別にいいじゃないですか、社長」


 さっきまで凄い綺麗な人でカッコいい人だという印象は薄れていた。

 なんというか若干変な人だなという印象が私の中で芽生え始めていた。


「静音、私はお邪魔みたいだから行くわね」


「え?あ、ああ……それじゃあまた後でな母さん」


 母さんがロビーから去っていく後ろ姿を見送りながらも私はロビーの椅子に座ると、京花さんが私の斜め前に座り込み、社長が私の前に座り込むのであった。


「あ、あの……前から聞いてみたかったことがあるんです……。どうして私をスカウトしたんですか?」


「それは前にも言ったはずネ、貴方には瞳の中に眠る輝きがあるその才能を開花させることが出来ればきっと今よりも強い人間になれるはずだと私は信じていたからネ」


 眠れる才能……。

 確かにそれと似たようなことを言われた気がする。あのとき私には全く理解できなかったけど今はなんとなくだけど理解できているような気がしているけど……。私はどうもあの二人に比べて自分がイマイチだと分かっていた。


「……私はきっと千里や竜弥に比べたらVになりたかった動機も不純だったと思います。それなのになんで私のことをスカウトしてその上で採用してくれたんですか?」


 前に一度竜弥兄は言っていた。

 一人でも多くの人を楽しませる配信をしたい、と……。私にはそんな大それたこと夢や目標なんてものはない。どんなにも取り繕っても結局周りを黙らせたかっただけに過ぎない。それすらもなくなった今、私はどうすればいいんだ。


「静音とか言ったか?」


「え?は、はい……」


 いつの間に取りに行っていたのか、京花さんの目の前にはコーヒーカップが置かれており、匂いを楽しむかのようにしてカップを傾けた後に一気飲みしていた。京花さん、正直私は本当にこの人がよく分からない。


「聞くところによればお前が此処に入った理由は親を言い負かす為だった、そうだな」


「……はい」


「先ほどの感じの親との会話しか見ていなかったが少なくともお前は親に対してもう敵対心を見せていない。自分が欲していた目標もなくなり、他の二人に比べれば何もない虚無みたいな存在だと思っている?違うか?」


「そ、そこまでは思ってないですけど……まあそうです」


 実際、虚無みたいなもんというのはその通りだろう。自分としての夢は二つも持てた。だけどVとしての夢はもうなにもない。他の二人に比べて空っぽの私が二人に並んでしまっていいのだろうか。


「なら、今の段階ではこう考えていればいい。自分はあの二人をサポートする為の存在であると……」


「サポート……?」


「ああ、あの二人が前を突っ走るのであればお前が後ろから全力でサポートをして二人の背を追いかけ続ける。今はそれだけでもいいんだ」



「それにお前はあの二人が大好きなんだろ?」



 ああ、そうだ……。

 忘れていたことがある。幾ら自分に目標が無いからと言って虚無だと言っても私はあの二人の背中を追いかけ続けることが好きだったし、あの二人のことが大好きだったんだ。


「……はい!」


「なら、今はあの二人の全力サポートだけを考えろ。あの二人が倒れそうになったとき、お前が支えてやるんだ。いいな?」



「分かりました……あ、あの……教えていただき……ありがとうございました!!私……あの二人に比べて何してんだろって思ったりもしていたんですけど今さっき言われていた言葉の意味がなんとなくですがどうすればいいのか分かった気がします……!!」


「そうか……期待しているぞ」


 あの二人に今私に出来るのはきっとこれしかない。二人の背中を追いかけ続けるだけだ。京花さん、変な人だという印象があったけどどうやら私の間違いみたいだ。澤原さん同様しっかりとした人で熱い人なのは間違いない。


「いい人だな……京花さん」


 私もコーヒーを取りに行こうと席から立ち上がったとき、京花さんはコーヒーカップに口を付けて珈琲を飲んでいた。コーヒー飲んでいる姿も様になるなーって見惚れていると……。





「……苦いな、砂糖をかなり入れたはずなんだが……」



 やっぱり変な人かもしれない……。



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