第30話 不穏な影
『お母さん……私東京で暮らすことになったよ』
あの日私はお母さんの墓の前で誓った。
暫く此処に来ることはないと踏んでいたからだ。次私が此処に来るときは更に大きく成長しているときだろうから。
『一人で暮らすの不安になるけどさ……私なら全然気にしないでくれていいから…』
本当は寂しかった。お母さんと会えなくなるのが……。
本当は怖かった。一人暮らしを始めるということが……。でも私ぐらいの歳の子で余裕で一人暮らししている子がいるっていうのは割と聞く話だし頑張らないと……。心の中で平穏を保たせようとしながらも私は合掌していた。
『お母さんの難病を直せるぐらいの額すぐにでも稼いで見せるからさ……』
私はもうこのときにはアイオライトに所属していた。
スカウトされたとはいえ面接もあり、その相手は旅館で会った社長であった。社長は気さくな人で私に笑顔で面接をしてくれた。面接には堅苦しい印象があったからどうなることかと思ったけど肩の荷が落ちたような感覚で話すことが出来て私は良かった。
『だからさ……見ていてくれよ……今の私を……』
あの日、誓ったはずなのに私はまた此処に来てしまった。
恥しか感じていなかったが人に迷惑しか掛けられない私には相応しい末路なのかもしれない。私はそう自虐しながらもお母さんの前で手を合わせていた。
『今日はどうしてもお母さんに伝えたい事があって来たんだ』
お母さんに伝えたかったこと……。
竜弥兄に言われたように私はお母さんと一緒に死にたかった。一人は嫌だった、一人は寂しかった。一人は辛かった。これから先自分がどうなるのかも分からない。それがあまりにも不安過ぎてお母さんと死にたかったのだ。
私の中の私が目覚めたのは旅館にいた頃じゃない。自己肯定感が薄く劣等感が強くなっていたのはきっとこのときからだったんだろう。
結局私は昔から何も変わることが出来なかった。
嫌だった。誰かに本当の自分を見せることが……。醜くて脆い自分を見せるのが本当に怖かった。
『そんなことない、俺や千里がついてるだろ?』
あの言葉で救われた気もしていたんだ。
私はたった一人じゃない、私には竜弥兄も千里も……アキラや真波先輩……そして両親がいるのだから……。
「お母さん……私ねずっと誰かに本当の自分を見せるのが怖かった。怖かったから自分を強く見せ続けて来た。そうすればきっと強い自分でいられると信じていたから。だけどそれはもう捨てる」
「本当の自分を見せて行こうと思うんだ。勿論そのままで居るつもりはない。お母さんみたいに強くなりたい気持ちはまだあるからでも今度はやり方を変えるよ。私はお母さんみたいになるんじゃなくてお母さんのように病気に負けないぐらい強い人になってみせるよ」
再びお母さんの墓の前でやってきた私は手を重ね合わせながらも私は誓い直していた。
このお墓の前で私が誓ったのはお母さんみたいに強い人になることではなくお母さんの人のようになることであった。竜弥兄は私がお母さんのことを冒涜していると言っていたけど、こういう意味でも私はお母さんのことを冒涜していたのかもしれない。少し自分が嫌な気持ちになりながらも私は手を下げていくのであった。
「また来年来るね……お母さん」
私はきっとお母さんにとってまだ誇れるような子じゃないかもしれない。
生きている間も死んじゃった後も色々と迷惑を掛けた。きっとお母さんも悲しんでいるだろうけど此処から挽回していくしかないよね。
「もういいのか?」
駐車場に行くと、一足先にお墓参りを再度済ませていた竜弥兄が待ってくれていた。
「うん、竜弥兄本当にごめんな。私凄い迷惑を掛けたよな……。竜弥兄に強く当たったり竜弥兄に庇って貰ったり……本当に色々と竜弥兄に迷惑を掛けちまって……」
「庇った事に関してはこれから澤原さんにきつく叱れるだろうけど後のことは気にするな……と言っても今の與那城は気にするだろうからな……。謝りたい気持ちがあるなら……」
「これからも俺の仲間でいてくれるか?」
私はそれならと大きく頷いた。やっぱり竜弥兄はいい人だ。
私はこんなにも私のことを気にかけてくれる人のことを突き飛ばしたり、強く当たったりしてしまった。そんな私が仲間だと胸を誇って言っていいのか分からないけどちゃんと言える日が来たらいいな……。
「じゃあ帰るか」
「うん……!!」
私は竜弥兄の車に乗り込んだ。
「あ、あのさ……竜弥兄の車結構傷つけたかもしれないけど大丈夫か?」
「さっき見た感じ凹みとかは特になかったから気にするな」
竜弥兄の車、結構傷つけてしまった気がする。
竜弥は大丈夫って言ってくれたけど結構車に竜弥の体をぶつけたような気がする。
「あ、あのさもし車傷ついてたら私ちゃんと払うから……!」
あれ?でも車の修理代ってどのくらいかかるだろう。
私そういうの全く詳しくないから知らない……。え?本当に幾ら掛かるんだろう。自分のしたこととは言え私は顔から汗がダラダラと出ていた。
「まあ交換だったらちょっとお金は弾むかもな」
「うっ……ちゃ、ちゃんと払うよ竜弥兄……」
「冗談だ、さっきも言ったろ?傷ついてる様子もないから気にするなって……まあこれレンタカーなんだが……」
「え!?」
よくよく考えたら私のお母さんのお墓は沖縄にあるんだから竜弥兄がマイカーで来れないのは当然も当然。え?嘘でしょ、私。レンタカーに思いっきり竜弥兄の体ぶつけまくってたの!?怒られるの竜弥兄じゃん!?
