第34話 二人の子供で良かった

『謝罪』


 私は今澤原さんの指示の下、あるツィートを投稿していた。

 竜弥兄にあの件を庇って貰うという話になったとき、正直私には理解できなかった。全く損にしかならないことをして竜弥兄に何の得があるんだと思っていた。あのとき私はあの人に結局甘えてしまったけど今なら分かる。

 あれは決していいことなんかじゃなかったんだと……。


 確かに竜弥兄に罪を被ってもらってそのまま過ごすという選択肢も取れる。

 その選択肢を取れば何事もなく穏便に済むのだから。


「でもそれじゃあダメなんだ」


 これ以上竜弥兄に甘えてばっかりじゃダメなんだ。

 私に結局死にたかっただけだということを教えてくれたのも竜弥兄……。これ以上竜弥兄に迷惑を掛けてられない。私はマイクの前に立ち、録音を撮り始める。







「はぁ……」


 謝罪と釈明の動画を投稿してから一日が経っていた。

 怒られるのは目に見えていたし分かっていた。それを受け入れるつもりだった。


「蓋を開けてみれば全然って……」


 再び動画を確認すると、確かに怒ってくれてる人はいるにはいるのだが本当のことを早く教えて欲しかったというコメントが多かったぐらいだ。私には理解できなかった。私は今まで配信でかなり口が悪くなったりしてそれを咎められることも多かったと言うのに「あーやっぱお前だったんだ」という意見が出なかったことに私は不満を感じていたのだ。

 別に怒られたかった訳じゃない。怒られたかった訳じゃないけどどうにも腑に落ちないんだ。



『次は……次は……』


 電車のなかでアナウンスの声が響いている。

 朝ということもあってか此処まで来るとあまり人は居ないらしい。まあ本当に朝早い電車に乗って来たから観光客とかがあんまり乗ってないのも当たり前だろう。それとも本当にお客さんでも減ったのかなとちょっと意地悪そうに笑いながらも私は電車を降りる。

 電車を降りて改札を越えて私は駅前に辿り着くとその場所に足を踏み入れると、私は心の底から笑ったような気がしていた。風に揺れる野原、遠くの方から見える山々、少し遠くを見れば江戸時代の風景が広がっている。


「帰って来たんだな……」


 この温泉地に戻って来たのはいつぶりだろうか。変わらない風景に私は嬉しくなりながらも荷物を持って歩き始めていた。故郷に戻って来て分かったことがある。

 やっぱり私はこの景色が嫌いという訳ではなかったんだ。


「あら、静音ちゃんじゃない?」


「え?あっ、おばさん……」


 駅に降りて変わらない街並を少し眺めていると私に話しかけてきたのはこの温泉地で古くからお土産屋を営んでいるおばさんだった。確かあそこのお店は此処の温泉地の出来立ての煎餅が有名だった気がする。


「東京に行ったっていうのは聞いてたけど元気にしてたかい?」


「は、はい……おばさんも元気にしてましたか?」


 あの二人は私がほぼ家出の形で東京に行ったということは言ってないようだ。

 旅館の印象のこともあるから言わなかっただけかもしれないけど……。私の為に言わなかったんだとしたら嬉しい……かな。


「じゃあね静音ちゃん、お母さんたちによろしくね」


 おばさんと軽く雑談をした後に私は会釈をする。やっぱり私は此処の景色だけではなく此処の人達のことも嫌いだった訳ではないんだ。


 感じた思いに私はホッとしながらも旅館を目指す。



「此処だ……」


 実に半年ぶり以上の帰宅だろうか……。

 外観を見ると何も変わっている様子はない。そりゃあそうだ、私が此処を出たのは半年前なのだから。そんなすぐに変わって廃墟になりましたなんてことが起きたら笑いどころじゃない。

 まあそれが起きてもおかしくはないのが温泉地なんだけど。いやこれは言い過ぎか。


「ただいま……」


 自動ドアが開き、館内へと入っていく……。

 中に入るとすぐに見えてくるのは当たり前ではあるが玄関。今は朝ということもあり出迎えの人だったりエントランスには人はいない様子。この時間だからまだ朝食の時間だろうか。まあ誰もいない方が若女将帰ってきたんですか!?とか言われないで済むからいいか……。


「さてと何処から行こうかな……」


 私はとりあえず何処から目指そうと考えていると玄関の方に誰かが来たのに気づいた。


「静音か……」


「えっと……」


 玄関の方へやって来たのは父さ……あの人だった。

 おかしいな、この時間帯はいつも朝食会場に居るはずなんだけど……。


「静音、今朝食会場の案内に人手が足りないらしい。頼めるか?」


「はぁ!?」


 帰ってきて早々何も言わずに私に旅館のことを手伝えだと!?な、なにを考えているんだ……!?っていや、此処でキレてちゃダメだ。此処は言葉に一々突っかからずに……。


「わ、分かったよ……!でも後で話聞いてくれよ!!」


「ああ……」


 全く従業員が足りないならお客さんが泊まられる人数も減らせばいいのに……。そういうところで削減しないから仕事が増えるばっかりだってのに……。





「おはようございます、こちらになりますね」


 何故私は旅館に来て早々仕事をしているのだろうか。

 確かに此処の関係者だから仕事はするべきなのかもしれないけど、いや今はほぼ関係ないし……!つーか私は東京行ってるんだから無関係じゃねえか!?なんで私に任せてるんだよ。今の旅館のこととか全く知らないし……!!


「ダメだ、とりあえず余計なこと考えるのやめやめ……」


 私が仕事を終わったら話を聞いてくれると約束してくれたから大丈夫だろう。なんか他の仕事も任される気がするけどきっと気のせいだろう。





「こちらお下げしてもよろしいですか?」


 やっぱり任されてるじゃねえか!!

