第32話 同じ目
俺の名前は澤原瑛太……。
アイオライトの社員の一人である者だ。そして俺はもう一つ……。いや今このことを話す必要はないだろう。今このアイオライトはある危機が訪れていた。
一つは獅童レイの言動。
彼女の言動はあまり褒められたものではなく視聴者からも不快感を感じることが多いと言われることがあるがそれに反して観光地等の情報や温泉地等の情報を幅広く知っていることが多くその知識は視聴者達からも称賛されることが多い。本人はそれをよく思っていないようだが……。
彼女の言動はかなり注意深く見たほうがいいと俺は思っている。出なければ炎上することになるだろう。もっとも彼女は今失踪しているが……。
次に神奈月ロウガの炎上及び失踪。
あいつの前歴や今までのことを見るにああいった炎上をするような奴には見てはいなかったが本人にそれを確認しようにも行方は知れずの状態であった。あいつのことだ、もし聞けたとしても全部やったと口にするつもりだっただろう。
俺はこの二つの事態が重なっていることに激務に追われていた。
本当のところは家に帰ってとっととカードゲームをしたり、ベイ達を見に行ったりしたいというのにそんな時間はない。時間がない為に……。
「眠い……」
鏡で自分の顔を見たとき目の下にクマが出来ているのを確認できていた。度重なる寝不足が体に現れていたのだろう。俺は今日も今日とて激務に追われるのだろうと少し嫌になりながらも事務所を目指していた。
帰りたい、本心を言えばそうであったが弱音を吐いてる場合ではなかった。どうするか、どうするかと考えているとある男から連絡が来ていた。
「ようやくか……」
そこに表示されていたのは樫川竜弥からの連絡であった。
與那城と共に事務所に向かいますという内容だった。この数日間樫川竜弥が消えていたのは與那城静音を連れ戻す為だろうとなんとなくだが思っていたのである。その予想は今当たり、俺は少し嬉しくなっていた。一人で行動したのはあまり褒められたものではないがな……。
「澤原さん、この度は申し訳ありませんでした……」
「申し訳ありませんでした!」
事務所のある一室で二人のことを待っていると樫川に続くようにして與那城が俺に謝罪をしてきていた。彼女が正直に自分に謝りにきたことに俺は驚いていた。
彼女のことだからてっきり何か言ってくるかと思ったがどうやら違ったようだ。樫川竜弥……やはり鍵を握ったのはお前ということか。
與那城も少しは成長したというべきか……。
「お前達何故自分が悪いのか理解しているのか?」
先に口を開いたのは樫川の方だった。
樫川は先程俺が言っていた通りのことで謝っていた。まさか自分から周りを誰も頼らなかったことを反省できるとはな……。続いて與那城もまた反省点を述べていた。自分の気持ちのままにやってしまったこと、何も言わずに消えたこと、なにより今まで自分がしてきた言動の全てを反省していた。
「驚いたな與那城静音……まさか此処まで反省できるとはな」
前二つに関しては謝罪されると考えていたが最後の一つに関しては謝罪されると思っていなかった為、俺は彼女の成長を少し喜ばしくなっていた。
樫川の力だけではないということか……。
「反省しているならばいい、問題はこれからだ。特に樫川、お前が消えている数日炎上は燃え上がっている。行くにしてもやはり炎上を止めてから行くべきだったな……」
樫川の炎上は有名ゲーム実況者が関わっていることもあり、炎の火が止まることがないのである。一部の配信者の中では樫川のことを腫れ物のように扱っている者までいる始末だ。
「その件なんですけど澤原さん、私は真実を伝えるべきだと考えています」
「それもそうだな……」
隣にいる樫川はあまり乗り気ではないのか複雑そうな表情をしている。樫川としてはこのまま自分のせいにして罪を被りたいのだろう。
「樫川、恐らくお前としてはこのまま自分が罪を被る形でいたいのだろうが俺はそれには賛成できない。與那城が先の件の真実を述べたいと言っている以上その気持ちを不意にすれば彼女が今後罪悪感で押し潰される可能性は高いはずだ。それに……」
「お前のそれは優しさではない」
「分かっている……つもりです」
「分かっているならいい」
樫川は黙り込む。
樫川竜弥……お前の優しさは優しさとは言わない。いや、確かに中には優しさと言えるものもあるがお前の中にある一部の優しさは時に人を傷つける可能性すらあり得る。
それを本人に気づかせなくてはならなかった。
だが俺は知らなかった、樫川が與那城を助けたのは優しさではないということを……。
「與那城、まだ問題はある。お前が真実を伝えるとしてどう証明するつもりだ?」
「その問題ならなんとかなるよ」
事務所の一室にやって来たのは香織だった。
あいつ、ノックもせずこの部屋に入って来たな……。まあ今はいいか……。
「香織……!?どうして此処に?」
「お久、竜弥!元気にしてた?まあ積もる話は後にしようよ」
樫川は香織が事務所の一室に入って来て信じられないと言ったよう顔をしていた。
この二人は確か親友同士だったな……。