「え、えっと本当にごめんな竜弥兄?……あれだったら身体で……支払うけど……滅茶苦茶……恥ずかしいけど……」
「子供がそんなこと言うもんじゃないだろ、全く変な知識見に付けてくるな」
「なっ!?竜弥兄のムッツリドスケベ!!どうせ千里に同じようなこと言われたら顔真っ赤にしてたくせに!!」
竜弥は「は!?」と言いたそうな顔でこっちを見てくる。
ふふっ、やっぱ図星なんだ。竜弥兄が千里のこと好きでしょうがないのは何となく分かってたけどやっぱりそうなんだ。
「なぁこの際だから竜弥兄に聞くけどさ……千里のこと好きだろ?」
竜弥兄は頰を掻きながらも少し困り果てている様子だった。
あの感じを見る限り告白はまだ全然してなさそうだな。
「……この前告白紛いなこと言われた」
「はぁ!?」
思いもよらないその発言に私は大きな声を出していた。
え?千里が竜弥兄に告白……!?いや確かに千里も竜弥兄のこと好きそうだけど……。
「え?い、いつ!?」
「あんまり怒らないで欲しいんだけど……與那城が少しおかしくなってた頃……」
「ふーん?こっちが悩んでるときにそっちはイチャラブハッピーエンドな気分だったんだ?」
若干一人で悩んでいた自分が馬鹿らしくなっている気分になっていた。私が悩んでるときに二人がイチャラブしてたのなんかムカつく……。
「わ、悪かったな……」
「そんで?竜弥兄は了承したの?千里の告白」
「まあ……した……したのか?俺……?」
竜弥兄は「え?俺告白返したんだよな?」とか「あれ?俺ちゃんと返したんだよな?」とかぶつくさと言葉を並べていたのを聞いて私は手を叩きながらも……。
「ああ、はいはい。竜弥兄が千里の前じゃ情けないのは知ってたから聞いてごめんって……!」
「別にそんなつもりじゃないんだけどな……」
竜弥兄は千里が絡むと高確率で惚気そうになるし情けなくなる。
そんなじゃ千里のこといつか誰かに取られるぞ、なんて言おうとしていたけど流石の竜弥兄もその発言は見逃してくれなそうなので自分の発言を口の中に入れて言わないようにしていた。
「でもまあ……することはしたから……ちゃんと告白は出来たと思ってる」
竜弥兄の横顔を見ると、少し照れくさそうにしていたがその横顔は嬉しそうにも見えていた。することはしたか……。そうか、竜弥兄と千里……。そこまで進んでたんだな。見ているこっちまで嬉しくなり私は意地悪でこう返すのであった。
「ふうん?することはしたんだ?」
「揶揄うのやめろって」
流石の竜弥兄も私が揶揄っていることに気づいたのか笑いながらも車が赤信号で止まったのを見て私の頭を軽く叩いていた。軽く叩いただけだったので痛みは全く感じていなかった。
「ほら着いたぞ、俺は車返してくるからちょっと待ってろ」
「はーい」
竜弥兄はレンタカーを返却しに行ったようで私は少し待つことにしたその間に私はあることを考えていた。私が気になっていたのは竜弥兄はどうして私のことを庇ってくれたのだろうか。自分が庇うことできっと炎上するなんてことは分かりきっていたのにどうして私のことを庇ってくれたんだろうか……。
仲間だからっていうのも勿論あると思うけど、何か引っかかっていたのだ。
「竜弥兄……ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ……この前どうして私のことを庇ってくれたの?」
さも当然であるかのような目つきをしている竜弥兄……。
やっぱり竜弥兄にとっては当たり前なことだったのかな……。
「仲間だからってだけじゃ説明できないと思うんだ。もう一つ……もう一つ私のことを庇ってくれたのには理由があるんじゃないのかなって……私はどうしても思ってしまうんだ」
私のことを庇ったのはきっと疑問の余地もない選択肢だったのかもしれない。それでも私はどうしても気になってしまい聞こうとしていたのだ。
「それは……」
「え……?」
私は竜弥兄から言葉を聞いたとき、空港のロビーを目指していた足を止めてしまう。
聞き間違えじゃないよな……。私は私の耳を疑ってしまっていた。今聞こえて来た言葉が全て事実なのかと疑っていたからだ。
「それってつまり……」
再度竜弥兄の顔を見るが嘘をついているようには見えなかった。
竜弥兄は何も言わずロビーの椅子に座るのであった。
「竜弥兄……」
どんな気持ちでその言葉を述べたのか私には分からない。
きっと竜弥兄は"私と同じ"という気持ちになったときもあったのだろう。だからこそ、だからこそこれ以上聞き出そうなんてことは出来なかった。
聞き出せば竜弥兄の心の闇を解放することになるからだ。
「竜弥兄……?」
椅子に座っていた竜弥兄が目を何度も擦っていたのだ。
『よぉ……俺……』
私はこのとき気づきもしなかった。
竜弥兄の身に何か異常なことが起きているのを……。
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