 は?なんで?なんで私は旅館の仕事任されてるの!?というか私料理担当とかあんまりやらなかったのになんでやらされてるんだ。いや、私が作った料理は美味いって噂程度には聞いたことがあるけど私あんまりこっちはやったことないんだぞ。


「若女将帰ってきてたのかい?」


「あーいやまあちょっと偶には帰って来ようかなって思ってさ」


「帰って来て早々手伝いなんて偉いねぇ」


 愛想笑いをしながらも私は片づけをしていた。

 本当はこんなつもりで帰って来た訳じゃないんだけど……!!つーかおかえりぐらい言えよなあの人……!!





 朝食を食べていたお客さん達が全員会場から出たのを見て私は溜め息を吐きながらも残りのお皿を片付けていた。朝食会場でも父さんはいたから色々と言いたいことはあったけど流石にこの場で言うのはなんか違う。


「静音、ちょっといいか?」


「ん?なんだよ……」


 ようやく仕事を終えたと思ったら声を掛けられる。

 なんだろう?もう仕事は終えたはずだけど……。もしかして他の仕事を頼まれたりするんだろうか。それはもう嫌なんだけど……。


「少し目を瞑ってもらってもいいか?」


「え?は?ま、まあいいけど……」


 言っている言葉に困惑しながらも私は目を瞑る。

 なんで目なんか瞑る必要があるんだ……?もしかしてドッキリでも仕掛けられようとしているのか。私そういうの胸糞悪くなる方だから嫌なんだけどな。


「開けていいぞ」


 はぁ、嫌だな……ドッキリだとしたら絶対ロクなことにならないし……。

 私はゆっくりと瞼を開けていくと机の上に白い何かが見えていた。これはなんだ……?なんか丸いものだけど……。





「え?」


 私は目の前に置いてあるものを信じられないという目で見ていた。

 鼻からは甘くて香ばしい香りが鼻孔をくすぐる。何度も何度も瞼を瞬時に開けるがその物体は目の前に存在していた。


「え?えっと……今日誰かの誕生日だったっけ?」


 驚きと疑念を感じながらも私は周りをきょろきょろと観察するが誰かの誕生日という訳ではなさそうだ。私の知らない間に新しい従業員さんが増えてその人の誕生日とかそういう訳じゃないよな……。


「静音、今日はお前が帰って来たという意味を込めてケーキなのよ」


 食事処の奥から母さ……あの人も出て来て私のケーキだと告げてくる。

 私には今も目の前で起きていることが現実なのかという認識がなかった。当然だ、今起きていること自体に理解できないのだから。


「わ、私帰って来るなんて一言も……言ってないのに……」


「静音のことを駅で見かけた子が居たのよ、それで急いでケーキを作ったの。みんな静音の顔が見たかったのよ……」


 ああ、そういうことか。

 私にあれこれしろって言っていたのはケーキが出来るまでの間の時間稼ぎということだったんだ。私にはまるで分からなかったから嫌がらせにしか見えなかったけどそういうことだったんだ。


「私……ほとんど家出みたいな形で家を出たのに……」





「大げさだよ……みんな」


 私の瞼から涙が溢れていた。その涙は此処に帰って来て良かったという意味と私はやっぱり愛されていたという実感を感じていたからだ。喜びが胸に溢れ、色んな感情が蘇ってくる。厳しいけど時には優しい父さん、温和でいつも優しい母さん……。暖かいみんな……。

 私は……みんなのおかげで成り立っていたんだ。なのにあんな態度を取って……。




 私は……私は……。





「ごめん……ごめん……みんな……!!」


 私は傍にいた母さんに抱きついて泣きついていた。

 子供のようにぎゃんぎゃん泣いていた。此処に来て良かった、私は愛されているのだと理解できたのだから。此処に来なければきっと愛されているのだと分からなかったのだから。





「ごめん……泣き出して……」


「いいのよ、もう大丈夫?」


「うん……大丈夫。その……本当にごめんなさい、あのとき酷いことを言って……」


 あのときは後悔していなかった。

 後悔する日なんて一生来ないと思っていたからだ。でも此処最近はずっと後悔していた。もしかしたら私の両親はちゃんと愛してくれていたのではないのか、と……。それを自覚したのはかなり遅かったけど今からでも間に合う。

 だからこうして謝ろうと此処に来たのだ。


 あの二人は私のことを考えてこの旅館から出て広い世界を知ったほうがいいと親心の下言ってくれたんだ。

 それを私は……。


「静音、もういい。大丈夫だ。私達がお前にちゃんと話をせずに自分のやりたいようにやれと言った結果がこれなんだ、私達がお前の話を聞かずに事を急ぎ過ぎたからこうなってしまった……。だから悪いのは私たちの方だ」


「でも……」


「今度こそ話し合う……三人でな?」


 目の前にはいつも厳しかった父さんが見せないような笑顔でこちらに笑いかけていた。

 こんな父さん初めて見た……。いやきっと見たことがあるのに私が知らないふりをしていただけなんだ。私に愛情を持っていつも育ててくれていた父さんの笑顔。きっと知っているはずなんだ、記憶の何処かでこの顔を見たことがあって今まで思い出さないようにしていただけなんだ。


 やっぱり私は……。






「うん!!」


 此処に来て良かった。

 頷いたの同時に私は思っていたことがある。



 それは……。





「父さん母さん……!!」


 私は二人の子供になれて良かった……。

 こんなにも暖かい心を持つ家庭に拾われたんだから……。




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