「それでね、あのゲームのサーバーに入ってた人に聞いたけどあの日、裏口の方面から誰かが車を走り出して行ったのを私以外にも何人か目撃していたみたい」
「誰かは特定できないんだろ?」
「そうなんだけどねぇ……」
誰かというのが分からなければ結局のところ意味がない。不確かな情報では誰も信じないだろう。
「與那城……真実を伝える。それでいいんだな?」
「うん、私はそれでいい。もし私がこのまま竜弥兄に罪を被せたままにしたらきっと後悔し続けることになる。そんなことになるぐらいなら私は自分で自分の罪を背負う……その覚悟はできてるよ」
與那城……、やはりお前は成長しているようだな。
初めて社長から情報を聞いたとき俺は反対だった。まだ高校生のなりたての子供をVtuberにするというのはあまりにも危険すぎると目に見えていたからだ。社長はそれでもあの頃なら成長できると、輝けると信じていた。
それがこういうことか……。
「分かった……與那城のそこまでいうなら俺は無駄にしたくない……。澤原さん、俺は配信外でも動画を回していました。一部始終は撮れているはずです」
「確かにそれなら証拠になるんじゃない?よかったね、瑛太」
「俺の台詞を奪うな香織……確かにそれならば証拠になるだろう。念の為、動画の方をこちらで確認したいが構わないか?」
「構いません」
「そうか、一旦解散にしよう。これからのことを整理したいからな……」
動画の内容を確認する為にも一時解散の方がいいだろうと踏んだ俺は解散をさせた。樫川は先に帰ったが、與那城は城崎ハクが今日此処に来てるか?と聞いて来たのだ。
「ん?城崎ハクなら私だよ?」
「え!?」と言いたそうな表情をしながらも與那城は香織の方へと近づいた。
「あ、あの……この前先輩とのコラボ放棄してすみませんでした。先輩に凄い迷惑かけて本当にすみませんでした!!」
「あーあのことね、それなら私は全然大丈夫だから安心していいよ。静音ちゃんに反感を抱いてた私の視聴者にはキツく叱っておいたから全然気にしないで」
実際香織は全く気にしていなかった。
與那城とのコラボを任されたときは少しめんどくさそうにしていたが自分の視聴者が與那城に不信感を抱いたときには注意していたり、そういうところはちゃんと先輩をしていた。
「あ、あの……?ほ、本当にいいんですか?」
與那城はあっさりと許されたのが納得いっていない様子だった。
香織は基本的にこういうことはあまり気にしないタイプだからあっさりと許したのだろう。與那城にとってはそれが不思議でしょうがないのだろうが……。
「全然いいって……あーでもどうしても謝りたいって言う気持ちがあるなら今度ちゃんとした形でコラボしようよ」
「い、いいんですか?」
「うん、私は全然構わないよ」
「あ、ありがとうございます!!」
自分が想像していた言葉を投げかけられることがなかったことに安心したのか、少々硬くなっていた與那城の体と言動は和らいでいた。
「それでは香織先輩、澤原さんこれにて失礼させていただきます!」
「うん、じゃあね静音ちゃん」
香織は静音に笑顔で手を振ると、満開の笑みで静音も手を振り返していた。
やはり香織を與那城に任せることに決めて正解だったな……。
「それでお前は帰らないのか香織?樫川と積もる話があるんじゃなかったのか?」
與那城が帰った後、この部屋の中には嫌味のように優雅にコーヒーを飲んでいる香織と業務に追われている俺だけが残っていた。仕事している隣でコーヒー飲まれているのって割とイラつくな……。
「ーん?まああるけど今じゃなくてもいいかなって……というか千里と竜弥が二期生として入ってたのなんで教えてくれなかったのさ」
「悪いな、忘れてた」
ただでさえこの事務所は社員が少ないのだが仕事もしながらああいうこともしなくちゃいけないのに香織と現実で関わってる暇などない。早く休暇が欲しいというのが本音だ。
「絶対伝えなくていいかって思ってたやつじゃん。つーかいつまで仕事してんのさ」
「樫川が動画を送って謝罪と釈明のツィートの内容をこちらで考えてその処理を終えるまでだ」
「うわぁ、めんどくさそう……」
香織は心底めんどくさそうなという表情をしていた。
実際、めんどくさいというのは事実だ。俺は念のため二人のSNSをチェックしようと考えているが、二人が謝罪をしたとて攻撃する者は現れるだろう。今回は有名ゲーム実況者であるテラーも被害を受けたようなものだ。それを許せないと思う者も多いだろう。
此処は穏便に済ませるべきだろう。
「香織……樫川竜弥はどんな奴なんだ」
二人の謝罪ツィートを作成しながらも俺は香織に樫川のことを聞いた。
俺はあいつの面接をすると決まったときからあいつのことが気になっていた。履歴書の写真を見たとき、自分と同じような目をしているとはっきりと分かった。あれは幻覚ではない、間違いなくそういう目をしていた。
俺と同じ"虐待"をされた目だ……。
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